絶望を晴らす者たち・13
「ぐ――っ、が――あっ!!」
瘴気を馬鹿みたいに宿したアークが投げた死体とともに、わしは吹き飛ばされ……大分戦いの場から離れたところにあるであろう岩肌に背中を打ちつけた。
背中から来る衝撃に、肺に溜まっていた空気は一気に吐き出され……口からは呻き声が洩れおった。
そして、そのまま投げ付けられた死体をクッションにして、わしは腹這いに倒れた。
「い…………いったい、何じゃというのじゃ……? アークのあの姿は?」
呟きながら、あの異常なアークの変容振りをわしは思い出し始める。
筋肉が不自然なほどに膨れ上がり、風船みたいに今にも弾けそうな密度の瘴気、そして……理性が薄れ始めているようにも感じると同時に膨れ始めていく破壊願望……。
「…………ドウケのやつ、何かをやりおったな……?」
というよりも、やらないといけない状況に陥った……と考えるのが妥当じゃろうか?
……仕方ない、とりあえず今は様子見をするとし……ん?
「これは……、生きておる……のか? いや、先程まで死んでおったよなぁ?」
クッション代わりとしていた死体じゃったが、突然わしの豊満な胸越しにドクンと心の臓が動くのを感じ……驚きながら、わしは死体を見た。
普通は捨てて放置すれば良い、そう思うだけのはずなのに……死体の顔を見た瞬間、わしの中を微かに残るアリスの記憶がよぎった。
「……この娘、確か……あの人間の国のイケメンゆうしゃの彼女の一人……じゃったよな?」
そうじゃそうじゃ、この娘はぺちゃぱい担当じゃったよな。そのはずじゃ。
……じゃが、いったい何故心の臓が再び動き……って、中に太陽が居るではないかっ!?
ふむ、そうじゃな……分からぬならば、中の者に聞けばよいじゃろう。
「おい、太陽。聞こえておるのじゃろう? 姿を見せい」
『……黙れ裏切り者。邪神に寝返ったのは知っているぞ?』
わしの声に応えたのか、太陽は姿を見せた。じゃが、こやつが言ったように今のわしは裏切り者じゃ。
じゃから、ふくれっ面をしながら敵意を向けておるのは正しいことじゃろう。
……まあ、それは置いておくとして……。
「太陽、何故こやつは死んだはずなのに生きておる? いや、生き返った?」
『……前例、あるでしょ?』
「前例……じゃと? …………ま、まさかっ!?」
太陽の発言に、わしはしばらく前に会話をした魔王の姿を思い出した。
確か、あの魔王は神使であれば誰もが知っておる、異世界からの迷い子。それが前例じゃとすれば、この娘は……。
『そういうこと。あと、利用できるわけが無いから言っておくけど、アリスの中にいる者の妹』
「な――なんじゃとっ!? ……これは、なんとも不幸……と呼ぶべきじゃろうな」
兄は死んで、この世界へと来た。そして妹は生きたままこの世界へ……。
運命ではないにしろ、偶然にしてはあまりにも不憫じゃろうな……。
そんなわしの表情を見ていたのか、太陽は声をかけてきおった。
『……狐。アナタ……本当は……』
「ふっ、何を勘違いしておるかは分からぬが……、今のわしは邪神様を主としておる者じゃ。じゃから、そう……これはただの残滓じゃよ。そして、ただの残滓から太陽……お主にとっての最悪のプレゼントを贈ろうぞ」
『な、何をするつもり……? ッ!? 本当、何をするつもりっ!?』
何じゃろうなあ……? 笑みを浮かべながら、わしは人の国の現状の記憶を溜め込んだ物を甦ろうとしてろう娘の中へと押し込んだ。
すると、太陽はそれが何であるかを即座に理解したらしく、目を見開いておった。
ま、どうするかはお主次第じゃな。
「さてと、ドウケによる移動は無理みたいじゃし……わしは暇するとしようかのう」
そう呟くと、わしは慣れない転移術を使うために魔力を練り上げ始めた。
……とりあえず、アークはもう助からないじゃろうな。
きっと向こうでは暴走したようにティアやサリーたちを相手に暴れまわってるじゃろうが……、あやつの魔力が再び高まり始めてるのがわしには分かった。
じゃから……、お主はもう終わりじゃよ。アークよ……。
「さらばじゃ、アークよ」
改めて口に出してから、わしは翼人の島から逃げるように《転移》を行った。
◆
キュウビが太陽の神使と会話を行っているころ、戦いの場ではアークによる一方的な蹂躙が行われていた。
ルーナの展開した《重力》の元を歩き、眼前に迫っていたシターの《隕石》を打ち砕き……。
「そ、そんな……、最重量を掛けているのよ……!?」
「ル、ルーナ様、危な――きゃあッ!!」
目の前の出来事を受け入れられずに呆然とするルーナへと迫る隕石の欠片からシターは彼女を庇うように押し倒したが……、代わりに欠片を受け……ルーナも衝撃波を受けて気絶してしまった。
サリーとフォードの連撃がまるで聞かないとでも言わんばかりに攻撃を受け、さらには――。
「なっ!? け、剣が……!?」
「そんな……っ!? し……師匠の、剣が……」
信じられないといった表情でサリーとフォードは、砕け散った剣と短剣を見ていたが……余所見をしていた結果、アークの攻撃を受け……動かなくなっていた。
そんな2人を助けるべく、フィーンとティアも駆け出す。
けれどフィーンのスーパーアースウッドゴーレムは指先ひとつで砕かれてしまい、ティアも立ち向かったが地面に押し潰されて気を失っていた。
『弱い、弱SUギる……! こんNAニモ、弱いモノだったのか……! くひ、KUHIHI……アヒャヒャヒャヒャ!!』
倒れた彼らを見ながら、アークは馬鹿みたいな笑い声を行っていた。
……そして、何時の間にか地面に貼り付けていた大人アリスの姿が消えていることに、アークは気づくことも無かった……。