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あるゆうしゃの物語  作者: 清水裕
時狂いの章
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お嬢様が見た戦い(後編)

 ゆうしゃ、それは魔族以外の……人間、獣人、魚人、エルフや妖精といった種族の者たちへと与えられる称号であり、その称号を持つ者は高確率で魔族を脅かす存在である。

 子供の頃から教えられた言葉を思い出しながら、わたくしは暴虐のエレクから放たれた言葉を反芻しました。

 ソバさん……いえ、アリスさんはゆうしゃで……わたくしたちを脅かす存在……?

 けど、脅かす存在ならばわたくしたちをどうにかする筈……いえ、もしかするとわたくしたちを信頼させて油断させてから一気に……?


「……ゆうしゃ、ですか。じぶんたちを信頼させてから何かするつもりだったのでしょうか?」

「そっ、そんなはずはありませんっ!!」


 シトリンが怪訝そうに呟いた言葉にわたくしはついカッとなって声を荒げてしまいました。

 その言葉にシトリンは驚き、わたくしも……驚いていました。

 ですが、短い付き合いでしたがわたくしの心の中ではソバさんは信用出来る相手だと理解出来ていたようです。

 そしてわたくしの言葉にシトリンは異論を出さずに、納得したように頷くと控えて両者の戦いへと視線を移しました。

 ソバさんが手に持っていた武器をどういう原理なのかはわかりませんが、変化させて凶悪な形をした金棒へと変えると暴虐のエレクとぶつかり合っていました。

 ですが、力は拮抗したのか弾かれ……またも再びぶつかり合うために飛び掛っています。

 しかも両者の攻撃は激しすぎるのか、今此処で見ているわたくしたちへと衝撃が届いて空気が震え、吹き飛ばされそうになったので身を屈めました。


「お嬢様、お気をつけください」

「え、ええ……。と言うかあんな戦いを近くで見守ることが出来るかと聞かれたら無理としか言えないですね……」

「……そう、ですね」


 そう呟き合いながら、わたくしたちはソバさんが放った攻撃がエレクに効いたのを見ました。

 恐怖の象徴でしかなかった暴虐のエレク。そんな存在をソバさんは傷を付けることが出来た。それを見て、わたくしの胸はドクンと高鳴るのを感じました。

 もしかして……もしかして、このまま暴虐のエレクを倒してくれたりするのでしょうか……?

 みんなの仇を、取ってくれるのでしょうか……?

 そんな風に、わたくしは期待してしまっていました。

 ですが……暴虐のエレクが雄叫びを上げた瞬間、状況は変わりました。


「な……なん、ですか……あれは……?」

「わ、わかりません……ですが、見ていて吐き気もしますし……何より恐怖します……」


 雄叫びを上げた暴虐のエレクの身体の表面からどす黒い何かが溢れ出し……それを見ていたわたくしたちは今言ったように恐怖の感情が心の底から溢れて行きました。

 しかも、それは背後の馬も感じ取ったらしく、嘶く声が聞こえ……ウボアの落ち着かせる声が聞こえます。

 ですがわたくしたちは視線を放すことが出来ません。

 わたくしの視界で暴虐のエレクが纏うどす黒い何かは……まるで巨大で漆黒な翼のように見え、魔族以外の何かに見えて恐怖しか覚えませんでした。

 そして、暴虐のエレクはその翼を羽ばたかせると……姿を一瞬で掻き消えさせて――ソバさんに接近しており、殴りつけていました。


「ソバさんっ!!」

「な――ッ!? いまのは、見えませんでした……。それに、探知出来たとしても避けれるかは……」

「そんな……シトリンでも無理だなんて……」


 やっぱり、勝てるはずが……ないのですか?

 殴り飛ばされ、地面に顔を付け、吹き飛ばされて……それでも、それでも立ち上がろうとするソバさんを見ながら、わたくしは絶望しながらも……両の手を握り締めました。


「まだ、立ち上がりますか……。もうボロボロでしょう……」

「どうして、どうして立てるのですか……?」

「わかりません……。ですが、もしかすると……倒れたら街に向かうから、でしょうか?」


 シトリンの言葉を聞きながら、ゆうしゃと言うのはこれほどまでのものであると理解しました。

 だからでしょうか……、わたくしは握り締めた両手を顔の近くまで持っていくと、祈っていました。

 お願いします……。お願いします、神様……どうか、どうかソバさんを……助けてください……!

 ですが、わたくしの祈りは神様には届かなかったらしく……、暴虐のエレクの拳はソバさんの胴体を穿つ勢いで放たれました。


「――――ッッ!!?」


 ソバさんの最後を見たくなかったわたくしは、ギュッと目を閉じました。

 シトリンは見ているのでしょうか……? そう思いながらも、わたくしは閉じた目蓋を開く勇気がありません。

 そんなわたくしの肩を、シトリンは揺らしました。


「お、お嬢様……! み、見てくださいッ!!」

「い、いやですっ! ソバさんの……ソバさんの最後なんて……!!」

「違います。ソバさんは……」


 シトリンの声が切羽詰ったものにわたくしは漸く気づき、恐る恐る目蓋を開け……戦いの光景を見ると……。


「…………え?」


 呆気に取られました。

 何故なら、ソバさんはついさっきまで立っていた場所には居らず……だいぶ離れた場所に立っていたのです。

 シトリンを見ると、わかっていない風に首を振ります。


「……自分も、もうダメかと思いながら見ていました。なのに、ソバさんは腹を打ち抜かれるどころか……エレク以上の速度で場所を移動していました」

「そ、そうなのですか……?」

「はい、そしてエレクはおちょくられていま――なっ!? 何ですかアレはっ!?」

「あれ? ――――え?」


 最初、何が起きたのかは判りませんでした。

 ソバさんの身体から突然、色取り取りの光が漏れ出し……、その光が一度ソバさんの身体に吸い込まれていったのを見た瞬間、光は弾けました。

 そしてそこに、ソバさんは立っていました。……ただし、金色に輝く髪と尻尾が、白く光り輝いた状態で……。

 その姿を初めて見た瞬間、わたくしはその姿に……目を奪われました。

 理由は何故かはわかりません。ですが、それはわたくしの恐怖に怯えた心を温めてくれる……そんな風に感じます。

 そう思っていると、ソバさんは白金の光の粒を舞い散らして……暴虐のエレクへと殴りかかっていました。

 ソバさんは、吹き飛ばしたエレクへと踵を落とし、暴風の如き連打を打ち込んでいきます。

 その動作から、わたくしは目を放すことが出来ませんでした。


『――――彼らの痛みを味わってくださいッ!!』


「――――――――ッッ!!」


 彼ら、それは誰のことを指しているのかをわたくしは理解し、涙が零れるのを感じました。

 見て……くれていますか? とうさま……かあさま……みんな。

 もしかしたら、わたくし以外が見たら偽善だと言うかも知れません。

 ですが、ですが、わたくしはその言葉に救われました。恐怖の象徴となっていた、暴虐のエレクの胸へとクロスさせたナイフが通り過ぎるのを見ながら、わたくしは……心の底からソバさんに感謝していました。


「ありがとう、……ありがとう、ございます。……ソバ、さん…………」


 倒れたエレクを前に、ソバさんの身体からは光が消え……ついさっき見た金色の髪質へと戻るのが見えました。

 見ていると……ソバさんの身体がふらりと揺れ……、その場にパタリと倒れたのが見えました。

 倒れたのを見た直後、わたくしとシトリンはソバさんの下へと急ぐために駆け出しました!


 ……やっぱり、もう少し移動し易い服を着ましょう。

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