絶望を晴らす者たち・2(前編)
からだが……はねのように、かるい。
それに……あたまのなかが、すごくすっきりして、まわりがよくみえる……。
どくんどくんとなりひびく、しんぞうのおと。
はぁ、ひゅぅ……という、こきゅう。
たたたたたたっ、とあしがじめんをけってかけるおと。
たいめんをみると、おかあさんが……しんぱいそうなひょうじょうをしながら、ワタシへとかけてくるのがみえた。
ワタシは、そんなおかあさんへとかけよるとおかあさんはおどろいたかおをしながらも、はんしゃてきにゆっくりとこぶしをワタシにつきだしてきた。
だからワタシは、そのつきだしてきたこぶしをかたてではじくと……がらあきとなったどうたいへとにぎりしめたこぶしをいっきにうちだし――――駄目ッ!!
その瞬間、スッキリしていた頭の中へと雑音が入り……遅く見えていた周囲は、普段の速さへと戻りました。
「は――――ッ! はぁ……はぁ…………うっ!!」
自分がまるで自分ではなくなるような感覚に塗り潰されていたワタシは一気に来たワタシという存在に耐え切れず、込み上げてくる吐き気に逆らえず……その場で身体を丸めてしまいました。
そして、口と鼻に込み上げてきた酸っぱい液体が充満してしまい……それを吐き出しました。
……口から地面に落ちた吐瀉物は、ツンとした臭いがし……より吐き気が増してきました。
「……サリーちゃん、大丈夫?」
心配そうにお母さんがワタシに声をかけてきますが……ワタシは何も言えません。
だって、あと少しで……ワタシの拳はお母さんのお腹へと打ち込もうとしていたのですから。
通常の状態でならまだ良いと思います。ですが、あの状態は駄目です。
あの状態ではワタシは何も考えていなかった。……いえ、考える気も無いほどに命を軽い物と思っていたのかも知れません。
だから、あの状態の拳がお母さんに当たったら……。
「うっ! うぇ……、うぇぇ…………!」
そう思った瞬間、吐き気が治まっていなかったというのも相まって、ワタシは胃の中を空っぽにするとでも言わんばかりに吐瀉物を吐き続けました。
そして、そんなワタシを心配してか……お母さんは優しく背中を撫でてくれます。……その優しさが、辛いです。
ほんとうに……つらいんです……。
◆
わたしに背中を撫でられながら、サリーちゃんは泣いているらしく……すすり泣く声が耳に届いた。
そんなサリーちゃんを見ながら、わたしは命の危険を感じたさっきのサリーちゃんを思い出していた。……って、死んでるんだから命の危険とかは関係無いかしら?
まあ、それは置いておいて……さっきの行動をわたしは考えることにした。
というよりも、今回サリーちゃんに起きた現象が異常過ぎたからだ。
一連の出来事を……、サリーちゃんを慰めながら……わたしは思い出し始めたわ。
……野生化を使い始めるようにして特訓を開始した日から、三ヶ月は経ったけれど……、やはりサリーちゃんは上手く野生化を扱うことが出来なかったようだった。
けれど、少しだけ耐性が付いてきたのか、野生化を使い始めた当初に比べると全身が軋みを上げるまでのじかんは伸びているようだった。
ガガガガガガッ!! と互いに野生化を使い能力を底上げした状態で、わたしとサリーちゃんは一瞬の内に殴る蹴るを行っていた。
「うん、頑張ってるわね。サリーちゃん!」
「当たり前、ですっ! 毎日続けていれば、身体が慣れていくものですから……!!」
「そうね、……それじゃあ、この一撃で休憩にしましょう」
わたしがそう言うと、サリーちゃんは頷き……2人同時にハイキックを行った。
互いの脚と脚がぶつかり合い、衝撃波が生み出され……しばらくそのままの体勢を取っていたわたしたちだったけれど、わたしが脚を下ろすのを皮切りにサリーちゃんも脚をゆっくりと下ろした。
そして、ふう……とサリーちゃんが息を吐くと、野生化を解除したのか纏っていた気迫が薄れていくのを感じたわ。
それを見届けてから、わたしも野生化を解除してサリーちゃんを見た。
「お疲れ様、サリーちゃん。身体のほうはどう?」
「ありがとうございます、お母さん。身体のほうは…………まだ少し痛みを感じますけど、それほど痛くないので身体が慣れて来ているのでしょうか」
「どうかしらね? でも、それなら良かったわ。……正直、よくよく野生に飲まれるサリーちゃんを見ていて何度野生化を使わせないようにするべきかって悩んでいたから、お母さん安心だわ」
ホッと息を吐いて安心したように見せるわたしへとサリーちゃんは申し訳無さそうに頭を下げた。
……けど、今言ったようにサリーちゃんの特訓は無駄じゃなかったと思う。
だって、野生化を一応は使えるようになってるのだから、生半可な相手なら敵じゃないと思うし、今はわたしが相手だからそうなってるだけで……もしかするとサリーちゃんの大好きなアリスちゃんと一緒に居られるようになったら……、暴走せずに野生化を完璧に使いこなせたりするかも知れないしね。
「…………ふう、お母さん。そろそろ、続きを始めても良いですよ?」
「あ、あら? もう良いの?」
「はい、大分休みましたし、新しい方法を試してみたいので」
いけないいけない、元の世界に戻ったサリーちゃんの心配をしすぎていたみたいね。
しっかりしないと。そう考えながら、ワタシは立ち上がるとサリーちゃんと対峙したわ。
……というか、新しい方法?
「新しい方法って、何を試そうと思うの?」
「はい、知っていると思いますがワタシには師匠が目覚めさせてくださった『雷』の属性があります」
「雷……、天の光ね? 風よりも速いといわれるもの、それを身体に纏わせたのは一度見たわね。アレは速かったわ。けど……」
そう言いながら、わたしはサリーちゃんが天の光を纏ったときの様子を思い出した。
けれど、それは速いけれど……力はあまり強くは無かったと思う。
それが顔に出ていたのか、サリーちゃんも頷いたわ。
「お母さんが言いたいことはなんとなく判ります。ですから、野生化を使うのと同時に『雷』の属性を纏わせてみようと思っているんです」
え、えーっと……? ごめん、よく分からないわ。
正直答えに困った言葉だけれど、やる気になっているサリーちゃんのやる気を挫くのもどうかと思うし……。
「じゃあ……、一度試すだけ試してみたらどうかしら?」
「そのつもりです! ……それじゃあ、行きますね」
そう言うと、サリーちゃんは野生化をし始めたわ。……時折パチパチと音がするのは、天の光を纏い始めたからかしら?
……そう思っていたわたしだったけれど、変化はすぐに訪れた。
突如、サリーちゃんの身体がビクッと震わせ……、目が見開かれたのだ。
しかも見開かれた目には意思が感じられないように見えたので、すぐさまわたしは駆け寄った。
「サ、サリーちゃんッ!? どうしたの!? しっかりしてっ!!」
サリーちゃんの肩を揺するが、反応は無かった。
そして、サリーちゃんの姿に変化が起きたのだ……。
「髪が……、白くなっていく……」
光り輝く、では無く色素が失われた真っ白な髪……。
そんな髪へと変化していくのをわたしは、驚きながら見つめていたけれど……そんなわたしをサリーちゃんは意思の無い瞳で見つめてきた。
その瞬間、わたしの中のなにかが危険信号を挙げたのを感じた。
普通に飛び込ませるはずだったのになぁ……。あれぇ?