回想~戦争~・14
「彼の者を吹き飛ばせ! 《突風》!!」
迫り来るオークから距離を取りながら、ルーナは呪文の詠唱を行う。
そして、詠唱を終えるとすぐに呪文を放つ。
放たれた魔法はその度に様々であり、初めは火の玉だった。次に炎であったり、土の壁を地面から出したり、氷の槍を撃ち出したりしていった。
けれど撃ち出された魔法は2頭のオークに命中すると共に、霧散しているようにも見えた。
実際は何が起きているのかは分からない。けれど、オークと距離を取りながらもルーナは必死にどう対処するべきかと頭の中で必死に考えていた。
そして、つい今しがた放った《突風》もオークたちの毛をふんわりと撫でるだけだった。
『ブヒ、良い風だブヒ!』
『美女からの風だブー! 心地がよいブー!』
「く……っ! まったく聞いた様子が無い……本当、どうなってるのかしら……」
そう呟きながら、ルーナは再び呪文を唱えようとする。だが、詠唱して魔力を高めて行くに連れてガンガンと頭が痛み始めるのを彼女は感じていた。
……魔力切れなのだろう。
そして、彼女に並走して走るシターがその様子に気づいて、焦ったように声をかけてきた。
「ル、ルーナ様! それ以上は危険です!!」
「あー……うん、大丈夫よ大丈夫。シターちゃんもそんな顔をしないで? 今は兎に角逃げ回りましょう?」
「で、ですが!」
心配そうにシターはルーナを見ながら、ギュッと胸元に抱くようにして持った杖を握り締める。
どうやら、彼女自身は逃げ回るだけで何も出来ていないということに悔しさを感じているようだが……向き不向きがあるのだから仕方が無いだろう。
そう思っていると、オーク2頭にも変化が訪れてきた。
『んー、美女と美少女との追いかけっこも良いけど、そろそろいい加減に別の発散をしたいんだブー!』
『おいおい、せめて連れ帰ってから、楽しもうブヒよ? けどまあ、野外も良いと思うブヒが……』
『だったら、悩む必要なんて無いブー! 周りが戦っている中で、おれたちは泣き叫ぶ美女と美少女を味わう。最高じゃないかブー!』
『……そうブヒね! じゃあ、少しぐらい痛めつけて動けなくしても構わないブヒよね?』
『良いと思うブー! おっぱいとか楽しむところが壊れなかったら腕とか脚とか折れたって構わないと思うブー!』
『それじゃあ、やるブヒか……』『やるブー!』
そう2頭が口々に言うと、いやらしい笑みを浮かべて必死に逃げるルーナとシターを見た。
その2人は、2頭にとっては自分たちの欲望を吐き出すための道具である。そんな風な意思を込めた瞳だった。
●
――パキンッ!
激しい音を立てて、ヒカリが握り締めていたナイフの刀身が敵対するドラゴン系魔族の猛攻によって遂に折れてしまった。
その瞬間、ヒカリの肉体へと石槍が放たれ……彼女は死を覚悟した。しかし、彼女へと打ち込まれるはずだった攻撃は何時まで経っても来ない。
それもそのはずだ。ドラゴン系魔族の青年は石槍をヒカリの胸元に突きつけるが……殺す気が無いのか、突きつけるだけだった。
「…………な、なんで? 殺さないの?」
「今はそのつもりは無い。それに、現在自分が与えられている役目はあの兄弟に横槍が入らないための足止めなだけだ」
「……乗り気じゃないから、格好だけはそういう風に見せてるって聞こえるけど?」
「与えられた役目だから、足止めはするが……オーク2頭を護って死ぬということをするつもりは無いのでな」
要するに、邪魔をする自分を足止めするということを目の前の魔族はしている。ただそれだけということなのだろう。
だから、何の恩義もなければ尊敬などもしていないオークを護るなんて嫌でいやで仕方ない。そんな風にヒカリには目の前の魔族の意思を感じた。
そう思っていた瞬間――。
「「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」
「!? ル、ルーナ姉!? シター!!」
仲間である2人の悲鳴が聞こえ、首を悲鳴がした方向に向けると……2頭のオークが、2人を押し倒しているのが見えた。
その瞬間、ヒカリは弾かれるようにその場から跳び出そうとした。
しかし……。
「――がっ!?」
「すまないが、ここから先へ進ませるつもりはない。だから、自分を越えて行かないことを進めさせてもらう」
ドラゴン系魔族はすり抜けようとしたヒカリの背中を石槍の棒部分で殴りつけた。そして、殴りつけられたヒカリは痛かったのか、その場で蹲り……動けずにいた。
そして、一方でルーナとシターたちはオークたちの餌食とされようとしているのか悲鳴を上げていた。
シターは分かる。けれど……あのルーナでさえも悲鳴を上げているのだ。それが本当にピンチであることがヒカリには理解出来ていた。
だから、必死に這いずってでも彼女たちを助けようと、ヒカリは動こうとする。
「いか、ないと……。ルーナ姉……シター……!」
「悪いが、仕方ないと思って諦めることだ」
「いや……だ。ふた、りを……助け、ないと……」
「……ここが、自分たちの国ではなく、状況が違ったなら自分は行かせただろう。けれど、そっちは侵略者だ。だから、通させるわけには行かない」
そう言うドラゴン系魔族の表情は何処か辛そうに見えるのだが、今のヒカリにそれを見る余裕なんてまったくなかった。
今まさに、自分の仲間が穢されようとしているのだから……。
間に合わない。誰か……助けて。そう心で必死に念じながら、彼女は必死にルーナやシターたちがいる方向に向けて手を伸ばす。
そして、ヒカリは……ルーナは……シターは……、自分たちが護り、自分たちを護ってくれる存在の名前を叫んだ。
「助けて、ライトォ!」
「助けて、ライくんっ!」
「助けてください、ライト様ぁっ!」
その叫びが周囲に響き渡った瞬間、ドラゴン系魔族の脇を素早く通って行く存在があった。
ドラゴン系魔族は素早く、石槍を振るったが……その存在は振るった石槍を弾き返すと、素早く2頭のオークへと駆けて行ったのだった。
明日は組み伏せられた2人から始めますか(ゲス顔)