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あるゆうしゃの物語  作者: 清水裕
時狂いの章
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闇に染まる心

 なん、ですか……これは?

 神気を纏ったアタシの拳は魔王を操っているであろう珠目掛けて一直線に放たれました。

 抵抗するべく魔王は幾度と無く衝撃波を撃ち出し、アタシを妨害しようとしましたが……それらも打ち抜いて突き進んでいきます。

 そして、あと一歩……あと少しで魔王の珠にアタシの拳が当たる。そんな中でアタシの背後から突然どす黒い腕が突き出されました。……つまり、背後から攻撃を受けたということです。

 そう思ったときには、既に遅く……恐る恐る振り返ると背後には、あのとき暴虐のエレクを連れ帰り、アタシを連れ去ろうとした黒い影が立っていたんです。

 そして、その影は笑っているようにも見え……ゆらゆらと揺らめく中で口のような場所がゆっくりと動きました。


『汝に、闇の祝福を――』


 そう言ったように聞こえたと思った瞬間、アタシの身体へと大量の闇が送り込まれました。

 その闇はどす黒く、すべてを呪い、すべてを凌辱し、すべてを破壊する。

 そんな邪悪でどす黒い感情が徐々にアタシの感情を心を塗り潰していくのを感じました。

 優しさ、愛、勇気、友情……そんな陽の感情が黒くどす黒く変わり始め……、変わりに破壊、殺戮、淫靡といった陰の感情へと心が反転していく。

 それを感じつつも、身体はどうにも出来な――。


 ――どうやら、此処までのよう……じゃな。

 キュウ、ビ……? うぐっ!!

 ――余り喋るでない。お主の感情は、何とか今はわしが代わりとなって奴を騙しておるから、お主の心が塗り潰されているように見えるが……アレは気づいておるようじゃ。

 そんな……! キュウビは、大丈夫なんですか?

 ――無理……じゃな。今だって何とか耐えておるところじゃ。……じゃが、お陰で奴が何なのかが分かるようになった……。


 心の中で苦しそうな声を出すキュウビに大丈夫かと言いたいアタシですが、彼女の痛みはまったく分かりません。

 だから、アタシは何も言えずに彼女が与えてくれる情報を……知るしかないのです。


 教えて、ください…。アレが何なのかを……。

 ――あれは、邪神じゃ……。すべてを呑み込み、すべてを喰らい尽くすしか能がない邪神じゃ。

 アレが邪神……?

 ――そう、じゃ……邪神、様のために……わしらは、破壊の限りをつくし……。

 しっかりしてください、キュウビ! まだ言い終えていないですよね!!

 ――う、む……。じゃ、が……もう、無理……みたい、じゃ……じゃ、から……わしの心が塗り潰される前に、全力を持って、おぬしを……送りつける。

 え……?


「ワンダーランドッ!! お主に託す、受け取れ!! くぉぉぉぉおおおおおおお~~~~んっ!!」


 狐のような遠吠えを上げると、アタシ――いえ、キュウビは自らの身体から結晶へと変化させたアタシを取り出すと虚空に向けて投げ出しました。

 その瞬間、キュウビの身体から離れたアタシの視界は今まで見ていたものとは変わり、穏やかな表情をしながら遠ざかって行くアタシを見つめる全裸のアタシ……いえ、全裸のキュウビの姿が見えました。

 そして、暗い空間に入れられ……閉ざされていく中で、アタシだった姿が徐々に変化し始め……妖艶な雰囲気をかもし出す黒髪の獣人へと変わるのを見ながら、空間が閉じてアタシの意識は途切れました……。


 ●


 アリス……いや、キュウビの身体からアリスの魂が結晶となって投げ出され、異界の中へと入っていくと……キュウビの姿はアリスの姿から変化を始めて、本来の自身の姿へと変わっていった。

 それを見届け、安堵した瞬間――キュウビの身体を完全に闇が包み込んでしまった。

 もうもうと煙のようにキュウビを包み込む闇は、彼女の身体を、心を、精神を侵食していった。

 そして、キュウビの全てを闇が包み込んだとき、獣人の神の神使であるキュウビは――死んだ。


 ズズ……ッとどす黒い手が引き抜かれ、感情を無くし、瞳が黒く濁ったキュウビはその場に崩れ落ちたが……しばらくして身体からどす黒い瘴気が噴出し……それがキュウビの身体に纏わり付くと形を創り始めた。

