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あるゆうしゃの物語  作者: 清水裕
時狂いの章
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ヒカリとの出会い・後編

「どう、先生?」

「両腕骨折、全身に擦り傷……それに手足の筋肉が所々損傷している。動いているのがおかしいくらいだぞ? というか、普通に回復魔法を専門に使う僧侶に見せたほうが速い部類のもんだぞこれは」

「ごめんね、先生。丁度連れて行けそうな場所が此処だったの」

「すみません。急だったのでつい……」


 面倒臭そうな顔をしながら、診療所の主である初老の男性へとルーナとライトは謝罪と同時に感謝の礼を述べる。

 その言葉に男性はふん、と鼻を鳴らして椅子に腰掛けるが面倒臭そうな顔をしながら2人を見た。


「真新しい傷はそんな感じだが、コイツは珍しいな。それ以外に外傷と呼べるようなものが全く無い」

「? えっと?」

「つまりだ。お前らだって、毎日色々やってるんだから擦り傷とか作ってるだろ? で、痕に残る傷もあるはずだ。だけど、コイツにはそんな傷は全く無かった。仮にも暗殺者(・・・)だってのによ」

「!? 気づいていたんですか?」

「当たり前だろうが、お前らも争った形跡も見れる。それにコイツには使い捨ての暗殺用に躾けられていた奴の特徴ってもんが見れるんだよ」


 そう言いながら、男性はその特徴を説明した。

 ……要約すると、クスリによる元々あったはずの感情と痛覚の欠落、それとは別のクスリを服用させることで頭のタガを外させての限界以上の力を引き出させる。


「そして、最大の特徴が……自分で考えることが出来なくなっている。というもんだ」


 ベッドまで近づくと男性は少女が眠るベッドを蹴った。するとその衝撃で少女の意識は覚醒したらしく、ゆっくりと瞳を開けた。

 それに対して、ライトは身構えたが……襲い掛かってくる気配が全く無く、虚ろな瞳でぼんやりと天井を眺めているだけだった。

 いったいどういうことかと疑問に思っていると……。


「要するにだ。コイツは今は何も考えることが出来ていない。ただお前らを殺す。ただそれだけで動いてたんだが、運が良いのか悪いのか顎を殴られて脳が揺さぶられた結果、その命令が消去されてしまったらしいな。だから、今は何も考えていねぇ」

「何とか……、何とか元通りには戻らないんですか?」

「多分無理だろうが……、そうだな。あえて言うとすれば、コイツの思い出を直撃するような出来事があれば元に戻るんじゃねえのか?」

「そう……ですか。あの、しばらく此処に置いておくことは……」

「嫌だね。どう見ても、厄介ごとが起きる状況にしか見えな――遅かったか」

「これはまさか……火事!? 皆、早く逃げないと!」


 男性が鼻で笑い、3人を追い出そうと動いたが……どうやら周りでの状況は動いていたようだった。

 何故なら、彼らの鼻には何かが燃える臭いがしたのだから。

 ライトは焦りながら入口に向かおうとしたが、男性に止められた。


「落ち着け、火事だからとバカみたいに出て行って囲まれていて一網打尽とかになっていたらどうするつもりだ? 一度物陰から隠れて外を見てみろ。……ったく、おいこっちは冒険者じゃないんだぞ?」

「今は、でしょ? わたしは元凄腕の冒険者だって知っているんだから良いじゃないの」

「うるせぇヒヨッコ。ナマイキ言ってるんじゃねえぞ。……とりあえず、お前は風属性魔法でコイツの周囲に火事の影響が来ないようにしておけ」


 火事に動じないルーナにそう言うと、男性は彼を付けてこっそりと窓際へと向かう。

 家を囲むようにして枯れ草でも置かれていたのか、周囲は既に火で明るく燃え上がっていた。

 そして、その火に照らされるようにして数名の黒尽くめの人間が見えた。……多分、というか十中八九彼らが診療所に火をつけたのだろう。


「……見た限り、殆どの奴らは弱いが……一人だけ別格の奴は居るな。テメエが戦うと瞬殺されるほどのな」

「ほ、本当ですか?」

「ああ、けどソイツは多分だが……監視役なだけだろうけどな。というよりも、初めにこの嬢ちゃんじゃなくアイツだったら、ゆうしゃと魔法使いの惨殺死体の出来上がりだったろうよ」


