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あるゆうしゃの物語  作者: 清水裕
時狂いの章
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ヒカリの記憶・中編

 燃え上がる炎に照らされた顔がジリジリとへたり込んでしまったボクの頬を焼く。

 そのすぐ側ではお父さんとお母さんが悲鳴を上げながら、家に向けて叫んでいた。

 騒ぎを聞きつけて近隣住民の人たちが近づいてくるのがわかった……。

 周りの人に驚いているのか、今目の前の状況に驚いているのかサリーはキャンキャンと吠えて、グルグルとボクの側で回っていた。

 そんなとき、サイレンがけたたましく木霊し、数台の消防車音を立てて停車してすぐに消防団員の人たちが安否を確認するために声をかけている。

 けれど、消防団員の人の声はボクの耳には届かなかった。

 何故なら……。


「入っちゃいけません!」

「放してくれ! うちの、うちの子がまだ中に――!!」

「――! ――!!」


 隣で消防団員に押さえられながらも家の中に飛び込もうとするお父さんの声と、必死に名前を叫びながら泣くお母さん。

 けれど、そこには一人居ない……。


「おにい……ちゃん……」


 震えるような声でポツリとそう呟きながら、ボクは燃え上がる家を見続けるのだった。

 ……その日、ボクは家族を一人失った。


 ●


 呆然としながら、ボクは聞こえてくるお経の声を全く耳に入れようとしなかった。

 隣では、お母さんがすすり泣く声が聞こえた。

 お父さんは……目を閉じているが何も喋ろうとはしない……。

 そして、ボクたちのすぐ側に置かれた壇上には笑った顔をしたあにきの写真。


 ……あの日、あの晩、何処かの誰かによる放火によってボクの家は火事になった。

 熱い、煙たい。そこで運良く目が覚めたボクは家が家事になっているということを知った。

 暗い空に彩られながら下からはオレンジ色の光がぼんやりと見える。

 早く逃げなければ行けない。そう思っても、恐怖で身体が動こうとはしなかった。

 そんな中でボクの部屋の扉が音を立てて開かれた。

 ……そこには咳き込みながらボクを見るあにきの姿があった。


「良かった……無事だった。早く逃げるぞ!」

「え、あ……え?」

「ほら、早く!!」


 火事の恐怖で動けなくなっていたボクに、いきなりあにきが現れたという混乱も追加されて動けなくなってしまっていた。

 けれど、そんなボクの様子なんて知ったことかという風にあにきはボクの腕を掴むと引っ張りあげた。

 そこで漸く気がついた。あにきのパジャマが所々煤けているということに。

 まさか、火の中を走って……?


「父さんと母さんはもう外にいる! あとはオレたちだけだから早く!」

「う、うん……」


 何時もと違うあにきの態度にドキドキしつつ、ボクはあにきに手を引かれて廊下に飛び出した。

 部屋は煙が充満し始めていたけれど……廊下は更に酷いことになっていて、煙にメラメラパチパチと音を立てて火が視界に見えていた。

 その光景を見て、ボクの足はビクリと止まり硬直したが今はそんなことを考えるべきじゃないとでも言うかのようにあにきはボクの腕を無理矢理引っ張っていった。

 あにきに引っ張られてジンジンと痛む腕の痛みを感じながら、ごほごほと煙に咳き込みつつも階段を降りていく。

 熱い、苦しい、熱い、苦しい。


「げほっ! げほっ!!」

「しっかり! 早く階段を下り――ッッ!?」


 煙と炎で眼がヒリヒリして、パジャマが焼け焦げてるんじゃないかというくらい熱さを感じながらボクらは一階へと降り立った。

 直後、バキッという音が耳に聞こえ、あにきがボクの身体を強く抱き締めた。

 突然のことで驚いたが、額にチリッと焼けるような痛みを感じた瞬間に理解した。

 完全に焼け焦げ、天井の一部が落ちてきたのだ。

 それからあにきはボクを護るために……。


「あ、あにき? だいじょう……」

「うん、大丈夫大丈夫。それよりもはや――ッッ!!」


 不安そうにボクがあにきを見ると、愛想笑いじゃない……ボクを安心させるために優しく微笑んでくれていた。

 そんな笑顔は本当に久しぶりに見た。危ない状況だというのに、ボクはそう感じていた。けれど、それがボクが見たあにきの最後だった。

 早く行こうと動き出したあにきだけれど、すぐに何かに気づき……突然ボクを入口のほうに向けて突き飛ばした。

 ドスンとお尻に痛みを感じた直後、先程よりも大きな音が突き飛ばされたほうから聞こえた。

 すぐに振り返ると、そこにはあにきは居らず……焼け焦げた瓦礫が崩れ落ちていた。


「あにきっ!? あ、あに――おにいちゃん!!」

「はや……く、にげ……ろ」

「けど……っ! す、すぐに助けを呼んでくるからッ!!」


 助けようとしたボクへと瓦礫の下から声が洩れ聞こえ、あにきが生きていることを知らせていた。

 だから、ボクはすぐに誰かを連れて戻るために入口から外に向かって走り出した。

 外に出ると、ボクの存在に気づいたお母さんが泣きながらボクを抱き締めた。

 そのことに一瞬安堵するが、あにきのことをすぐに思い出し、手を貸してもらえるように叫んだ。


「お願い! あにきが、あにきがまだ中に残ってるの!! 誰か――誰か助けてください!!」


 ……けれど、助けは誰も入らず、泣き叫びながら助けを求めるボクを見物客は見ているだけだった。

 その直後、炎に燃えた家の二階が倒壊した。

 それは即ち、あにきを助けることが自分たちでは無理になってしまったということを告げることでもあった。


 …………後で知ったことだが、あにきは火事に気づいたお父さんとお母さんとサリーの3人と1匹と先に逃げることが出来たのだが、その中にボクが居ないことに気づき……周りが止めるのを聞かずに家へと飛び込んで行ったらしい。


 そのことを思い出して、ボクは涙を流した…………。

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