 数分が過ぎ、形作られた瘴気は……黒い巫女装束へと変化していた。

 光を一切通さない黒さを持つ巫女装束を纏ったキュウビの瞳に感情の色が戻り始めた。

 だがそれは、決して明るい感情の色ではなかった。いや、その逆でどす黒いドロドロとした醜悪な感情の色であった……。

 そんな感情を瞳に宿したキュウビは、薄っすらと妖艶な笑みを浮かべると……邪神に向けて恭しく跪いた。

 そして、敬意を込め……自らを書き換えた憎いどころか敬愛するべき()へと感謝の言葉を口にしたのだった。


「あぁ……、ありがとうございます邪神様。あのような愚かしい神の神使をしていたわしを貴方様の元へと招いてくださいまして、本当にありがとうございます。

 此処にわし、邪神様の下僕にしていただいたキュウビは貴方様への絶対なる忠誠を誓わせていただきます。これからは命ある限り貴方様のために破壊の限りを尽くしましょうぞ……」


 そう言って、邪神の僕となったキュウビは笑みを浮かべた。

 それを見ながら、邪神は満足しているのか身体を揺らしてから……彼女へと手を向けた。

 すると……。


「はい、畏まりました。邪神様のために、あの愚かしいゆうしゃを完膚なきまでに魂を砕いてあげましょう。……ですが、今はこの国に破壊と絶望を与えるべきだと思います。

 なので、あのゆうしゃの討伐はそれが終わり次第……で宜しいでしょうか?」


 キュウビの返答に邪神は何と答えているのかは分からない。けれど、邪神はそれで良いと判断したとでも言うかのごとくズズズッと影の中へと消えて行った。

 消えていく主を見ながら、キュウビは笑みを浮かべた。


「くふふ、これから何をしようか……。ああ、相手を騙して騙して互いを不審に追い込めば……」

「……お前は…………誰だ?」


 愉快に笑うキュウビの背後から声がしたので振り返ると、脂汗を流す魔王が膝を突いて彼女を見ていた。

 その様子にどうしたのかを判断し、キュウビは魔王に向けて笑みを浮かべた。


「……ん? ああ、アリスの神気の拳は少しだけ当たってたんじゃな。よかったのう、正気に戻ることが出来て。それとわしが誰かじゃと? わしはキュウビ、偉大なる邪神様に仕えることとなった者じゃ」

「邪神……。アレらに、私が正気に戻ったことを……知らせるのか?」

「知らせるか? じゃと……? くふふふっ」


 魔王の言葉にキュウビは堪えていた笑みを噴出し始め、愉快に笑い出した。

 それを唖然としながら魔王は見ていたが、そんな魔王へとキュウビが近づくと魔王の胸元のヒビが入って機能しなくなった珠へと触れた。

 すると珠は、何事も無かったかのように元通りになった。……だが、魔王自身には何の違和感も感じられない。どうしてかと思っていると……。


「これで、貴方はどうしようとばれることは無いじゃろうな。じゃが、ばれぬように注意したほうが良いぞ? 狐であるわしの騙しは天下一品じゃが、万能ではないのじゃからなぁ……」


 キュウビの言葉に信じられないとばかりの表情をした魔王だったけれど、恐る恐る彼女へと訊ねることにした。


「……お、お前は、邪神の僕となったわけでは、無いのか?」

「なっておるよ。今じゃって、敬愛する主様のために如何にこの国に絶望をもたらすかを考えておるのじゃからな。……じゃが、それでも闇に染まってしまったわしの本質は『偽りと騙し』じゃ。お主がどうなろうと知ったことではないが、周りを騙すことはわしの本質なのじゃからな。

 くふふ、精々ばれぬように頑張ることじゃな」


 魔王へと妖しく笑ってから、キュウビは鼻歌を歌いながら王の間から出て行った。

 そして、廊下を歩いてしばらく経ってから、虚空を見つめ笑みを浮かべた。


「ま、そんな訳じゃから、元主様よ。わしは邪神様の僕となった。

 今まで世話になったのう。じゃが、これからはわしはお主たちの敵じゃ。じゃから、わしがアリスを殺しに行くときまでに戦える人員を集めることじゃな。

 まあ、それでも完膚なきまでにそやつらを倒し、わしがお主らの希望であるアリスを殺すだけじゃがな。くふふ、くふふふふふふ……♪」


 愉悦に満ちた邪悪な笑い声が聞こえながら、映像はぷつんと途切れたのだった。


 …………あ、気づけば今日で一年目だった(汗

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