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あるゆうしゃの物語  作者: 清水裕
時狂いの章
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お嬢様の驚愕

 クアトルサ――それはこの国で認定されている危険指定モンスターの1体であり、巨大な体型のモンスター。

 その丸太のように太い4本の腕から繰り出される攻撃は暴風のようであり、雄叫びは人々を恐怖に陥れる。

 更には逃げようとする者を執拗に追いかけ、ジワジワと嬲り殺していくという残忍な性格をしている。

 そのため、昔から悪戯をする子供に対して大人が「悪いことをしていたら、クアトルサがお前を食べに来るぞ!」と言う脅し文句も定番であった。

 ……だが、同時にクアトルサは狩ることは難しいけれど、その肉は上質な代物であった。

 基本的にクアトルサの肉は筋張って硬いけれど、軟らかくする方法を知っているならば噛めば噛むほど活力が漲るとも言われている。


「……まあ、要するに恐怖の象徴と言われているモンスターですけれど、上手に調理して食べたら凄く美味しいと言うことです」


 メイドさんが渡されたクアトルサのブロック肉を調理している最中、アタシはシストさんにクアトルサのことを聞いてみたら、そういうことを言われました。

 ああ、確か向こうの世界でも……クマ肉って狩るのは難しいけれど、食べたら美味いって言う話でしたね。

 それに人を喰ったクマとかは臭くて喰えた物じゃないという話も何処かで聞いたような……いえ、漫画で読んだんでしたっけ?

 そう思いながら、アタシは納得します。


「なるほど……、4頭も居たけれどあれって結構危険なモンスターだったんですね……ん?」

「あ、あの……今、4頭って聞こえたのですが……気のせい、ですよね?」

「いえ、4頭であっていますよ?」


 シストさんが恐る恐る尋ねてきたのでアタシはしれっと答えましたが、信じられないと言った様子を見せていました。

 えぇっと、いったいどうしたのでしょうか……?

 不思議と首を捻っていると、ウボアさんが驚きつつも口を開きました。


「ちょ、ちょっと待ってくれよっ! よ、よんとう? クアトルサが4……とう? ちなみにサイズは……?」

「サイズ、ですか? えーっと……ああ、アレよりも少し大きいぐらいですね」


 比較出来る物が無いかとキョロキョロ周囲を見渡し、とりあえず比較出来そうな物を見つけたので指を指しました。

 それを見て、シストさんとウボアさんは信じられないと言わんばかりに目を瞬かせ……メイドさんは調理する手を止めてそれを見ていました。

 つい先程停車させた馬車を……。

 まあ、アレぐらいが良い比較対象ですよね。

 そう思っていると、焦がしそうになっていることに気づいたメイドさんは急いで調理を再開し始め、他の2人はまだ理性が追いついていないといった感じでした。


「えっと、豆がはとでっぽう喰らったみたいな顔をしているみたいですけど、何か変でしたか?」

「――ッ!! へ、変とかそういう問題じゃありません! なななななんですかそれはっ!?」

「いやおかしいだろっ! 四つ腕の悪魔と名高いクアトルサだぞ! それを4頭相手にして、肉にしたなんて聞いたら冗談にしか聞こえないッ!!」

「は、はあ……。えっと、怒ってばかりだと駄目ですから、これでも食べて落ち着いてください」


 驚きながらアタシへと詰め寄る2人に驚きつつ、アタシは彼らを落ち着かせるために《異界》から食べる機会があったら食べようと思っていたアップの実を取り出しました。

 ……というか、食べて落ち着いてくださいって言いましたけど……なんだか光っていますよねこれ。

 そんなの食べて大丈夫でしょうか……?


