精神と容姿
光の手を繋ぎ、魔力を高めて《転移》を唱えた瞬間――軽く視界が歪み、気づけば見慣れぬ場所へとオレたちは立っていた。
ここは……何処かの敷地? 井戸とかあるし、前に見える建物は裏手っぽい感じだから……裏庭なんだろうか?
そう思っていると視線に気づき、その方向を見ると……目を点にさせて、頭の上に『??????』といったクエスチョンマークが浮かんでいるようなサリーが立っていた。そして、そこから少し遅れてフォードが……。
「え? あれ? 師匠? けど、え……? 師匠のにおいがするのに、師匠じゃない……え? えぇ?」
「サリーさん、いったいどうしたんで――ちょ! 何勝手に家の敷地に入ってるんだよっ!」
「どうしたんだ、サリー? フォードもフォードらしくないけど、いったいどうしたんだ?」
「な、何でオレの名前を知っ――ほぐげっ!?」
「――っ!? あ、あなたは……何故ワタシの名前を知ってるんですかっ!? そ、それに……師匠と同じ匂いがしますし! けど、あなたは男ですし。まさか師匠の男とか? いやいや、師匠にそんな影はまったくなく……け、けど、ワタシが知らない師匠の裏で何かがあったとか……ヒ、ヒカリッ、教えてもらえませんか!?」
……なんだか物凄くテンパッているらしく、サリーは慌てながら自身を護るために立ち塞がったであろうフォードを突き飛ばすとオレを無視して、光に近づいて説明を求め始めた。
と言うか、オレの声……全然耳に入っていないみたいだな……。
その一方で、光は気づいていなかったんだ……といった感じの表情を浮かべながら、ジト目っぽい感じでオレを見つめていた。
如何いうことだ??
「あー……、あにき、一度姿見でも見たほうが速いよ?」
「あ、ああ……」
そう言われたので、オレは魔力を循環させて《姿見》を使った。すると、目の前に鏡のような水の幕が現れてオレの姿を映し出した。
そこには、見覚えの無い人物が立っていた。
「…………え? だ、誰だ……?」
オレの声に反応するように、水の幕に映る人物も同じように口を開き喋っていた。
……ま、まさか……? もしかして、そんな感覚を感じつつ……オレは改めて《姿見》に見える人物を見た。
顔は元々の平凡なオレの顔を残しつつ……、アリスと言う美少女の顔を男性寄りに近づけたような顔つき。
体系はアリスのような少女らしい体型ではなく、中性的な筋肉なんて付いていないといった感じの肉体。……しかも、陽に焼けていないのがまるわかりなほどに白かった。
ちなみにその体型が男性だということは、下のほうに感じる懐かしい感覚で理解出来た。おかえりまいさん。
そして、髪や瞳はアリスのように金髪碧眼……ではなく、日本人特有の黒髪と茶色がかった瞳。
どう見ても、容姿調整を【アリス□□□□■□オレ】といった感じになっているような感じだった。
……うん、そりゃあサリーやフォードが誰だと言うのも頷けるもんだ。
「あー……光、オレは一旦下がるから、ってことで後は頼むアリス」
って、いきなりですかっ!?
沈んでいくオレの意識の変わりに、アタシが上がって行きました。
すると、消えないでいた《姿見》にはアタシの意識が主となったからか、見慣れたアタシの姿になり始めていくのが見えました。
そして、一分もしない内にアタシはアタシの姿へと戻りました。
「…………ふう。改めて、ただいま戻りましたサリー。……サリー?」
アタシがサリーを見ると、彼女はポッカ~ンッという失礼ですけれど……すごく間抜け面を晒していました。
その一方でフォードは、突き飛ばされたときに家の壁に顔を打ったらしく、身体をフラフラとさせていました。……きっと、頭が悪いんですね。
とか思っていると、拠点の裏口が開かれ……中から、恐る恐るシターさんが覗いているのに気が付きました。
「あ、あのっ、何だか騒がしくて……いったい何……が…………ヒカリ様っ!?」
「ヒカリちゃんっ!? 本当なのシターちゃんっ!?」
驚くシターさんの声に反応して、中から声が聞こえたと思ったら扉を一気に開けてルーナさんが外に出てきました。
そして、アキ……いえ、ヒカリさんの顔を見た途端、口に両手を当て……涙を浮かべながら彼女へと抱きつきました。
その様子を見ていると、アタシの中でこっそりと語りかけてくれる声がありました。
……別に光って呼んでも良いんだけど?
……いえ、アキラさんの名前はアナタのときだけ呼んであげてください。アナタたちは兄妹……ですからね。
……分かった。ありがとうな、アリス。
……どういたしまして、……ふふっ、貸しひとつってことにしておきますね?
「ヒカリちゃん! 無事だったのね、ヒカリちゃん!! 良かったわーっ」
「わぷっ!? く……苦しいってば、ルーナ姉……!」
心で会話を行っていると、ルーナさんの胸に静められていたヒカリさんがジタバタと暴れ始めたので、ルーナさんは手を放しました。
……結構苦しいものなんですね?
そう思いながら、話し合う彼女たちを見ているとアタシへとタックルする人物が居ました。まあ、誰かは分かりますよ?
タックルした人物……サリーを見ると、アタシのお腹に顔を埋めるようにして顔は見えませんが、機嫌が良いのか尻尾をブンブンと振っているのが見えました。
そして、明赤夢越しに喋り始めたので……お腹がくすぐったいです。
「師匠、ししょう……師匠だぁ……師匠の匂いですぅ……間違いありませんぅ……!」
「サ、サリー……すごく、くすぐったい……ですっ。ふふっ、あははっ……そんな風に喋らないでくだ――ひゃっ!?」
「もごもご……師匠ー……師匠ぅーー……もごもごもご……!」
犬にはストレス噛みという習性があると、記憶の中にはありますが……もしかしてこれはそういう状況なんでしょうかっ!?
そんなレベルにまで、サリーはアタシの……と言うか、明赤夢をモゴモゴと噛み続けます。
と言うか、そんなに噛み続けていてもアタシの汗は染み込んでいませんよ?
そう思っていると、開けられたままの拠点裏口の扉の戸を叩く音が聞こえ……そこを向くと、ロンが立っていることに気が付きました。
「…………そろそろ良いだろうか? それとも邪魔だろうか?」
「いえ、むしろ好都合です。……サリー、そろそろ離れてもらえませんか?」
「や!」
「や! って……、反抗期ですか?!」
「いやなのー!」
……こ、これはまさか……、あまりの興奮っぷりに頭がおかしくなったのでしょうか?
そう思いながら、アタシはまるで子供みたいに駄々を捏ねるサリーを見ていました。
なお、フォードくんはハンカチがあったら今にも咥えて引き千切りそうなほどの表情で、妬ましげにアタシを見ていました。……解せません。
サリーこわれる。