サリーの特訓(中編)
……何というか、物凄く……ものすご~く、微妙な空気がワタシを包み込みます。
ちなみにお母さんは懐かしい思い出を語っている気でいるのか遠い目をしながら当時のことを語り始めました。
「あの当時は本当にお母さんは若くてね~。多少の無茶をしても何とかなるって言う気でいたのよ。
本当、色々あったわ……。立ち寄った村で食事してたら魔族がいきなり村に魔族がやって来て村を襲い始めたのよ。で、食事中だから凄くイラッとしたの。そしたら、伝説が生まれちゃったわ♪」
「……えっと、確か笑顔で魔族に馬乗りして、殴り続けてたんでしたっけ…………?」
「そうよ。よく知ってるわね~。ハスキーに聞いたの? いえ、ハスキーには厳重に言い聞かせてたから言うわけ無いわね」
ワタシが知っていたことにお母さんは驚いたらしく、きょとんとしていましたが……すぐに誰が言ったのかを考え始めています。
とりあえず、犯人の名前ぐらいは言いましょう。
「えっと、チュー族のスナ族長……です」
「……は? スナ? ……えっ!? あの傷だらけの歴戦の戦士って感じのチュー族ってスナだったのっ!?
ああ、驚いてる理由はね。あんなの見てからじゃ信じないだろうけど……わたしが魔族殴り殺したときにいい歳して奥歯ガタガタ震わせていたのよ。本人は気づいていないだろうけど、わたしは面白かったわ~」
「そ、そうなんですか……」
とてもとても懐かしそうにお母さんは言いますが……、ワタシはお母さんの知られざる一面を見て戦々恐々としています。
そ、そんな性格だったんですか。お母さん……。
ちなみにワタシにとってのお母さんは余り記憶に残っては居ませんが……とても優しかったと覚えています。
そんなワタシの視線に気づいたのか、お母さんは照れました。……あの、照れるような箇所がありましたか……?
「あらら、ごめんね。久しぶりに懐かしい名前を聞いて、つい笑っちゃったわ。
それでね、魔族もぶっ飛ばしたんだから何でも出来るって、結構調子に乗っちゃったのよ。
そんなときに、お父さん……ルドと出会ったのよね」
「お父さんと……。確か、お父さんは自分の研究をしているときにお母さんと出会ったのでしたよね?」
「そうよ~。あの人ったら、荒野の中でぶっ倒れてて……聞けば馬車で移動してたけれど、珍しい金属が見えた気がして飛び降りたら違っていて、気づけば荒野の中で独りきりだったのよ」
……よ、よくモンスターに襲われなかったですね。……いえ、お父さんはトラップ魔術が得意だったから、それで何とかなった……というところでしょうか。
そう思っていると、その予想は正解だったみたいです。
「自分を狙って襲い掛かるモンスターに対して、トラップを仕掛けて襲われないようにしていたんだけど、多勢に無勢でモンスターが大量に襲い掛かってきてルドも魔力が尽きて……もう駄目だー! ってときに、偶然通り掛かったわたしと出会ったみたいなの」
「そ、そこで恋が芽生えたのですか?!」
何だか大事なことを話そうとしているはずだったのが、何時の間にかお母さんの昔話になっていますが……別に構いません。だって、お母さんとお父さんの馴れ初めとか聞いてみたいじゃないですか!
少しばかり興奮しつつ、ワタシもそんな風に恋をしてみたいと思いながらお母さんの言葉を待ちます。
けれど、それに対してお母さんは……凄く申し訳無さそうな顔をし始めました。……あれ?
「えっとね、わたしって使う獲物は拳なのよね……。で、調子に乗っていたって言ったわよね?」
「は、はあ……」
な、何でしょう……嫌な予感が…………。
「並み居るモンスターを殴りつけながら、倒して行ったの。……ついでに、その中にルドも混ざっていたのよね……」
「………………は?」
「つまりね、初めての出会いは殴った相手と殴られた相手ってこと……」
……ああ、何というか笑みを浮かべながら並み居るモンスターを殴り飛ばしているお母さんの姿が思い浮かびます……。そんなモンスターの中に紛れてお父さんの姿も見えますね……。
何ていうか微妙に知りたくなかった出会いです……。
そんなワタシの心境を理解しているのか、お母さんは何処か恥かしそうにしつつもすまなさそうにワタシを見ました。
そして、ワタシは気づいていなかったのですが……どうやらお母さんを残念なものを見るような目で見ていたようです。
「ああ、そんな風にわたしを見ないでよサリーちゃん! そ、それにサリーちゃんだって気になる男の子居たりするでしょ? たぶん、その子にも同じようなことするわよきっと。と言うか断言するわ!」
「な、何だか凄い酷いことを言っていませんかッ!? そ、それにワタシは気になる人なんて……」
そうワタシは言いますが、何となくフォードくんの顔が浮かびました。……え、何でフォードくん……?
