回想~人間の国~・7
「え、えっと……なんだか今良く分からない言葉が聞こえたのですが……空耳でしょうか?」
「え、ええ、何だか王命がどうとかって……」
「何か、魔王を倒すとか聞こえたりもしたけど?」
「あと、軍団入りしろとか聞こえたんですけど……?」
空耳にしたいと思いながら、ワタシを含め見合わせた方々はそう呟いて……とりあえず、現実を逃避することにしました。
『『ま、まさか~……?』』
直後、先程聞こえた声よりも大きな罵声が扉の向こうから聞こえてきました。
『ふざけんじゃねーぞ! 何が王命だ!? 王国が冒険者を何とか出来るとか思ってるんじゃねーだろーな!?』
『魔王を倒す!? 要するに、魔族に戦争を吹っ掛けるってことじゃねーかよ!! 冗談じゃねえ! 誰が行くかよ!!』
『戦争したいなら国の騎士とかだけでやってろ!!』
『『そーだそーだ!!』』
叫び声を上げるだけでなく、冒険者たちは身体も動かしてるのか……冒険者ギルド全体がギシギシと音を立てて、揺れているような錯覚を感じてしまいました。
そして、ギルドホールの喧騒に耐え切れなくなったのか、頼りになる人物を呼びに来たのか、受付をしていた職員がノックも無しにこの部屋の扉を開けました。
「マ、マスター……何とかしてくださいぃぃ~~!! え、サ、サリー!? 帰ってたの~!?」
「久しぶりです、チャーチ。元気にしていましたか?」
「うん、元気元気~! ――って、そんなことをしてる場合じゃなくて~! マスター、早くホールのほうに行って何とかしてくださいよ~! このままだと殴り合いになりますよ~!!」
「ったく、分かったよ。お前らはちょっと待っててくれ、すぐに済むと思うから」
桃色のフワフワした髪を振りながら、チャーチはボルフ小父さんに言います。
その言葉にボルフ小父さんは面倒臭そうに立ち上がると、チャーチが開けた扉を通ってホールのほうへと歩いていきました。
そして、しばらくすると開けられたままの扉の先から空気を振るわせる声が冒険者ギルド全体に響き渡りました。
「てめぇら! 何を騒いでやがるッ!!」
『『マ、マスター!!』』
「おお、ギルドマスターボルフ! 王命である魔族との戦いへと赴くように貴方からもこの野蛮な冒険者どもに言ってください!!」
「……おい、その前に一つ聞くが、どうして副団長のはずのお前が偉そうに命令を行ってるんだ?」
「そのことですか? いやなに、前団長は王の命に逆らったために団長の任を解かれ、騎士団も解雇となったんですよ。それで、副団長であるこの私が新団長に就任した次第ですよ!!」
ボルフ小父さんと話しているらしき、元副団長で現団長は偉そうにそう言っていました。
そして、それを聞いていたルーナさんたち3人は信じられないといった表情をしていました。
「え……、あのお爺ちゃんが?」
「実力があったし、初孫が産まれたって喜んでいた団長が!?」
「お、お菓子をくれたりしてシターたちに優しくしてくれていた団長さんがっ!?」
「ず、随分とやさしい団長さんだったんですね……」
ワタシがそう言うと、ルーナさんが詳しい説明をしてくださいました。
年齢は60を過ぎており、それまでの経験で培われた知略、年老いているにも拘らず今だ鍛え上げている身体。知力武力共に優れ、部下に親身になるという歴戦の勇士とも呼ぶべき人物だったそうです。
ちなみに聞こえてきた副団長のほうも説明が行われましたが……、王に媚びへつらう上に部下を駒のように扱うことで有名らしく、犠牲を出さずにモンスターの大群を倒すことを考える団長と違って、犠牲が出るのも厭わないという人物だそうです。
それを聞きながら、うわぁ……と思わず口から洩れる中で、ホールのほうではまた新たな動きがあったようでした。
「あの老いぼれは魔族に手を出すのを躊躇っていましたが、私は違います! 今こそ、王の名の下に邪悪なる魔族に鉄槌を与え、魔王を打ち倒しましょうぞ!! だから、ギルドマスター。今こそ、力を持て余している冒険者たちを率いて戦場へと飛び出しましょう!!」
「……そうかそうか、だったらコイツが――答えだッッ!!」
「な――――ぐがっ!?」
機嫌良さそうな感じにボルフ小父さんは新団長へと言葉を返しますが、どう見ても怒っていますよねこれ……。とか思っていたら、バギャッという音と蛙が潰れたような声が向こうから聞こえて来ました。
その瞬間、ホール内から溢れんばかりの歓声が聞こえ……。
「誰がてめぇらのような欲の皮突っ張った奴らに、手を貸すかっ! 王にも言っておけ! 余計なことをして大火傷する前に考え直せとな!!」
「~~~~っ!! き、きさまぁー……! たかが、一般人の寄り集まっただけの分際で……! 首を縦に振らなかったことを後悔するが良い!!」
そんな捨て台詞を吐き、現団長は逃げるように冒険者ギルドから逃げて行ったようでした。
まあ、殴られたうえに周りから敵視されていたら逃げるに決まっていますよね。
そう思いながら、小父さんたちの様子を何時の間にか野太い歓声や口笛が鳴り渡るホール近くまで近づいて見ていたワタシたちでしたが、冒険者の一人と目が合うと……信じられないとばかりに驚かれました。
「ちょっ!? あ、あれって……まさか……きょ、狂犬ッ!?」
「狂犬? 何だそれ?」
「まじかっ!? 獣人の国の国で活動してるんじゃなかったのかよ!?」
「え? わたしは死んだって聞いたけど?」
「よく分からないけど……って、あそこに居るのって受付してたサリーさんじゃね?」
「よく見たら、ゆうしゃライトに付き添ってる美女3人も居るぞっ!?」
「あと、目立ってないけど男が居るな……って、あいつは確か、フォ? ファ? フェ……忘れたな」
そんな様々な会話がホール内に聞こえる中で、ワタシたちはどうするべきかと考え……気づけば全員で宴会騒ぎとなっていました。
……何故でしょうね。いえ、目出度いことがあったとか、楽しいことがあったとか、そういうのは関係なく冒険者は基本的に騒ぐのが好きですからね。
そう思いながらもワタシは、断る道理はないので酒が並々と注がれたジョッキを掲げました。
それからしばらくして、ライトさんが冒険者ギルドへと訪れたとき……鼻を摘みたくなるほどの酒の臭いが充満していました。
……時間は昼なのに、ですよ…………。