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あるゆうしゃの物語  作者: 清水裕
時狂いの章
352/496

ある補佐の追憶(中編)

 全てが無くなったと理解した日から、1年と少し経ち……ワタシはまだ父が暮らしていた街に居た。

 ただし……。


「待て、ガキども!!」

「くそっ、マニ! 逃げるぞッ!!」

「わかったッ!!」


 怒鳴り声を上げながらワタシたちを追いかける麺棒を握り締めた中年を見つつ、相棒の声に頷いて一気に走り出した。

 一歩二歩三歩と石畳を駆け抜け、細い小路を潜り抜け……徐々に遠ざかり始める中年の叫び声を聞きながら、ワタシたちは走り続けた。

 そして、大分走り続けて中年が追いつけないと理解すると、物陰に隠れて……大きく息を吐き出した。


「ふはー……! 何とか逃げ切れたな!」

「はぁ、はあ……うん、それで……お宝は?」

「ほら、今日はこれだ!!」

「……おおっ、焼きたてだっ!」


 相棒が取り出したお宝……焼きたてのパンを見ながら、ワタシは目を輝かせながら喜びの声を上げる。

 何故なら、ここ最近は色んな物を食べたけれど……パン自体はしばらく振りなのだから。

 相棒が手で半分に分けたパンを頬張ると、冷める前だからか普通のガチガチになる前よりも軟らかく……口の中に少しの酸味と塩味と焼きたての温かさが広がっていくのを感じた。

 けれど同時に、悪いことをしてしまったことへの罪悪感がワタシの心の中に益々積もっていくのを感じたけれど……生きるためには仕方が無いと考えながら、ワタシはもう一口パンを口に含んだ。


 ……村に帰る気力も無くなったワタシは、初めのころは静かに路地裏で暮らすことを考えていた。

 けれど、お金も無ければ雇ってくれる場所も無い。

 そんな状況に気づけば、ワタシは目の前で美味しそうにパンを齧っている相棒と共に盗みを働くようになっていた。

 ちなみに相棒とのそもそもの出会いは、路地裏で腹を空かせていたワタシが人買いか身体目的なのかは判らないけれど男が近づいてきたときに突然手を掴んで逃げたのが切欠だった。


『お前、おなか減ってるんだろ? これやるけど、次から一緒に手伝えよ?』


 驚くワタシが問い掛けるよりも先に、相棒……ウボアが手を差し伸べながらそう笑いかけた。

 そして、それからはワタシとウボアは2人で街にある店屋で物を盗み、それを食べて日々を生き抜いていた。

 盗んだパンを食べ終え……今日も生きることが出来たことに感謝しつつ、ワタシたちは静かに暮らしていた。

 けれど……終わりは必ずやって来るものだった。


 ●


『『おい、待ちやがれっ!!』』

「はあ……はあっ! マニ、急げ! 追いつかれるぞッ!!」

「わ、わか……って……っくぅ!!」


 荒く息を吐き出しながら、ワタシとウボアは力の限り走っていた。

 そんな全力で逃げるワタシたちを嘲笑うかのように、男たちは追いかけてくる。

 馬鹿みたいだった。何時ものように目星をつけた店で物を盗んで逃げようとしたワタシたちだったけれど……偶然にもその店では、いやこの周辺の店がお金を出し合って荒くれ者を雇い……ワタシたちのような盗みを働く者を徹底的に駆除する方針になっていたらしい。

 それに気づいたのは物を盗もうと商品を懐に隠し持ったときだった。


『おい、ガキ。懐の中に入れたもんを出しな。出したら殴りつけるだけで勘弁してやるよ。まあ、出さなくても逃げても殴るけどな』


 弱い者を甚振る。そんな快感に支配された男の瞳に恐怖をしながらワタシは男の手を振り払い急いで店から飛び出し……何時ものように物を盗んできていると思っていたウボアに叫んで全力で逃げていた。

 けれど、どんなに早く走ったとしてもワタシたちの脚は大人たちに追いつかれるものだった……。

 更に最悪なことに、ワタシは恐怖してしまっていたからか……足をもつらせて転んでしまったのだ。


「あうっ!?」

「ッ!! マ、マニッ!?」

「ウ、ウボア! た、たすけ――」


 膝がジンジンと痛み始めるのを堪えながら、ウボアに助けを求めた。……けれど、彼は迷った表情をしたみたいだけれど、最終的に……。


「――ッッ!!」

「え……? ウ、ボア? ね、ねえ……置いてかないで、置いてかないでよぉ!!」


 後ろから聞こえる男たちの声に恐怖したのか、それとも足手纏いと感じたのか……ウボアはワタシを置いて逃げ出して行った。

 遠ざかっていくウボアの姿に愕然と見ているワタシの髪が突然掴まれ、痛みを感じながら振り返ると……。


『ようやく捕まえたぜ、ガキ』


 荒い息を吐きつつも、怒りの瞳でこちらを見る男たちが居た……。


『オラッ!!』

「きゃうっ!? が……はっ……う、はあ、ぁっ……かひゅっ!」


 力が込められた男の蹴りがワタシの腹に刺さると、痛みと共に肺の中から息が洩れ……身体は必死に息を求めようと激しく呼吸をし始めるのだが、それよりも先に再び蹴られて肺から息が吐き出されていく。

 もう何度目になるかは判らないけれど、男たちはのた打ち回るワタシを嗜虐的な笑みを浮かべながら蹴り続けていた。

 もしかしてこの男たちは安価で雇われるけれど、その代わり盗んだ相手を甚振るのが目的だったりするのだろうか?

 そんなことを思い始めながら、再び蹴られて蹲るワタシを笑う男たちの声が耳に響いた。そして蹲ると今度は背中を蹴り始め……その痛みにワタシは呻いた。


 ……ああ、ワタシはここで死ぬのだろうか?

 何度も腹や背中を蹴られ続け、耐えない痛みが遠ざかっていくのを感じ始めていると……ワタシはそう思い始めるようになっていた。

 死んだら、楽に……なれるのだろうか? 死んだら、母ともう一度会えるのだろうか?

 そんな考えが頭を過ぎるが、それは無理かも知れないと思った。だって、ワタシは悪い子だから母と一緒にはなれるはずが無い……。

 身体の感覚が無くなり始め、男たちの笑い声が聞こえる中で……、ワタシの耳に別の声が響いた。


『貴公ら、そこでいったい何をしている!!』

『げっ!? い、いやあ……、ちょ~っと盗人のガキに世間という物を教えようとしているんですよ』

『盗人だと……? もしそうだとしても、貴公らのそれはやりすぎだッ、恥を知れ!!』

『恥だと? はんっ、お偉い様には判らないだろうが、こういう奴らは死に掛けるまで殴られりゃあ次からは盗みなんてしなくなるんですよ』

『貴様ら……、もういい、黙れこの下種どもが! たとえ盗人であろうと子供だ、それを甚振る者など我輩が成敗してくれよう!!』


 ……そんな声が聞こえ、殴りつける音が響きわたり……暫くして、誰かに抱き上げられるのを感じながら、ワタシの意識は今度こそ離れて行った。

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