教えて、アリス先生(前編)
「……で、何から話しましょうか?」
案内された食堂の長机にある椅子のひとつに座り、アタシを見る彼らへとアタシは訊ねました。
……あのあとロンが来てくれたので、無理矢理話題をすり替えようとしたアタシでしたが、何故かサリーは幼児退行みたいになっていて離れてくれませんでした。……なので、今現在彼女はアタシの隣に居ます。
……一応、お腹に抱きついている状態から宥めることで、なんとか片腕に抱きつくようにしてもらいましたが……始めは駄々を捏ねて拒否していましたが、説得の結果……頬を膨らませながらも胴から離れて片腕に巻きつくように抱きついてきました。
その様子をフォードはやはり羨ましそうに見ていましたが……正直言うと、力強く抱きついているからかさっきから片方の腕の感覚が無いんですよね……。まあ、折られないだけマシと思うべきでしょうか? ……折れませんけどね。ただしフォードは片腕が千切れるでしょうね、同じ力だったら……。
「……良いだろうか?」
そう思っていると、ロンが挙手をしてきた。……良いですね、質問する人が挙手するのは……次からそう言う風にしてもらいましょうか。
「何ですか、ロン?」
「……アークは、どうなったんだ?」
「確実に倒した。と思います。事実、空から地上に撃ち出した神気混じりの浄化の光に呑み込まれたときにはもうドロドロに融けていましたから」
「……そう、か…………。終わったと聞けば、本当に呆気ないものだったな……」
そう呟くように口にしながら、ロンは力無く椅子に座りました。
……が、何とか力を振り絞り、アタシのほうを見ました。
「だが、アークのあの強さはいったいなんだったんだ? 初めのころ、奴は妙な仮面を被っていたが、その仮面から黒い瘴気が注がれた直後から奴は強くなった」
「そっ、そうよっ! あのゲスがあんなに強くなったわけはまったく分からないけれど……、それでもあんたは馬鹿みたいに強くなったアイツを倒したって言うのっ!?」
気になったことを訊ねようとしたロンだったが、隣に座っていたフェニが思い出したように叫びながら机をバンと叩き、一気に立ち上がりました。
勢い良く後ろに押された椅子が音を立てて倒れたので、話を聞こうとしていたトールがビクッと怯えるのに気づき……、アタシは目で怒鳴るような声を上げるなと言います。
それに気づいたフェニは顔を青くさせ……若干怯えながら、椅子を戻すとストンと座りました。……そして、恐る恐る挙手をしてきました。
「あ、あの……、ほ……本当に、アリス……さんがあのゲスを、倒した……と言うのですか……?」
「はい。まあ……アタシ自身まだ力を使いこなせていないので、時間は掛かりましたけれど」
「そ……そう……ですか……」
突っ掛かると良くないとフェニは判断したらしく、震えながらそう言うと口を閉ざしました。
そんな彼女たちの様子を見ていたトールが小さく手を上げ、質問をしたそうな顔をしていたけれど……怯えてるのか、口をモゴモゴとさせていました。
だから、アタシは……。
「どうかしましたか、トール? ゆっくりで良いですから、言ってみてください」
「う……ん、あの……ね――」
『串揚げセット10人前追加ーっ!!』
『掻き揚げ遅いよ、何やってんのっ!?』
『親子丼お待たせしましたーっ!!』
『どて煮と日本酒のセット残り4セットまででーすっ!!』
…………トールの発言を狙い済ましたかのごとく、外の屋台村では店員の転生ゆうしゃの方々が叫んでいました。
当然、その声に掻き消されて、トールの声は届きません。そのことを彼女自身気づいているらしく、じんわりと瞳に涙を浮かべ始めています。
……少し、静かにしてもらいたいですが……向こうも商売なので邪魔はいけませんよね。
「……そうだ。だったら、覚えたものを使ってみるべきですよね」
『『え?』』
アタシの呟きを聞いた周囲は、口を揃えて声を放ちましたが……それらは皆、嫌な予感といった感情が篭ったものでした。
アナタたちは……、アタシをどんな眼で見てるのですか?
まあ、良いでしょう……。そう思いながらアタシは魔力を体内に循環させると、そのまま周囲に膨れ上がった純粋な魔力を撒き散らしました。
範囲は……この食堂だけにしておきましょう。多い? じゃあ、厨房も。……まだまだ多い? あー……じゃあ、家全体で。……オッケーみたいですね。
家中に充満し始めた魔力に気づいたのか、フェニとフィーンとルーナさん、シターさんがキョロキョロと周囲を見渡しています。ただし、驚く様子が無いのはもう諦めて受け入れたから……と言ったことでしょうか?
少し疑問に思いつつ、アタシはその純粋な魔力を火薬、または粉塵といったように見立てると火種として神気を練り上げて創り出した『聖』の属性を与えました。
すると、魔力は『聖』の属性に反応するように動くと……建物全体を覆いつくして行きました。
《聖域》、聖属性の頂点に位置する魔法で効果は邪悪なモンスターを寄せ付けない、傷付いた者の治癒、気力を漲らせる。……所謂、ゲームで言うところのセーブポイントを一時的に作り出すものです。
ですが、アタシはそれに神気を与えることで《聖域》となるはずだった魔法に変質を行いました。
その結果、外では屋台村で姦しいほどに声が聞こえているはずですが、ここではまったく聞こえません。
そして、精神が安らぎを与えてくれるのか、怯えていたり涙を浮かべていた彼らの心境が落ち着いていくのを感じました。
サリー? ……あれはておくれです。
まあ、この建物は完全に祝福というかアタシの所有物とも呼べるものとなりました。
っと、魔法名はどんな名前にしましょうか……。そうですね、例えるならば……。
「――《神域》、でしょうかね」
「し、しんいき?」
「どういうものか分かりませんが……その、シターがライト様たちと一緒に行った聖堂に近い……いえ、それ以上の何かを周囲に感じます」
「すごいねー、世界樹よりもすっごいよー♪」
「初めて見たときにも異常な魔力だと思ったけれど……、今はそれ以上になっているなんて……。アリスさん、貴女は本当に転生ゆうしゃなの?」
変わった空気を感じたのか、驚く周囲だったけれど……その中で恐る恐る問い掛けるようにルーナさんがアタシに尋ねてきました。
なので、アタシはサラッと答えることにします。
「はい、転生ゆうしゃでしたよ? まあ、今は神様ですけれど……」
『『は…………はい?』』
アタシの言葉に、全員が口を揃え……あんぐりと口を開けて、呆けた顔をしました。
……ああ、これは絶対に話になりませんね。……落ち着いたら続きを話すことにしましょうか。
アタシはそう考え、静謐とした周囲を見ながら……キリキリとサリーに抱き締められて痛み続ける腕へと《治癒》を行いました。