 男性の言葉を聞いて、ライトは無意識にゴクリと唾を飲み込んでいた。

 火の手が回ってきたのか、熱さを感じ始めた……そんなとき、背後から悲鳴が聞こえた。


「あ……ああ……ああああぁぁぁぁぁっっ!!」

「ッ!? ル、ルーナさん!?」

「わ、わたしは何もしていないわ?! この子が突然……」


 驚きながら振り返ったライトへと、ルーナが慌てながら返事を返す。

 その一方で少女はまるで何かに怯えているかのように悲鳴を上げて、縮こまっていた。

 いったいどうしたのかと困惑する2人へと、近くに引火し始めた火でヤニコの枝に火を付けると男性は面倒臭そうにそれを吸いながら口を開いた。


「何が原因かは判らんが、どうやら記憶に衝撃が来ているみたいだな。ったく、診療所がこうなってるこっちのほうが叫びたいっての……」

「記憶に、衝撃……」

「やだっ!! やだぁぁぁぁぁぁぁっ!! 助けて! 助けてよぉぉっ!! あにき! おにいちゃん!! たすけてよおおおぉぉぉおおおっ!!」


 男性の言葉を聞きながら呟くライトだが、少女のほうは周りの声が聞こえていないのかこの場に居ない誰かへと助けを求めるように懸命に叫んでいた。

 だからだろうか? ゆうしゃであるライトはそんな彼女を見捨てることなんて出来なかった。

 ……そして、気が付くと彼は泣き叫ぶ少女を包み込むように抱き締めていた。


「……え?」

「大丈夫、大丈夫。キミはひとりじゃない。ぼくが護ってあげるから……。だから、落ち着いて」

「おにい、ちゃん……?」

「違うよ……けど、お兄さんの代わりにぼくがキミを護る。だから、怯えなくても良いよ」


 虚ろだった瞳に光が宿り始め、その瞳にはライトだけが映っており……その微笑みを見て安心したのか、少女はライトに抱きつき、眠るように気を失った。

 そんな彼女を抱き上げ、ライトは呆れたような顔をする男性に目を合わせる。

 一方、ルーナはルーナでどういえば良いのかわからないような表情をしていた。


「知らねえぞ、どうなっても……」

「ライくんって、本当にお人よし……なのね」

「まあ、それがぼくみたいですから……兎に角、今は此処から脱出することを考えましょう」


 その言葉に2人は頷き、彼らは燃え盛る建物の中を脱出し……外に出てから盗賊ギルドの連中と戦い、何とか停戦に持ち込むことに成功したのだが、どんな戦いが行われていたかはルーナの記憶にあまり残っていないのかパッと終わったとしか言いようが無かった。

 戦いがおもいでテレビの画面に映っている中で、ルーナは懐かしむように口にしていた。


「で、その翌日からシターちゃんに出会う二ヶ月前までは、ヒカリちゃんってばライくんにべったりだったのよね。感情が戻ったけれど、まだ完全って感じじゃなかったみたいで……こう、兄に甘える妹というか親鳥のあとに続く雛って感じに見えたわ」


 ルーナがそう思い出していると、戦いの映像からいきなり日常に映像が移り変わった。

 その映像では、今のツンケンとした態度が感じられないと言わんばかりにヒカリがライトの服の裾を摘んだり、食事時に椅子を近づけてベッタリという光景が映し出されていた。

 しかも、映像だけではなく音声も入ってるものだから……本人が聞けば顔を真っ赤にすること必須な物がたんまりと映し出されていた。

 そして当然その音声は隣の部屋にも聞こえてくるわけで……。


「っちょーーっ!!? 人が涙を流して落ち込んでいる最中に黒歴史を本人が居ないところで上映なんてしないでよぉぉぉぉぉっ!!」

「あ、あら、ヒカリちゃん? 目が覚めていたの?」

「覚めたよ! 覚めて色々と打ちひしがれてたって言うのにさぁ!」

「ヒカリ様……」

「ヒカリ……」

「ヒカリさん……」


 叫ぶヒカリと苦笑するルーナだが……、彼女は先にルーナが手に持つ線を放させるべきであった。

 何故なら、彼女の黒歴史が映像として映し出されているのだから……。

 そして、その光景を眺めながらシターたちが生暖かい瞳を向け、それに気づいたヒカリは頭を抱えた。


「そ、そんな目でボクを見ないでぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 ……どうやら、このネタで彼女はしばらくからかわれることとなるだろうが、今は頭を抱えさせるだけ抱えさせておけば良いだろう。

 だから、とりあえず今は叫ぶだけ叫ばせれば良いのだった。

ヤニコの枝:火で炙ると特殊なにおいの出す樹の枝で、乾燥させると軽くなり中身がスカスカになる。嗜好品。

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