寝ずの番
「お嬢様、シトリンさん見えてきました。あの街がポーク将軍の住む街ですか?」
「ええ、あの街で間違いありません。あと少しで到着しますね」
「お疲れ様です、ウボア。あと少し頑張ってください」
「はいっ!」
連絡窓から聞こえるウボアさんの声に、カーテンを開けて外を見たメイドさんがそう言うと声援するようにシストさんがウボアさんを励ましました。
すると連絡窓の向こうからウボアさんの元気な声が聞こえてきました。
あのあと、うざ……鬱陶しくなってきたヘタレへと、「アタシが教えることなんて、全然無いと思います。ですので、旅人さんに教わったことを続けることと……度胸を付けることが大事だと思います」と言うありきたりな言葉を告げて、その話はお仕舞いとしました。
ですが、ウボアさんは諦め切れなかったらしく、アタシにもう一度土下座をしようとしてきましたが……無視して戻ることにしました。
なのでその話題は強制終了です。
そして、メイドさんたちの下に戻るとメイドさんはウボアさんに寝ずの番を与えると、眠るシストさんの膝枕と化していました。……まあ、しばらくしてこっくりこっくりと眠り始めていましたが……。
メイドさんはシストさんが緊張の糸がどうとか言っていましたが、メイドさんも結構張り詰めていたんですね……。
「シトリン様も疲れていたんですね……。ウボアさん、ちゃんと見張りを出来ま…………」
「やるぜぇ~……、せっしゃ、おじょうさまをまもるために……やるぜぇ~……」
隣を見たとき、ウボアさんは……それはもう清々しいほどに鼻提灯を作って眠っていました。
コノヤロウ……。
……まあ、ヘタレさんの後始末はメイドさんに任せるとして、全員が寝てしまったら危険ですから起きていましょうか。
それと……。
「ワンダーランド、念のためお願いします」
小さく呟くとアタシの前に《異界》が現れ、中から白兎型のワンダーランドが飛び出し……ピョコピョコと暗がりの中に消えていきました。
それを見届けてから、アタシは焚き火の前に座ると時折置かれた木の枝を放り込みつつ、火が消えないようにしていました。
2時間、3時間と経っていくと……ヘタレさんの鼻提灯が割れたり、シストさんからむにゃむにゃと言う声が洩れたりしており……それを見ていると……カクッとメイドさんの首が動き、そこでハッとして漸く目が覚めたようでした。
「――ッッ!? こ……ここは……?」
「目が覚めてしまいましたか、気分はどうですか?」
「…………そうでした。お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。あの、ところで何故ソバ様が起きているのですか?」
寝起き直後にキョロキョロとしていたメイドさんでしたけれど、すぐに現状を思い出したのか冷静さを取り戻したようで……アタシへと頭を下げてきました。ですがすぐに疑問に思ったことを口にしてきました。
……アタシは静かにある方向に指を指しました。その方向をメイドさんが見ると……一瞬顔をひくつかせました。
けれどすぐに表情を取り繕ってアタシへと向きました……あ、まだ口の端がヒクヒクしていますね。
「も、申し訳ありません、ソバ様。寝ずの番なんていう作業をさせてしまって……、今すぐウボアを起こしますので、あなた様は眠ってくださ――」
「いえ、此処まで馬鹿みたいに眠っているのを起こすのは気が引けるので起こさなくても構いません。このヘタレも知らず知らず疲れていたのでしょうし……」
そう優しくアタシは言いますが、少し毒が混ざっていましたね。まあ、良いですよね?
メイドさんもそれを納得してるのか、頷いていますし。
「メイ……シトリン様もまだ寝ていても構いませんよ?」
「いえ、そう言うわけには……」
「疲れているなら休めるときに休んだほうが良い……それは分かっていますよね?」
「……はい。では、失礼して眠らせていただきます……」
休めるときを理解しているらしく、メイドさんは申し訳無さそうにしつつも眠りの世界へと再び落ちて行きました。
それを見ていたアタシですが、あと数時間は退屈になるんですよね……そう思いながら、眠る彼らを見続けました。ちなみに途中、ワンダーランドがモンスターを狩ったり、果物を採取したらしく……《異界》の中に何かが送られているのを感じました。
と言うか、ワンダーランド……《異界》出せるというか、アタシの物と共通なんですね。
そんなことを思いながら、やっぱり暇になってしまったアタシは小さく鼻歌で彼の世界の子守唄を口ずさんでいました。
●
そして、翌朝になるとぐっすりと眠れたらしく3人は気持ちよく目を覚ましました。
シストさんを見ると晴れ晴れとした雰囲気を感じるので、本当にここ最近はまともに眠れて居なかったんでしょうね……。
そう思いながら、昨日の夜にワンダーランドが収穫した果物を《異界》から取り出すと、メイドさんへと渡しました。
……ああ、ワンダーランドは早朝になったらそろそろ良いだろうと判断したらしく自分から《異界》に戻って行きました。
「あの、ソバ様? これは……?」
「良かったら朝ごはんにどうかと思って取り出しましたが、どうでしょうか? ああ、昨日のアップみたいなことは無いですから安心してください」
「は、はあ……」
多分そういう意味で困惑している訳ではないだろうと思いますが、そうメイドさんに言います。
ちなみに差し出した果物は葡萄みたいな赤と白の粒が一緒くたとなった果物と、緑色の枇杷みたいな形をした果物です。瘴気とかはあったとしてもアタシの《異界》を通した時点でそれらは綺麗にはなっています。
いったいどうやって収穫したのかと謎に思っている彼女たちを無視して、アタシは葡萄のような果物をひと房取ると口に運びました。
……赤い粒は目玉が飛び出るほど酸っぱくて、白い粒は顎が外れるのではないかと思うほど甘かった。とだけ言っておきます。まあ、2つ同時に食べたら程好い甘酸っぱさが口の中に広がって美味しかったですけど……。
そして、一通り食べ終えてから、ウボアさんの操作で再び馬車は走り出しました。
とまあ、そんな感じでしばらく馬車に揺られていたのですが……昼を過ぎた辺りになって馬車はポーク将軍の駐留するという街へと辿り着きました。
ポーク将軍、いったいどんなかたなのでしょうか? と言うか、シャブシャブって本当に美味しそうな名前をしていますよね……。
昔はポン酢とかゴマだれで食べるのが主流って思っていましたが、近頃は潜らせるスープに味が付いてるって言うのがデフォルトですよね。……って、何を考えてるんですかアタシは。
そう思っていると、馬車が急に停止しました。しかも突然だったので、反対席の2人がバランスを崩し尻を浮かせてこちらへと倒れそうになっていたので抑えました。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます……」
「申し訳ありません。……ウボア、いったいどうしたのですか?」
恥かしそうに頬を染めるシストさんと頭を下げるメイドさんを見ていると、メイドさんがどうして急停車したのかを問い掛けるべく連絡窓からウボアさんに声を掛けました。
すると、御者席のウボアさんが震える声でこちらへと告げてきました。
「あ、あの……なんだか、街のほうから黒い煙が立ち込めてるのですが……」
「え……?」
「は……?」
いきなり言われて、呆気に取られるアタシたちだったけれど……カーテンを開けて外を眺めると、街から煙が上がっているのが見えました。