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あるゆうしゃの物語  作者: 清水裕
時狂いの章
353/496

ある補佐の追憶(後編)

 目が覚めると同時に……ビキリと全身に痛みが走り、口から呻き声が洩れる。

 けれど、そんなワタシの身体を優しく包み込むように柔らかなベッドは身体を沈ませてくれた。

 久しぶりに感じる柔らかな感触にワタシは意識を預けようとした……。けれど今の自分はベッドで寝る機会なんて無い筈と即座に思い出し、置き上がった。けれど……。


「う――ぐ、が……~~~~ッッ!!?」


 置き上がった直後、強烈な痛みが全身を駆け抜け――肺から空気が洩れ、身体は再びベッドへと戻って行きました。

 そんな中、部屋の扉が開かれ……そこを見ると、一人の男性がこちらを見ているのに気が付いた。

 いったい誰だろうかと首を傾げていると、男性は安堵しながらこちらに近づいてきました。


「……良かった。目が覚めたようだな」

「あな、たは……?」

「起き上がらなくても良い。今は安静にしているんだ。それと、我輩の名はチキン。カラアゲ家の家の者だ」

「は、い……」


 チキンと名乗った男性は、ワタシに休むように言ってきたので……その言葉に逆らうこと無く、ワタシは再び眠りに落ちて行きました。

 そんなワタシを、男性は優しい瞳で見ていたが……そのときのワタシには気づくことは無かった。


 ●


 数日が過ぎ、ワタシも傷は癒え……歩けるようになるまで回復し、男性……カラアゲ様は優しい瞳をワタシに向けてきました。

 それどころか、ボロボロになっていた服も新しい物と交換してくれ……身体も綺麗にしてくれました。

 けれどそんなカラアゲ様の善意を、ワタシは怪しく感じていました。なので、ある日、訊ねることにしました。


「あの、カラアゲ様……。何故、何故ワタシを助けてくださり……それどころか、ここまで世話をしてくださったのですか?」

「そうだな……。では貴公は甚振られる子供を見たら、見なかった振りをするのかね?」

「それは……、助ける……と思います」


 カラアゲ様が何を言いたかったかをワタシは理解し、率直な感想を告げます。けど、それは力があり……心が汚れていない者であればだと思う。

 しかし、しかしワタシは……。


「カラアゲ様……、ワタシは盗人です。いっぱいお店から食べ物を盗みました……だから、助けられる価値なんて――え?」


 泣きそうになるのを堪えながら、ワタシは自らの罪を告白するようにカラアゲ様へと口を開きます。

 ですが、それを塞ぐかのようにカラアゲ様はワタシの頭へと手を乗せるとゆっくりと撫でてくれました。


「それは違う。生きたい。そう思ったから貴公は悪いと思いつつも物を盗み、それを食べていたのであろう? もし、お金があって食べ物が買える。そんな状態でも貴公は物を盗むのか?」

「ぬ、盗むはずがありませんッ! それどころか、今だって働けるなら稼いだお金だってすべて盗んだ物の代わりに支払いたいと思っています!!」


 カラアゲ様の言葉にワタシは心の底から思っていたことを告げます。

 生きるためには仕方ないと思っていた。けれど、やっぱり悪いと心は思い続けていた……そう自分が言った言葉は自身に気づかせてくれました。

 そんなワタシの真剣な表情をカラアゲ様は驚いた表情をしつつも見ており……すぐに優しく微笑んで頭を撫でてくれた。


「そうか……。では…………すまぬが、貴公の名は何と言うのだ?」

「え? あ、も、申し訳ありません……今まで貴公とばかり呼ばれていたので名前を言っていませんでした。ワタシはメリマニって言います」

「メリマニか……良い名だ。それでだ、メリマニよ。我輩の家で働かぬか? 我輩は本来ここへは任務のために来たのだがもうじき帰らねばならぬ。だから、貴公も我輩と共に付いて来ないか?」

「え……? で、ですが、ワタシは盗人で……」

「それは何度も聞いた。それに働けば給金が出る……その金で貴公は物を盗んだ店にお金を返せば良い。まあ、受けるならば……今回は前借りとして我輩がすべてお金を支払おうではないか」


 その言葉に、一瞬耳を疑ってしまったけれど……返すことが出来る。

 そう理解してワタシはカラアゲ様の言葉に首を縦へと振った。

 そしてカラアゲ様に護られながら、ワタシは盗みを行っていた店を一軒一軒周り、店の人に許してもらえるまで頭を下げて……盗んだ物のお金分をカラアゲ様が渡していくのを見ていた。

 数件周っていき、途中でワタシがウボアと寝泊りしていた廃墟の近くまで近づいたので……カラアゲ様にお願いしてその廃墟まで行ったけれど、そこにウボアは居なかった。


「…………ウボア、何処に行ったの?」


 呟くけれど、その場に居ない相棒からは返事が無かった……。

 会えなくて残念だったけれど、ワタシはカラアゲ様に付いて行くために……この街を去って行った。


 ●


 ……1年が経ち、カラアゲ様の家の手伝いをするのに慣れ始め……。

 ……2年が経ち、慣れ始めた仕事を効率良く出来るように考え始め……。

 ……3年が経ち、後輩が出来たことに喜びを抱きながらも徹底した奉仕を教え始め……。

 ……4年、5年と過ぎて行く中でカラアゲ様は将軍の地位を得て、御同輩であるビーフ様とポーク様と共に四天王のティーガ様の元で仕えて行き……。

 そんなカラアゲ様の支えになりたいと思い始めたワタシは気が付くと、カラアゲ様……いえ、将軍にお願いしてこの方の補佐をさせて頂くべく、知識を詰め込み……戦いの技術を学び始めました。

 ……そして、20歳を越えた頃にはワタシは将軍の側で補佐をするのが当たり前となっていました。

 そんなワタシを将軍は撫ではしないけれど、あの日のように優しい瞳で見てくれて……それが堪らなく嬉しかった。


 ……。

 …………。

 不意に、視線を感じ……そちらを見ると、あの失礼な冒険者がこちらを見ていました。

 ……いえ、失礼ではありませんね。もしかすると、この方は偉い人との接触があまり無いのでしょう。

 そう思うと、失礼すぎた態度が仕方ないと納得出来るようになりました。……ワタシも視野が狭くなっていたのかも知れませんね。

 波打っていた苛立ちが収まるのを感じ、ワタシは自分の行いに恥かしさを感じつつ立ち上がります。


「し、失礼しました……」


 そう言うと、ワタシは今度こそ真摯な態度で目の前の冒険者、ソバさんとキチンと話をすることにしました。

 ……まあ、その後にソバさんの異常過ぎる力を見て驚き、しかも獣人であるというのにも驚きが隠せませんでしたが……。

 そんな驚くワタシを他所に、彼女は月明かりの空へと舞い上がっていきました……。

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