簀巻き蓑虫
酷い声を上げながら、黒い穴から落ちてきた女性は簀巻きにされているらしく、ロープでグルグル巻きとなっていた。
……いったいどういう状況なんだろう?
そう思いながら、肩で息をする獣人の神を見ると視線に気づいたのか気まずいのか苦笑しながら微笑み、頭を下げてきた。
「あーっと……、改めて紹介します。獣人の神です」
「ぼくは森の神だよー。よっろしくー♪」
「そして、ここで簀巻きになっているのは人間の神ですが、気にしないで下さい」
「ぐえぇ……く、首が、くびがぁぁぁ……」
普通に挨拶をする神様2人と、獣人の神に指を指された簀巻きにされた多分美人をボクは交互に見続ける。
シターとルーナ姉も聞いていたけれど、頭がまだ追いついていなかったらしく呆然としていたが……漸く噛み砕くことが出来たようで、フリーズしていた。
「は、はあ……え? あの、今人間の神様って聞こえたのですが……」
「はい、職務怠慢な人間の神様です」
「やー、アリスの身体を創り直すって言って篭ってたら、何時の間にか引き篭もりになってた上に国のほうも魔族に奪われているから仕事を奪われてニート。略して引きニーになっちゃってたんだよねー」
「ええ、本当に見つけて捕まえるのに苦労しましたが……、今回はタイミングが良かったみたいですね」
森の神と獣人の神と名乗った2人はそう言いながら、蓑虫よろしくといわんばかりに縄でグルグル巻きになった女性を見ていた。
というか、これがボクらの……いや、ライトをゆうしゃとして選らんだっていう存在?
驚きながらボクは蓑虫を見ていたが、ルーナ姉やシターはショックが大きかったのか項垂れていた。
やっぱりこれって無神論者かそうでないかとかを分からせるのに便利だよね。
ちなみにボクの場合は元々の世界でも家に置かれた仏壇は拝むことは拝んでいたけれど神様仏様がどうとかは考えたことなんて無かった。
そんな風に思っていると、簀巻き蓑虫からくぐもった呻き声が聞こえ始めてきた。
「うぅ……私神様なのよぉ~……なんでこんな仕打ちされなくちゃいけないのよ~……」
「安心してください、これをしたのも同じ神なので天罰とか関係ないですから。というよりも、貴女には少し問い詰めないといけません。
何せ貴女が職務怠慢をした結果が目の前に居るのですから」
「へ? ボ、ボク?」
ニコニコと微笑みながらも実はかなり苛立っている様子の獣人の神は簀巻き蓑虫神を睨みつけてから、ボクに視線を移した。
突然のことで正直言ってボクは驚き戸惑った。というか職務怠慢の結果ってなにっ!?
驚くボクだったけれど、獣人の神の言葉でクスンスンスンと泣き声を流していた蓑虫がゆっくりと顔をこちらに向けてきた。
多分人間観察的なことでもしてるんだろうか? そう思っていると、ボクへと視線が向けられた瞬間――不味いものを見てしまったといわんばかりに顔を強張らせてしまった。
そして、恐る恐る愛想笑いを浮かべつつ彼女の隣に仁王立ちする獣人の神を見ていた。
「覚えていますよね? 随分と昔に魔族の神がやらかしてしまった事件を……」
「は、はい……。というよりも、それが原因で今まさに私の国がやられました……」
「覚えているみたいですね。じゃあ、目の前に居る被害者は何ですか?」
「わ、私の職務怠慢の結果でございます……」
「あはは、怒られてるねー♪」
問い詰めるような獣人の神の言葉に簀巻き蓑虫から脱却しかけている人間の神は汗をダラダラと流し始めていた。
魔族の神がやらかしたこと? しかも、それがボクと同じようなこと……あっ。
何となく理解出来てしまったけれど、ボクは何も言わずに成り行きを見守っていた。
すると、頭をガクリと落として人間の神は自らの罪を認めたようだった。
そんな人間の神を見ながら、森の神はケラケラと笑ってるんだけど……そろそろ説明をして欲しいと心から思いたくなってきた。
「さてと、全く話が見えていませんよね? なので改めて説明をさせていただきます」
「だから座った座ったー!」
「は、はあ……」
言われるままにボクらは椅子に座ると、神様による説明が開始されようとしたんだけれど……いきなり獣人の神がボクに向けて頭を下げてきた。
「まず初めに……異界からの迷い子ヒカリ。貴女をこのような地獄へと落としてしまったことをそこの簀巻きに変わって深く申し上げます」
「地獄って……あの、どうしてボクはこの世界に来たのかを教えてもらえますか?」
「はい、貴女にはそれを知るための権利があります」
謝罪を驚きながらも受け入れ、ボクは疑問に思っていたことを訊ねることにした。
ちなみに地獄かと聞かれたら……ボクはどう返事をしたら良いのかは分からない。
でも、どうしてこの世界に来たのか。それだけは知りたかった。
「そうですね……。元々貴女の世界には空間の綻びというか、落とし穴っていうものがあるんです。まあ、滅多なことが無い限りは見つかりはしないし入ることはありません。
ですが、入ってしまった人はそれ以降見つからないので、貴女の世界で言うところの神隠しというものです。
一応昔から少なからずそんな現象はありましたが、そこの簀巻きが基本的に穴を埋める作業をしていました。ワシらも一応は手を貸してはおりましたが少なからず穴は残るものです」
「そのひとつに、ボクが落ちた……?」
「うん、そうなるねー。で、ここからが酷い話だけど……穴に入ってしまったら、空間の歪みで落ちた人を粉々にして分解するんだよ。で、この世界には来たとしても魂のみ」
「魂のみ? 何で肉体ごとじゃな…………あ」
森の神の言葉を聞いて、あのときの痛みは分解させようとしていたものであると……ボクは漸く理解した。
……けど落とすだけじゃなくて分解、この世界には魂だけしか入れたくない。そんな風に思えてボクは疑問に思った。……がすぐに称号のことを思い出した。
「そう、この世界に生身ごと落ちてきたら、その人は死なないし死ねない。異世界の存在だから神様は祝福も出来ない。だから、生身ごと落ちてきた人間は永遠に死ぬことも出来ず、老いることも出来ない。
だから永遠に一人になってしまうんだよね。けど、魂だけだったら肉体はこの世界に生まれ変わる。だからこの世界の神様は愛せることが出来るんだ」
「……つまり、この世界に居る限り…………死ぬことも歳をとることも無い?」
「はい、そんな地獄に貴女は耐えれますか?」
そう哀れむように、獣人の神と森の神はボクを見ていた。
その視線に、ボクは……何も言えなかった。