いやいや、無いですよきっと無いです。……たぶん、無いです……よねぇ?
そんな考え込むワタシを見て、何を思ったのかお母さんは優しい笑みを浮かべました。
「大丈夫よ、サリーちゃん。今はまだそんなだろうけど、きっと分かる日が来るってお母さんは空から見守って見せるから!」
「な、何でそんな風になるんですかっ!? と、兎に角この話は終了です終了!」
「え~? でも、ちゃんと子供が生まれたら、わたしのお墓に見せに来てね。待ってるから!」
「だっ、だから終了だって言ってるじゃないですかぁ!! それよりも、筋肉の話をしてください!!」
顔を真っ赤にしながら、ワタシはお母さんに怒鳴りました! ……というか、筋肉の話ってそこだけ聞いたら筋肉好きにしか聞こえませんね……。
そんなワタシの反応を見て、優しい笑みを浮かべたまま頷き……思い出すように話始めました。
「そうね。とりあえず、鮮烈な出会いからわたしとルド、それにハスキーの3人で基本的には色々としていたわ。ちなみに色々って言うのはわたしとハスキーの冒険者ギルドのクエストを受けつつ、ルドの研究の手伝いってところね。
で、そんな毎日を過ごしていると、やっぱりと言うか何というか……わたしとルドは好き合ってたのよ。突拍子も無いような言いかただけど、ちゃんと考えに考え抜いた結果よ?」
「それで……?」
「ええ、そんなある日、わたしたちは何時ものようにクエストを受けて、ルドも研究のための材料探しに付いて来たの。で、その依頼はモンスベアーの討伐だったのよね」
そのモンスターの名前を聞いて、ワタシも顔を顰めました。
何故ならそれが原因で死に掛けたのですから、そんな顔にもなるに決まっていますよね?
「何が原因か判らないんだけど、そのモンスベアーが普通よりも巨大で馬鹿みたいに成長したのが大量発生したみたいで、わたしたちの他にもパーティーは参加していたわ。
で、大量発生している森で、わたしたちはモンスベアーを倒していたわ。で、最後の1匹を倒して終了って思ってたら、大量発生した原因が姿を現したの。クアトルサ、知ってる?」
「は、はい……師匠の記憶にあるのを見ました。……え、もしかしてあのモンスターが迷い込んでたのですか?」
「そうよ。モンスベアーは一種の災害って言われているけど、動きはノロマだから対処すればどうとでもなるの。過去の知識を参考にしても戦えるしね。
だけど、クアトルサは魔族の国にそんなモンスターが居るって話しか知らないの。だから、一緒に討伐に組んでいたパーティーは全滅に追い込まれたわ」
そのときのことを思い出しているのか、お母さんは何処か遠い目をしています。
もしかしたら、仲の良い冒険者も居たのかも知れませんね……。
「ハスキーも一緒に参加していた回復役の子を庇って倒れて、わたしももう駄目って思ったときにね……ルドが前に出て庇ったのよ。……あまり強くないのにね。後で聞いたら「男だから好きな人は守るもの」だって言ってくれたの」
……そういえば、昔お父さんが鉤裂き傷跡があるのを見ましたね。それってそのときのでしょうか?
そんな風に思っていると、当時を思い出しているお母さんは口にします。
「そのときは、血を噴出しながら倒れるルドを見て、わたしはもうプッツンって頭の中の糸が切れちゃったわ。
で、ぶち切れて、クアトルサに飛び掛ったんだけど……、戦うに連れて妙な高揚感と身体が限界以上の力と速度を出してたのよ」
そう言って、お母さんは漸く本題に入り始めました。