忠犬サリー
「…………今日で二週間……、師匠たちは無事でしょうか……」
そう呟きながら、ワタシは翼人の島が見える海を港の敷地から眺めます。
……あの日、アークとの戦いで傷付いたワタシは朦朧とする意識の中で師匠を見て、師匠はワタシに帰ってくると約束してくれました。
そして、ワタシやフォードくん……それに、島民の転生ゆうしゃの方々を纏めて《転移》して、魚人の国のワタシたちの拠点へと送り届けた……らしいです。
らしい、というのはワタシ自身はその時点では意識が無く……気が付いたときにはベッドの上で眠っていたからです。
ちなみに目が覚めて一番最初に行ったことは、港へと駆け出したことでした。……まあ、体力が回復していなかったからか道の途中で途中で燃え尽きてしまい、偶然通り掛かったシャーグさんに拾われて再びベッドの中に逆戻りでしたけれど……。
そのことを思い出して、ワタシは溜息を吐きました。
「はあ……、不甲斐ないですね……」
「――――あっ、居た居た。サリーさーんっ!」
「なんだ……フォードくんですか……。何のようですか?」
アンニュイな気分になっているからか、駆け寄ってきたフォードくんにワタシは連れない態度で返事を返すと……フォードくんはがっくりと膝を落としました。
「な、なんだって……そりゃないですよ、サリーさーん……! っと、用件ですけど、シターちゃんにお昼ご飯作ってもらったので、食べませんか?」
「あー……それはすみません。……お昼、ですか? もうそんな時間でしたか。……けど、ワタシは今あまりお腹は…………」
シターちゃんが作ったであろうお昼ご飯……袋に包まれていますが、多分何かを挟んだパンでしょうね。
けど、今は気分じゃないのでワタシはちょっぴり涙目のフォードくんにそう告げようとしました……が、本当ワタシのお腹は欲望に忠実らしく、聞いた人も聞かせた人も恥かしくなるようなお腹の音が……波の音に負けないくらいに鳴り響きました。
…………静寂が、ワタシとフォードくんを包み込みました。
「あ、あー……な、なみのおとがうるさいですねー……」
「そ――そうですねっ! こんなに波の音が五月蝿いと、お腹の音とか聞こ――ほぐっ!?」
「フォードくん? ナニカ、イイマシタカ?」
「い……いふぇ……。にゃ、にゃにみょ、いっへまへん……!」
空気を読まない彼にお仕置きと言わんばかりに顔を掴み、ワタシは笑顔を向けました。
けれどきっとフォードくんなら、分かってくれますよね? ワタシの瞳がまったく笑っていないことに。
……まあ、身体を動かしたお陰か、お腹が減っていると頭が認識し始め……ワタシはシターちゃんが作った昼食をフォードくんから奪い取るとそれを食べることにしました。
さて、中身は……、予想通りサンドイッチですが中身は生産狂いの転生ゆうしゃの方たちが創っていたネリモノと呼ばれる魚を潰したものを油で揚げた物が挟まれていました。
中の具のモッチリとした食感と、野菜の食感……そして、味付けに使われているソースとマヨの味わいが深く、お腹を満たしてくれます。
「しかし……、あの光の柱や水柱が上がってから、ものの見事に何もありませんね」
「……そう、ですね……」
顔の痛みが少し引いてきたのかフォードくんはそう言って、翼人の島を見ます。
……そうです。ワタシたちが魚人の国に送られてから5日後の夜中、海を照らすほどの眩い光が天空から翼人の島へと撃ち込まれるのを、ワタシたち……というか、魚人の国の住民たちは見ました。
何も知らない魚人たちは驚き、恐怖していましたが……、ワタシたちは師匠が行ったことだと言うことを即座に理解していました。
その直後、噴出した水柱を見て……光の柱、と言うか師匠の攻撃は異常すぎると言うことを改めてワタシは実感していましたが、島民の転生ゆうしゃの方々は住居がと嘆いていました。……まあ、生きてるだけマシと思ってくださいよ。
そして、その光の柱は神の怒りだとか、翼人が馬鹿をやったという噂が流れ始めたころ、魚人の国の冒険者ギルドからの発表で翼人の島に強い魔族が入り込んでそれを撃退するためにゆうしゃが放った攻撃だというと、魚人の方々は納得と同時にそれを行ったゆうしゃに恐怖を抱く声が聞こえていました。
「いい加減、帰ってきて欲しい……ですね。帰ってくるって言ったんですから……」
「どうしたんですか、サリーさん?」
小さく呟きながら、ワタシは最後の一欠けらのパンを食べて昼食を食べ終え……立ち上がります。
フォードくんはどうしたのかと首を傾げつつ、ワタシを見ます。
「決まってるじゃないですか。帰るんですよ?」
そう言って、ワタシはやることが無いので、拠点へと帰ることにしました。
突然のことで、反応が遅れましたが……フォードくんも慌てて立ち上がるとワタシについて行くようにして、拠点に向けて歩き出しました。
●
拠点に近づくにつれ、道行く人々が増えていくのを感じながら、ワタシは彼らと同じ道を辿っていき……彼らと同じ目的地へと辿り着きました。
……そこは色街と呼ぶべき、大人の男性向けの施設があるはずの場所ですが……、今現在そこにはそれらを求めて来る客とは違った分類の客たちが列を成して今か今かと待っていました。
「…………何というか、何時見ても変な光景……ですよね」
「オレたちが目覚める前からやってたみたいですから、もう当たり前の光景になってるんでしょうけど……本当、凄いですよね」
ワタシの言葉に反応するようにフォードくんが答えながら、ワタシと同じように列の先を見ています。
そこは、ワタシたちが住んでいる拠点のはずなのですが……現在、家の前では幾つもの露店が設置されており、そこでは見たことも聞いたことも無い……けれど味は全て美味しい料理が販売されていました。
まあ、言わなくても分かると思いますが……ヒカリや師匠の中の人の居た世界の料理です。
『巻きずし3本追加でーすっ!』
『牛丼、特盛ネギダクダクのつゆダクダクいっちょー!』
『かまたまいっちょー!』
『『おまたせしましたー!!』』
……さっきご飯食べたというのに、本当……匂いだけでもお腹が鳴ってしまいそうです。
本当、異世界ご飯は……凄く美味しそうですよ。っと、我慢我慢。
そう思っていると、フォードくんが眉を顰めつつその光景を見ているのに気づきました。
「どうかしましたか、フォードくん?」
「ああ、いえ……ああやって販売してますけど、彼らもゆうしゃなんだよなぁ……って思っただけです」
「……あー……、当たり前すぎてワタシも忘れていました。けど、ゆうしゃ、なんですよねぇ……」
凄く活き活きしている彼らを見ながら、ワタシも頷きました。
……と、不意にワタシの鼻に食べ物の匂いではないけれど、嗅ぎ慣れた……いえ、嗅ぎたかったにおいが届きました。
そのにおいに逆らうこと無く、ワタシはフラフラとにおいがする方向へと歩き出します……。
「サ、サリーさん? え、ど……何処に行くんですかっ!?」
後ろからフォードくんの声が聞こえますが、その声を無視してワタシは歩みを進めます。
そして、ワタシがにおいのする場所である裏庭へと辿り着いた瞬間、何処からとも無くヒカリと見慣れない黒髪の男性が姿を現しました。