絶望を晴らす者たち・8
「……とりあえず、どうにかして燃え広がっている腕を切らないと……黒焦げ一直線だよね…………」
大分血生臭いことを口にしながら、ボクは手と指が熱によって溶けてひとつになった挙句、焦げ始めている肘から先を見ながら呟く。
……あの世界で何度も腕が燃えたり身体が灰になるのを見てしまったからかボクの精神はそういうのに慣れてしまったのかも知れない。
そう思いつつ、ボクは気を緩めながらすぐにこの腕を切れる場所を探すために歩き出そうとした……が、ゴトリと何かが落ちる音がし、振り返った。
「……ああ、今の音ってあのピエロみたいな魔族が倒れた音? ……え?」
ピエロみたいな仮面の中はいったいどんな顔だったのかは気にはならなかったけれど、聞こえた落ちる音に振り返り……ボクは呆気にとられた。
何故なら、ボクが倒したと思っていたピエロ魔族の中身は……。
「に、人形……?」
そう、人形だったのだ。正確に言うとマネキンみたいな感じの……すべて樹で創られているような物。
ま、まさか……偽者だったって言うのっ!?
「じゃあ……本体は何処にっ!?」
『ここで~ぇすよ』
「え――?」
驚くボクの声に応えるようにその声は背後から聞こえ……、振り返ろうとした瞬間――ボクの目には虫の足が見えた。
直後――、目が抉られるような強烈な痛みが走り……視界が闇に閉ざされた。
いったい、いったい何が起きたのっ!?
驚くボクの耳に、何かが近づいてくる音が聞こえてきたが、耳だけなので何が近づいて来ているのかはまったく分からない。
『ま~ぁったく、あの身体は気に入ってたんで~ぇすよ? それに、丁度アークさまが気絶していたからおれっち様は何とか無事だった物を~ぉ。どうしてくれるんで~ぇすか?』
「くっ……?! いったい、いったい何の話をしているのっ!?」
『あ~ぁ、そうで~ぇした。あなたの目はおれっち様の鉤爪で切ったんだから、潰れてしまったんで~ぇしたねぇ……クヒヒッ』
暗闇の世界で痛みを堪えるボクの耳には、まるで2人が同じ言葉を同時に喋っているように聞こえていた。
けれど、数分したら目は元通りに戻るはず。そうしたら、目の前の状況が分かる……はずだ。
だけど……目の前の魔族はそれを許すのだろうか? そう思いながら、ボクは気取られること無く蹲ってると……。
『さっきはよ~ぉくも、攻撃してくれやがったな~ぁ? オイッ!!』
「っ!? ぎ――ああああっ!!」
人を舐めたような喋り方でありながら、どこか乱暴な声になり始めたその魔族は……ボクの焦げ始めている腕を肘から踏み砕いた。
直後、完全に焼け焦げていない箇所と焼け焦げた箇所が半々となっていた腕はグチュリと潰れるような奇妙な音を立てて、潰れたようだ。
……目が見えないのに何故分かったかと言うと、肘の辺りの痛覚がまだ少し残っていたらしく……痛いからだ。
『イテェか~ぁ? おい、痛いのかって聞いてるんだよ~ぉっ!?』
その痛みが消えないうちに、ボクの背中をピエロ魔族が何をしたのかは分からないけれど……何度も執拗に蹴りつけてきた。
その度に、ボクの口からはうめき声が洩れ……、痛みが背中に走った。
そして、力がかなり込められた一撃が首に振り下ろされた瞬間――ゴキリと首のなにかが壊れたのか折れたのか分からないような音が響いた。
「――か、――――あ」
直後、首に掛かる圧迫感……漏らそうにも吸おうにも出来ない呼吸。
いったい、自分に何が起きたのか分からないまま……首から頭がずれていく感覚、もしかしてこれ……首、折られた……?
そう思いながら、ボクのいし……は……ぎれ………………た。
◆
首が折れる音が周囲に響き渡り、ヒカリが静かに息を引き取ったのを確認して、アーク……いや、アークの身体を借りているドウケは息を吐いた。
『ふ~ぅ、いけないいけないな~ぁ。本当、意思がある存在の身体を奪おうとすれば、その人物の性格も反映されるみたいだな~ぁ』
そう言って、ドウケはもうしばらくアークの身体を借りることを考えながら、本体である仮面をそのハエ面に押し付けた。
――寄生型魔族ドウケ、それがドウケの本質であり本性であった。
現在のアークの身体を使う前の人形、それはドウケが人型魔族と偽る姿であり……相手を油断させるための方法でもあったのだ。
事実、倒したと油断していたヒカリはドウケから注意を削がれてしまっていた。その結果がこれである。
『さ~ぁて、それじゃあ……クソガキをぶっ壊すとするかね~ぇ。……おっと、アークさまの思考がおれっち様を上書きしてるな~ぁ。このままじゃ、おれっちの計画が台無しだ~ぁ』
そう言いながら、ドウケアークは一歩一歩とアリスへと近づいて歩き出していた。
……元々は、ドウケの頭の中ではこの力を自分のものとしようとしていたらしい。けれど、アークの意識が混ざり合うことで……アリスを破壊するという方向に傾き始めているようであった。
だから、残念ではあるが……ドウケアークは破壊することにした。
『それじゃあ、さよならで~ぇす。ゆうしゃアリスさ~ぁん!』
仮面の下のアークの顔は歪んだほどの笑みを浮かべているのだろう。
堪えきれないほどの笑いを零しながら、そう言ってドウケアークは振り上げた腕を一気に下ろした。
その一撃を受けて、アリスの身体はガラスのように割れて砕ける……はずだった。
だが、その一撃はアリスを護るかのごとく現れた小さい亀の甲羅によって阻まれた。
『っ!? な、なんだ~ぁ? これは~ぁ!?』
「オ、<オリハルコンシェル>……! いま、だよ……タイ、ガッ……!」
「おうっ、任せろ!! どぇっりゃああああああっ!!」
獰猛な雄叫びと共にドウケアークを狙うように跳び出した白い弾丸は、重い拳を横から殴りつけるようにして放った。
だが、ドウケアークはその攻撃を羽を羽ばたかせて横に飛び、回避した。
そして、回避行動を続けるまま壁に張り付いたドウケアークは襲い掛かってきた存在を見て……、呆れた声を上げた。
『おいおいお~ぉい。四天王になれなかった4人さまじゃな~ぁいですか~ぁ。どうしたんで~ぇすか?』
「決まってんだろ! てめぇを倒しに来たんだよ!!」
そう言って、ドウケアークへとタイガは指を指したのだった。




