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あるゆうしゃの物語  作者: 清水裕
時狂いの章
385/496

サリーの特訓(後編)

『GURUUUUAAAAAAaaa!!!』


 クアトルサが雄叫びを上げながら、4本の腕を左右から交互に振り回し、わたしへと襲い掛かってきた。

 ……あれ? こんなに、遅かった……かしら?

 ゆっくりと動く4本の腕を見ながら、わたしは1本目を身を屈ませることで避け……2本目を屈んだ状態から地面を蹴って横に跳ぶことで避けると3,4本目の腕がわたしに当てられるよりも先にクアトルサへと接近していた。

 一瞬、クアトルサが驚くような気配を見せたけれど、そんなのは……如何でも良かったわ。


 ――だってルドを傷つけたんですもの……!


 その怒りを込めた拳をクアトルサの腹へとわたしは拳を打ち込んだ瞬間――ついさっきまで、硬い鉄を殴りつけるような衝撃を感じていたはずの拳が、まるで話に聞くオトゥーフを潰したみたいに腹へと吸い込まれていった。

 そこで漸くわたしは自分の身体の異常な状態に気が付いたけれど……、今はどうでもいいわね。

 だって、今だったらこのクアトルサを倒すのに苦労しなくてすむと思うし!

 そう結論付けて、わたしはクアトルサの腹に減り込んだ拳を引き抜くと、今度は腹の痛みでしゃがんだクアトルサの頭へと回し蹴りを放ったわ。


『GA!? GAAAAAAAAAAAA!!! ――GAAUU!!?』


 すると、クアトルサもわたしの放った蹴りに気づいたみたいだけれど……避けるスピードよりもわたしの蹴りが頭に打ち込まれるスピードのほうが速かったの。

 威力も何時もの威力よりも格段に高くなっていて、牽制目的で放ったつもりだったのに……ゴキリと首の骨が折れる感触が脚に伝わったわ。

 そして、フラフラとしてから……クアトルサはバタリと倒れたの。それをわたし、そして無事だった仲間たちは呆然と見ていたわ。

 だけどすぐにルドのことを思い出してね。わたしはすぐにルドのほうに駆けようとしたの。


「ル、ルド――――え?」


 けど……、振り返った瞬間、眩暈がしてね……倒れちゃったの。

 それも、完全に意識が無くなった状態って感じにね。

 ……次に目が覚めたのは、診療所のベッドだったわ。目線を動かすと、わたしが起きたことにホッとした様子のルドとハスキーがベッドの傍らに居たの。

 いったい自分はどうしたのかとか聞こうとか、起き上がろうとしたりもしたんだけどね……。

 喋ろうとしただけで、全身に痛みが走ったの。だから、動こうとしても身体は動かなかったわ。

 で、何が原因かは分からないんだけどね。全身の筋肉がズタズタになっていたみたいなのよ。

 それから一月ほどはベッドのお世話になってたんだけどね……。漸く普通に歩けるってくらいになってから気づいたのよね……。

 身体に力が入らなくなっているってことに……ね。

 ……ああ、普通に日常を送るぐらいは大丈夫だったのよ? だけど、戦いをするときに力を込めたりするけど……そこに力が入らなくなっていたって言ったら分かるかしら?

 それで、そうなったらわたしはもう冒険者は出来ないってことで引退して、そのまま良い機会だからと思って帰らないといけないルドと一緒に人間の国に渡ったのよ。


 ●


「それでルドの実家がある村に住むようになって、サリーちゃんが産まれて王都と村を行き来しながらルドとサリーちゃんと楽しく暮らしていたのは覚えてるかしら?」

「はい……、けどワタシのほうは偶にしか帰ってこないお父さんに文句を言ってましたよね……」

「そうよね。だけど、ルドも大変だったの……それだけは分かってちょうだい」

「い、いえ! わかっていますよ!? ワタシだってもう子供じゃないのですから、お父さんも大変だったって言うのはわかっていますから!!」

「そうよね……。うん、良かったわ。で、このあとことは覚えているわよね?」

「……はい。病弱だったお母さんが死んで、お父さんと一緒でしたから……色々覚えています」


 そう呟いて、ワタシは今までの日々を思い返します。

 同時にお父さんの悲しい瞳も……。きっとお父さんもお母さんと一緒にまだまだ暮らしたかったでしょうね……。

 ワタシもそうでしたから……。


「苦労、かけたわね。サリーちゃん……。それでね、死んでからは色々と理解出来るようになったの。特に、わたしが体験したあの感覚のこととか……ね」


 申し訳なさそうにワタシを見るお母さんでしたが、ワタシに向き直るとそう口にしました。

 しかも、その表情は……母としての顔であると同時に、戦士としての顔も見えました。


「わたしが体験した感覚。それが2つの筋肉が同時に主になっていた状態。人間のほうの呼び名は分からないけれど……、わたしは『野生化』って名前をつけたわ」

「野生化……ですか?」

「そうよ。サリーちゃん、元々ワン族は獣人の神に知性を与えられて野生から獣人たちの元に下りたと言う話があるの。でも、そもそもの本質は野生……それも、神の使いの一頭であるシリウスから始まったと言われているのよ」


 その話は聞いたことがありました。

 確か、獣人の神の神使は獣人の伝説ではキュウビ・イナバ・そして……シリウスが居ると言われていました。

 ちなみにキュウビ……それは師匠に身体を貸していた神使だったと記憶しています。けれど、敵に回ってしまったことも……。

 だけど、それが居るということは残り2頭も居るということです。


「で、野性に帰れば帰るほど、わたしたちワン族の力は強くなるけれど……代償として、一気に帰りすぎると筋肉はズタボロになるということだったのよ」

「だから、お母さんはそんな風に……?」

「そうよ。……けど、この力は使えば本当に最大の武器へと変わるわ。それに……わたしは駄目だったけど、サリーちゃんなら出来そうな気がするの」

「え、えっと……なにを……ですか?」


 少しばかり戸惑いつつも、お母さんに問い掛けると……優しい笑みを浮かべました。

 けれど、その笑みは今この場面では嫌な予感しか感じられません。


「なにって……決まっているじゃない。『野生化』の更に先を目指すことよ」

「『野生化』の……更に先、ですか?」

「ええ、死んでから『野生化』を理解出来たけれど、それからしばらくして思ったのよ。

 元々の野性に帰るからそうなるのなら、その野性に帰るよりも前に行くことができたらどうなるだろう……ってね」

「野性に帰る前……、それは多分……」


 言い終わる前に、ワタシは気づきました。

 神使の眷属が野に下って、そして獣人の世界へと行ったなら……その逆を辿れば何処に行き着くのかを……。

 その視線に、お母さんは頷きます。


「本当に出来るかは分からないわ。だけど、特訓をしたいって言うのなら……それぐらいに高い目標を身に着けたほうが良いわよね?」

「そう……ですね。仮にもしも師匠がゆうしゃから神になったならば、ワタシは神使となって師匠を護ってみせます! お母さん、特訓の手伝いをお願いします!!」

「ええ、わかったわ。それじゃあ、休憩は終わりにして始めようかしら?」


 ワタシはそう頷くと、本格的な特訓を開始し始めました。

 もっと、もっと強くなって師匠の隣に立てるために……!!

ああ、嘘の日は何にも出来ません。

キュウビさんが話の裏で嘘を蔓延させている……と言うことでご勘弁をー。

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