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あるゆうしゃの物語  作者: 清水裕
獣の章
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 扉を叩くと、中から聞こえる息遣いにヒュッと言う息を吸う音が聞こえた。中に居る人物はきっとビクリと震えたのだろう。

 続いて、恐怖からかハアハァと荒い息遣いが聞こえ……警戒しているのが窺えたので、そこに彼女は声を掛けた。


「……アルト、アタシです。アリスです。無事ですか?」

「え……アリ、ス……?」


 扉前へと近づいてくる気配を感じながら、その場で待っていると閂が外され……ゆっくりと扉が開かれた。

 開かれた扉の中から、強張った表情で怯えた様子のアルトが少しだけ顔を出し……彼女本人であることを知ったのか、安堵の息を漏らしておった。

 その一方で、彼女もアルトが無事であったことにホッとした。


「立ち話もだけど、外は危険だから……早く中に入って~……」

「は、はい……では、失礼します」


 急いで中に入るように促すアルトに従って彼女は、アルトの工房の中へと入った。

 部屋の中にはアルトと……奥のほうに何名かのエルフや妖精が居たが、その表情はどれも暗くなっており、よほど怖い思いをしたことが分かるようであった。

 そして、中に入ってきた存在である彼女に気づくと、警戒を露わにしつつも生きた人を見ることが出来たのか少しだけ安堵しているようにも見えた。


「……アルト、大丈夫でしたか?」

「あ~……うん、わたしも他の人たちも中に入ってきた黒いスライムみたいなのに襲われて、もうダメだ~……って思って、最後の抵抗で鋏で攻撃したんだよね~……そしたらさ、簡単に切れたんだよね……」


 あれにはビックリだよ~……、と疲れ果てたような瞳でアルトは心配そうに見る彼女にそう言うが、多分アルトは運が良かったのだろう。

 何故なら、彼女に出会い、彼女の服を作ることになり、彼女が作った生地を切るためにワンダーランドが色々した結果……彼女アルトの裁縫道具はミスリル製の武器を凌駕する道具となっていたのだから。

 そして、良く見るとアルトの服装も明赤夢が出来上がる直前まで着ていた服と変わっていた。


「……あの、何で芋ジャージなんですか?」

「あ~……うん、明赤夢作った生地が余ってたから……何か創れるかな~……って思ってたら、この色が原因なのか、異界知識にビビッと来たんだよね~……」


 アルトはそう言うが、彼女が作り上げた衣装。それは彼の世界で、学生の運動服であり……部屋着の代名詞になっているジャージと呼ばれる服だったのじゃ。

 そして、この濃い赤色のジャージのことを、世間一般様はイモジャージと呼んでおったらしいんじゃよ。彼の世界のイモはあんな色をしておるんじゃな。

 ぶっちゃけ、篭りがちなアルトにその服装は似合いすぎじゃと思った。あと半纏もあれば完璧じゃがな……。


「そ、そうですか……」

「うん、そうなんだよね~……それに、良く見たらアリスのほうこそ、明赤夢に柄が付いてるね~……」

「あー、はい……色々あったんですよ」

「そっか~……、うん。ありがとアリス……、わたしもだいぶピリピリしてたみたい~……貴女と話して気が楽になったよ~……」


 実はカーシの街一番の攻撃力と防御力を身に着けてしまっているアルトはそう言って、彼女に頭を下げた。

 そんな彼女からはピリピリとした雰囲気は和らいでおった。

 アルトの顔を見て、彼女は安堵しつつ……まだ工房内に居る他のエルフから感じる陰鬱な空気を少しでも晴らそうと考え、一斉に飲んだからか補充する暇が無かったからか……空になっている水瓶へと《飲水》を使い、《浄化》の力を込めた水を溜めたのじゃった。


「アルト、水だけですが良ければ飲んでください。何も口に含んでいないよりもマシになると思いますから」

「アリス……うん、丁度喉が渇いてたし、他の人たちにも上げようか~……。みんな~……ちょっと水でも飲んで暗い気分を晴らそうよ~……!」

「いや、俺たちはそんな気分じゃ……」

「それに助かるわけな――うぶっ!?」


 暗い顔をした男性エルフ2人組はそう言いながらこの世の終わりみたいなことを口にしたが、片方が言い終わる前にアルトが水を顔に浴びせた。

 何時ものように、のほほんとした様子であるが……その雰囲気からは何処か怒った様子が見れた。


「ふたりとも~……、そんなことを考えずに今は生き残ることを考えましょうよ~……ね~? さ、お水をどうぞ~……♪」

「「は、はい……、頂きます」」


 アルトに脅されるかのように、男性エルフに続いて他のエルフや妖精たちも水を飲み始めると、何故だか頭から湯気が出るかのように黒い煙が彼らから出て……霧のように消えてなくなっていった。

 そして、それが一番分かり易かったのは、身体が小さい妖精だろう。


「…………あー……なんだか、からだがきれいになるかんじー?」

「うん、なんだかいやなきぶんがぬけていったー」

「何か、胸の奥にあった鬱屈とした感じが消えた気がする」

「ああ、何で滅ぶって諦めてたんだよ……!」


 口々にそう言いながら、彼らの目に光が戻り始めていくのを彼女は見ながら、同時に《鑑定・極》で彼らのステータスを覗き見ていた。

 覗き見たステータスから異常が消えているのを確認し、誰にも聞こえないように彼女はホッと息を吐き……浄化することに成功したことに安堵したのじゃった。

 ちなみに彼らに付いていた異常は、『疲労』が主であったが……それと同時に『瘴気汚染:弱』であった。

 きっと彼らの陰鬱とした気分は身体を汚染していた瘴気が原因だったんじゃろうな。それを彼女が浄化作用の含んだ水を与えることで彼らに溜まった瘴気を浄化していったと言うことかも知れん。


「うん、皆さん大丈夫みたいですね。じゃあ、アタシもそろそろ本格的に行動を開始します」

「え……? アリス、もしかして……」

「はい、そもそも此処にはそのために来たのですから。それに……ティアも助けないといけませんし」


 彼女の言葉にアルトは表情を硬くし、ジッと彼女を見たが彼女は優しく微笑みながら言う。

 硬くなったアルトの表情が段々と悲しそうになり始め……そんな彼女の頭に彼女は優しく手を乗せた。


「大丈夫です。この街も救いますし、ティアも必ず助けます。だから、アルトはここで待っててください」

「……アリス。絶対にティアを助けてね。それで街が助かったら、またお風呂に入ろ~……!」

「す、少し恥かしいですが……分かりました。約束します」

「うん、じゃあ~……いってらっしゃい」

「はい、行って来ます……っと、この周囲だけですが黒いスライムが入らないようにしておきますね」


 そう言うと、彼女は《異界》からワンダーランドを呼び出し、大扇にすると魔力を練り上げ……ワンダーランドに『風』と『聖』の属性を与えて、舞うようにして軽く振り上げた。

 すると、光の粒子を含んだ爽やかな風が工房内に吹き上がった。どうやら、ワンダーランドの収束機能で《浄化の光風》を工房内に充満させたようじゃった。

 これなら、下手な瘴気が溜まったモンスターが来ても勝手に溶けてくれることじゃろうな。

 そう確信して、彼女は工房を出た。目指すは通話樹がある通話部屋! きっとそこにティアが居るはず……!

 扉から彼女を覗くアルトに、ゆっくり首を振り……彼女は上層に向けて駆け出して行った。

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