「あ、あの……これは?」

「アップの実、です?」

「いや、何だか逆に問い掛けられているみたいだけど、どういうことだよ? しかも、何だか光り輝いているし……」

「まあ……多分大丈夫、だと思いますよ?」


 そう言いながら、アタシは包丁が無いので《錬金術》の応用で片手に握ったアップの実を均等に分解するようにしてみました。

 すると、予想とは少し違いましたが……真ん中を基点にして、十字に切れ込みが入り……指で軽く突くと切れ込みにスッと動いて、アップの実は4つに分かれました。

 アタシはこんな風になるのかと思いつつ、それを見ていた2人はどんな心境かはわかりませんが、信じられないといった風に見えました。

 そんな2人を見つつ、アップの実を差し出しましたが……怪しい代物としか言いようが無いそれに手をつけるわけがありません。

 ……とりあえず、アタシが先に食べてみますか。そう考えて、一切れを掴むとアタシはそれを口に入れました。


「…………なるほど、これは……」


 シャクリとした歯応えと共に、口の中に瑞々しくも少し酸味のある甘い果汁が溢れ出し……ひと噛みする度に程好い歯応えと果汁が溢れて行くのをアタシは感じ、笑みを浮かべます。

 ……ちなみに今現在アタシはやっぱり外套を羽織ったままなので、笑みを浮かべているけれどそれに気づかれることはありません……が、ほくそ笑んでいるように見えることでしょう。

 年齢不詳の化け物みたいに強い女性(?)が笑みを浮かんでいるかも知れない状況。それは違和感しか感じませんよね。

 そんなことを思いつつも、アタシはもう一度進めてみます。


「出したアタシが食べたことで、毒は無いと言うことは判りましたよね? ってことで、どうですか?」

「…………じゃ、じゃあ――」

「お嬢様、このような怪しい物を食べるなどいけません」


 手を伸ばそうとしたシストさんですが、メイドさんの一言でその手が止まります。

 ですが、少し悩んでから再び手はこちらに近づいていきました。


「シトリン……。いえ、これからしばらく共に移動することになるのですから、わたくしもソバさんのことを信用するべきだと思います。ですから……」

「お、お嬢様――ッ!!」


 メイドさんが止める間も無く、シストさんはアタシの手からアップの実を一欠けら取るとそれを口に入れました。

 そして、シャクっとひと齧りすると……唖然としていました。

 その様子に恐る恐るウボアさんが近づいて彼女の顔を見ます。


「お、お嬢様……? ま、まさか本当に毒が――っ!?」

「貴様ッ!!」


 驚くウボアさんと、敵意を込めてアタシを見るメイドさん。そんな2人の顔を見ていると――。


「おやめなさいっ!!」

「「――――ッッ!!? お、お嬢様ッ!!」」

「失礼しましたソバさん……。こんなにも美味しいアップの実を食べたのは初めてだったので、つい呆然としてしまいました」

「いえ、気にしないでください。それで、お味のほうはどうでしたか?」

「はい……、シャクシャクと噛む度に果汁のあっさりとした酸味と芳醇な甘さが口いっぱいに広がって行き、その果汁が体内に入っていくとまるで身体の中が洗い流されていくような心地良さを感じました」


 目を閉じて、つい先程まで口の中にあった味わいを反芻しているかのように見える行動をするシストさんをアタシたちは見ていますが、身体の中が洗い流されていくって……これは浄化の作用、ですよねー……。

 と言うか、やっぱり逃げている最中にストレスを感じていたんでしょうね……。

 そうアタシは思っていると、シストさんはメイドさんとウボアさんを見ました。


「わたくしも食べたので、この果実には異常はありません。ですから、あなたたちも食べてください」

「わ、わかりました……いただきます」

「は、はい……」


 シストさんの命令と言うかお願いには断れないのか、2人は頷いてアタシの手からアップの実を取ると……それを口に入れました。

 すると、ウボアさんは目を見開いて驚愕の表情を浮かべており……、メイドさんは詳細な味を見極めようとしているのか目を閉じて静かに口を動かしていますね。

 そんな2人の様子を見ていましたが、ふと……クアトルサの肉はどうなったのかと見てみると、肉の調理は終わったらしく、火の元からフライパンは移動されていました。

 ああ、良かった焦げていませんね。それを見ながら、アタシはホッと息を吐きました。

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