しかし回り込まれた!
『この素晴らしき出会いにカンパ~~~~イッ!!』
「か、かんぱーい……」
「姐さん、元気ないッスよ! もっと元気良く言わないとーっ!! カンパ~~イッ!!」
「あ……あはは……」
どうしてこうなった。
心からそう思いながら、アタシは砦内の食堂でジョッキを掲げる魔族の兵士たちを見ながら苦笑していました。
……あの後、目の魔方陣と『聖』属性による《浄化》が効いたのか、殆どの魔族の兵士たちの身体から瘴気が抜けていくのが分かりました。
それを見届けたので、さっさとこの場を後にしようとしたアタシでしたが……抱き付いてくる存在が居ました。
「あ、姐さん! ありがとう、ありがとうッス!! 折角なので皆にも説明するッスから、砦に居てほしいッス!!」
「え、いや……お礼とか別に良いですから、放してもらえませんか?」
「嫌ッス! 姐さんに礼をするまで、じぶん放さないッス!! ……ああ、姐さんのにおい、良い匂いッス――ぐげっ!?」
とりあえず、なに人の身体のにおいを嗅いでるんですかこの人は……!!
って、思わず蹴り飛ばしましたが……生きてますよね?
恐る恐る蹴り飛ばしてしまったチャラ兵を見ましたが……頭から血を流しています。
「え、えっと……生きてますかー……?」
少しだけ心配になったので、近づいてそう問い掛けた瞬間――目をパチリと開けてチャラ兵が立ち上がりました。
はい、正直言って少しビビリました。
「大丈夫ッス! じぶん、前世で蹴られ慣れてたッスから!!」
「それ自慢にならないですからね……って、前世?」
「あっ、しまったッス!! じぶん何も言ってないッスから!!」
不味いことを言ってしまったという風に目の前のチャラ兵は口を手で塞いでましたが、多分というか絶対このチャラ兵転生ゆうしゃ……いえ、もしかしたら普通に転生者とかかも知れませんね。
そう思いながら、チャラ兵をジッと見ていると……何やら恥かしいのか照れ始めました。
とりあえず、それは止めてください。舎弟なオーラを出しているけれど何処にでも居るようなモブ顔が照れたとしても戸惑うだけですから、いえむしろ殴りたくなるだけですから。
……うん、今度こそ去りましょう。
「そうですか。ではアタシはこれで失礼します」
「うわーーっ! 待ってください、待ってくださいッス姐さん!! 本当にお礼を言わせてくださいッスーーッ!!」
「い、いえ! 別に良いですから! アタシは早く魔族の国に行かないといけないので!!」
「一日ぐらい遅れても良いじゃないッスかー! お願いッス、お礼させてくださいッス~~!! あっ」
「あ……~~~~っっ!!」
こっ、ここっ、このチャラ兵! いったい何をしますか!? 逃がすまいと動くのは分かります。分かりますけど……人の胸を背後から鷲掴みするとは何ですか!!
それが引き金となり、ちょっとプチンとしてしまいました。
まあ、要するについさっきよりも強く蹴り飛ばしてしまい……チャラ兵のモブ野郎は壁に減り込んでいました。
そこでやってしまった自分の行動に「しまった!」と思いましたが、これはもう助かりません……よね。
血塗れとなったチャラ兵なモブ野郎を見ながら、アタシは申し訳なくなりました……けれど、今は誰も見ていません。
「……仕方ありません。今度こそ逃げ――」
「お、お礼させてくださいッスーー…………」
「ひいっ!? い、生きてるっ!?」
「お、おれい~~…………」
「わ、分かりました! 分かりましたからぁ!!」
「う、うぇぇ~~い……がくっ!」
「って、しっかりしてくださいーっ!!」
どうやら気力だけで動いていたらしく、アタシが折れた途端にチャラ兵モブ野郎はガクリと倒れました。
それを見て、アタシは慌てながらすぐに《回復》を行いました。
そしてそのときには倒れていた他の魔族の兵士たちも目を覚まし始めており……逃げるに逃げれませんでした。
こちらでも気絶させていた上司兵が目覚め始めたのかピクリと動き始めるのが見えました。
その上司兵は頭を抱えながら起き上がり、傷が治ったチャラ兵モブ野郎はすぐに上司兵に駆け寄って行きました。
「パイセン! 気が付いたんッスね! 具合はどうッスかっ!?」
「だからパイセンと呼ぶなと言ってるだろう? ……どうしたんだ?」
「よ、良かったッス~~、いつものパイセンに戻ってるッスよ~!」
「……あー、そういえば何かついさっきは、良く分からないがお前を殺してでもその呼び名を止めさせようとしてたんだよな」
「そうッスよー! じぶん、本当怖かったんッスからね!!」
「悪かった。しかし、ついさっきまで殺したいとか思ってたはずなのに、今は呆れてるだけって……何があったんだ?」
「ああ、それはッスね。この姐さんが空からやって来て色々やってくれたんッスよ!!」
そう言って、チャラ兵はアタシを上司兵に紹介してきましたが、向こうはいぶかしむようにアタシを見てきました。
……うん、いきなり空からやってきたって言う時点で侵入者ですよね。そこに気づいているか気づいていないかっていう差は激しく分かれますよ……。
だって、上司兵がジッとアタシを見る中でチャラ兵のほうは何故か激しいまでにアタシをべた褒めし捲くっていますし……。
うん、止めてください本当に止めてください。
心からそう思っているアタシはきっと顔を真っ赤にしていることでしょう。
そう思っていると、上司兵が溜息を吐くのが見えました。
「……とりあえず、あんたが来なければここは地獄になってたのは間違いない。だから何者かは聞かない。けれど、ここの指揮を任されている隊長には話させてもらう」
「ええ、もう好きにしてください…………」
疲れ切った様子のアタシを見て、チャラ兵が原因と分かっているらしく、哀れむような視線を感じました。
……ああ、この人問題児なんですね。
心からそう思いつつ、アタシはとりあえず長いものに巻かれることにしました。
その結果が……。
『うははっはははーーっ!! 呑め呑めーーっ!!』
「グルルルルルルーーっ!!」
「シャアアアアアァァァ!!」
地獄的なカオスは終了しましたが、混沌という名のカオスは始まったばかりでした。
それをアタシは呆然と見ていました。
某日、護衛任務中のSさん。
「えっと、どうしたんですか?」
「師匠の貞操に危険がッ!!」
「は、はあ……?」