世界の迷い子
――ドポン。
音で表すならば、そんな感じにボクの身体は水の中へと落ちていった。
え? ボク、落ちたんだよね? なのに、水の中? 助かったの? え、でも、ちょっと待って? ボクが落ちた下って……グラウンド側だよね? そこに池とかなんてあった?
というかそもそも、あの高さから落ちて水に落ちたとしたらすぐに底に身体とか頭をぶつけるんじゃないの? それなのに、ボクの身体はドンドンと沈んでいく。そして、水越しに見えていた光は徐々に暗くなっていき……周囲は暗闇だけとなってしまっていた。
「これ、いったい……どういうこと? ……え?」
水の中、そう思っていた筈なのに声が普通に出る。そのことに混乱しつつも、水ではないと理解出来た。
けれどその直後、そんな理解もすべて吹き飛ばすかのような出来事がボクの身体へと襲い掛かった。
「――ぎっ!? なに、いまの――ぎぃぃぃっ!!?」
ゴキリ、そんな音と共に焼け付くような痛みが左腕を襲い、震えながら首を下に向けようとした。
だがそれを妨害するかのように突然ボクの身体をまるで手のような何かで両側から押し潰されるかのような圧迫感を感じ、その直後磨り潰されるかのように圧迫した手のような何かはボクを挟んだまま、上下左右へと動き始めた。
圧迫感が身体を潰す度に、ボクの身体からゴキリメリメキと音を立てて行き……口からは悲鳴しか出なかった。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
助けて、誰か、誰か助けて!
痛い痛い痛い痛い痛い痛い助けて痛い誰か痛い痛い助けて痛い痛い痛い痛い痛い痛い助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて痛い痛い痛い痛い助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて痛い痛い痛い痛い助けて助けて助けて痛い痛い痛い痛い助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて痛い痛い痛い痛い助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて痛い痛い痛い痛い助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて痛い痛い痛い痛い助けて助けて。
身体中を襲う痛みから来る悲鳴と誰かに助けを求める声がボクの口から洩れているが、本当にボクの声なのかと疑問に思えてしまう。
何故なら、今ボクは叫んでいるのかさえわからないのだから……。
ただ耳には身体中の骨が砕かれているのかゴリゴキと破砕音が響き渡り、時折自分自身の悲鳴が聞こえるような気がしていた。
朦朧とし始めた意識の中、ボクは……自分が死ぬことに気づき始めた……。
――死んだら、あにきに……おにいちゃんに、会えるのかな?
紅くなり始めた視界で、何も無い空間を見ながら呆然とボクはそう思った。
そう思うと、心が軽くなり……静かに目を閉じ、最後のときを待ち始めていた。
ゴキリゴリゴリと爪先から身体がその圧迫感に消されていくような感覚をボクは感じ始める。
本当は痛いはずなのに、頭が痛みに慣れてしまったのか……全然痛くなかった。
……閉じた目の奥に、お母さんとお父さんの姿が映った。
――ごめんね、お父さん、お母さん……ボクも、死んじゃうみたい。
きっと、お母さんはまた泣くだろう。もしかしたら、耐え切れ無いかも知れない……。
お父さんは、支えることが出来るだろうか? ……わからない。
ごめん、ずっと一緒に居られなくて……本当に、ごめんなさい。
涙を流しながら、心からそう思っていると身体は太股まで削られていた。
このまま、身体すべてが削られたら、ボクはどうなるんだろう?
不意にそう思ったけれど、もう助からないから……諦めるしかない。
そう心に言い聞かせて、ボクはすべてを諦めた……。
…………はずだった。
「……くない。らめたく……ない……。あきらめ、たく……ないッ!!」
気が付くと、喉を震わせ……ボクは叫んでいた。
諦めたくない、諦めてたまるものか! だって、だってそうじゃないとボクを助けてくれたあにきの死は無駄になってしまう。
あにきの死は無駄なんかじゃない! あにきのお陰で、ボクは此処まで生きれたんだよ。ってお婆ちゃんになって天国であにきにそう言うんだ!!
だから、だからボクは――――。
「――――死ねない!!」
心から、魂から、叫び、ボクは必死に手を伸ばした。
その瞬間、ボクは何かを掴んだんだと思う。
直後、ボクが居た暗闇の空間は音を立てて砕けた。
そして、ボクは地面に落下し……グシャリという音と共に意識を失った。
●
段々と意識が目覚めてくるのを、ボクは理解していた。
それと同時に、ボクが寝ている隣の部屋からはルーナ姉やシター、サリーたちの話し声。
……きっと、ボクに関してのことを話しているのかも知れない。
そう思いながら、ボクは身体を起こし……自分のことを思い返した。
路地裏でボロボロになった血塗れの服を着て死んだように眠っていたボクは、盗賊ギルドに拾われ……一年間の血の滲む修練で無理矢理鍛え上げられ、シーフとなっていた。
そして、ゆうしゃライトに痛い目に遭った人物からの依頼でライトを狙って襲い掛かり、返り討ちにあって牢に入れられ処罰を待っていたらライトはボクを仲間に誘ってくれて……今に至ったんだよね。
「……というか、頭を強く打って記憶喪失な上に、ライトを狙って返り討ちにあって仲間になるって何処の漫画とかラノベの話だよ」
苦笑しながら、ボクは小さく呟き……ステータスと心で念じた。
すると、ボクの視界にステータス画面は表示された。
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名前:光 (あだ名:ヒカリ)
職業:シーフ
種族:異世界人(または異界の迷い子)
性別:おんな
年齢:17
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今まで名前の光は■で塗り潰されていたため、ヒカリという名前になっていた。
けれど、ボクが思い出したからか名前が表示され、そして……種族も追加されていた。
元々ステータスに種族は人族だから表示されていなかったが、これはボクが人族ではないと言う証拠でもあった。
というよりも、この世界の住人じゃない。そう明らかにするものであった。
しかも、年齢も変わっていない……。
「ははっ、どおりで冷たいコーラとか飲んでたとか色々この世界の住人が知らないようなことを口にするわけだよね」
だって、この世界の住人じゃなかったんだから。
そして……そこから続くステータス画面を見て、ボクは3年前の戦争で死んだはずなのに生きていた理由を知った。
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『称号:外なる理』
それは祝福であり呪い。
外の世界から来た者はこの世界の理に縛られることは無い。
この世界に居る限り、この呪いであり祝福を持つ者は安らかなる死が訪れることは無い。
それは、呪いであり祝福。
それは、祝福であり呪い。
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……要するに、この世界じゃ死なない。もしかすると、ボクはライトに出会う前に何度も死んでたかも知れないな……。
それに、きっとこの世界で誰かと……結婚したとしても、待っているのは夫となった相手が死ぬのを見る地獄だろう。
「はは……っ、これじゃあ結婚とか夢のまた夢だよね」
軽く笑ってから、ある程度頭の中が落ち着くまで静かに泣き始めた……。
……でも、気づかれてるよね。声で……。