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あるゆうしゃの物語  作者: 清水裕
海の章
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回想~戦争~・26

 そいつ……いや、それは元々はこの侵略戦の指揮を任されていた団長だった。

 性格は自分を中心に回り、周りの人間は自分のために動く駒のようにしか思ってはいなかった。

 だから今回の侵略戦でも、自分が無事であればそれでよかった。そして、自分を持ち上げるためにゴマを擦り寄ってくる貴族たちも一応は利用価値がある間は護ってやるつもりだった。

 ちなみにそいつが言う護ると言うのは、自分の手で護る……ではなく、替えの効く無数の駒どもを盾にして自分たちに被害が及ばないようにというものであった。

 ……だからだろう。酒の席で楽しく酔っ払いながら駒を有効利用すると同時に、兵士たちの士気を無理矢理上げさせる方法として、あのような人を人として見ないやり方が平然とできたのだ。

 そして、そのやり方も罪悪感を抱くのではなく、嗜虐趣味を持つ貴族に好評かどうかと考えているだけだった。

 その上で、そいつは自分が勝利の栄光を勝ち取れるものと思い込んでいたのだった。

 けれどそいつの思惑は、巨大なドラゴンに似たモンスターによって撃ち滅ぼされ……、更には屈辱的な敗退を強いられることとなっていた。

 しかし、そいつが一番屈辱を感じたのは自身がおめおめと逃げ帰ることとなったと言う事実ではなかった。

 そいつの一番の屈辱……それは、自分たちが倒せなかった相手をゆうしゃ率いる冒険者どもが蹴散らしていったというものだった。

 だから、そいつは願った。

 自身を最強の存在に、ゆうしゃを跪かせるほどの力を自身に与えたまえ。とそいつは願ったのだった。

 結果、力はそいつの身体を包み込み、欲望や隠すことをやめて……一番憎い存在へと襲い掛かっていた。

 そして、そいつは腕を斬り落とされても痛みを感じず、それどころか邪魔な物が無くなったように感じ……邪魔な物が無くなって楽になった腕を振るい、忌々しいゆうしゃを刺して満足していた。


 ●


『GUヒャ、うHI、ヒひHI!!』

「くっ!? あっ――うああああぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ライトの肩を突き刺したモンスターは耳障りな笑い声を上げながら、脂汗を顔に滲ませた彼の身体を持ち上げていった。

 瞬間、持ち上がった彼の身体は自身の重みで、肩に突き刺さったモンスターの腕をより深く沈ませて行った。その痛みに耐え切れず、モンスターの頭上に持ち上げられた直後、ライトの口からは先程と同じ悲鳴が上がった。

 そして、ライトの血がモンスターの腕を伝い、モンスターの顔にポツリポツリと滴るとモンスターは黒く表情が分かり難い顔面と思しき箇所をとても嬉しそうに歪めて、吠えた。


『おオOォォぉォoォぉォォo!!』


 そのモンスターの雄叫びは、まるで自分はゆうしゃよりも強い、だから自分を褒め称えよ。そして、恐怖しろという風にも聞こえるようにも見えるが、誰も気づくことは無かった。

 そして、周囲は先程までの声が静まり返り……モンスターの行動を注視していた。もしも、今突き刺しているゆうしゃが倒されたら次はどんな行動に出るのか……。その思いが彼らの心の中を不安に駆り立てていた。

 けれど、そんな状況の中で動く者が居た。


「こンのぉっ! ライトをっ!! 放せぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

「ヒ、ヒカリ様っ!? 危険ですっ!!」


 シターが止める声も聞かずに、ヒカリは一気に駆け出すとナイフを構えてモンスターへと飛び掛った。

 飛び掛りながら斬りつけた彼女のナイフは、ライトを突き刺しているモンスターの腕を斬りつけたが……斬ったと同時に、切り口がジワジワと動き……元の形へと戻っていった。

 ヒカリはそれにすぐに気づいたが、ライトを助けたいがために何度も飛び掛ってナイフでモンスターの腕を斬りつけていた。

 しかし、モンスターのほうはヒカリに興味が無いのか、ライトを注視しているだけでヒカリをまったく見ようとはしていなかった。

 その一方でライトは肩の激痛を堪えながら、ヒカリに逃げるようにと口を開き始めた。


「くっ……ヒカ、リ……、ぼくの……ことは良いから……逃げ、るんだ……」

「いやだ! ボクはライトを助ける!! だから、待っててライト! ボクが絶対にコイツの腕を斬り落とすから!! てりゃああぁぁぁぁっ!!」


 そのライトの必死な声に、漸くモンスターはライトから自らの腕へとナイフを当ててくる少女に視線を移した。

 とても必死な表情で、ライトを助けようとしているのが分かった。そして、ライトのほうを見ると助けられる前に自ら脱出しなければと考えたのか片腕で突き刺さっているモンスターの腕を引き剥がそうとし始めていた。

 それを見て、モンスターは思いついた。このゆうしゃを完膚なきまでに身も心も圧し折る方法を……。

 これから起こることを考えながら、モンスターの口はより弧を描き……狂気に満ちた笑みを浮かべた。


「な、何をっ!? うわっ!!?」

「ライトッ!?」


 直後、持ち上げていたライトの身体をモンスターは突如放り投げた。

 突然のことで投げられたライトは驚き、体勢を整えることが出来ないまま宙を舞っていた。

 そして、ヒカリも突然ライトが投げられたことに驚いたが、急いでライトを助けるために駆け出した。……というよりも、抱き抱えるなり何なりしないと、このままでは頭を打ってしまったりするかも知れないということに彼女は気づいたようだった。

 だから、ヒカリは急いで駆け出し、ライトが落ちてくる場所を見極めて、ライトの身体を抱えようとしていた。


「ライトォォッ!!」

「ヒ、ヒカリッ!?」


 地面に落下しようとする瞬間、ヒカリはライトへと跳んだ。直後、ヒカリの腕へと重い物を持った衝撃が加わり、そのまま両腕と身体が山肌に擦られる痛みを感じた。

 両腕の痛みを堪えながら、恐る恐る目を開けると……自分の腕にライトは倒れていた。

 それを見て、ヒカリはホッと息を吐き……ライトを見た。


「ラ、ライト……大丈夫?」

「うっ……ヒカ、リ? だ、大丈夫だけど……無茶はしないでくれ!」

「ご、ごめんね……。でも、ライトが投げ飛ばされたのを見て、いてもたってもいられなくて……」

「いや、ぼくのほうこそゴメン。それと、ありがとう……」

「ううんっ、良いよ! それよりも、早くモンスターに近づかれないうちに、シターのほうに行って回復をしてもらおうよ!!」

「そう、だね……ッ!!」


 立ち上がろうとしたライトだったが、片腕に痛みが生じて上手く立ち上がることが出来なかったようだった。

 そんなライトへと、ヒカリは手を差し伸べる。


「ほら、ライト。早くた――――え?」


 軽く屈み、ライトへと手を差し伸べた瞬間、胸にズグリという鈍い痛みを感じた。

 何が起きたのか理解出来ないまま、ヒカリは自身の胸を見ると……黒く尖ったスライム状の何かが突き出ていた。そして、ゆっくりとライトを見ると……目を見開いたままのライトが居た。


「あ、あれ? ……え? なに、これ……?」

「ヒカ……リ……?」


 信じられないといった表情でライトがヒカリの名を呼んだ直後、胸の間から突き出た何かを伝って、ヒカリの血がライトの顔に落ちた。

 そして、ゆっくりとヒカリの胸を貫いたそれはヒカリから離れて行った。直後、力無くヒカリはライトへと倒れていった。

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