ヒノッキに向けて
「フェーン、アリスといっしょにいってくれるのー?!」
「お、おうっ! こいつがどーしてもっていうから、しかたなくオレもついていくことにしたんだよっ!」
翌朝、ヒノッキの街に向けて旅立つためにカーシの街の前に立つ彼女と、アン、トウ、ロワの3人のエルフ。そして先程フィーンが驚いたようにフェーンもそこには居った。
見送りにきたティアとフィーンの2人はどうなるだろうと思っていたみたいだが、こういう結果になっていて驚いた顔をしておった。
だから、フェーンに驚くティアを見ながらティアがこっそりと彼女に近づいた。
「ア、アリス……キミはいったいどんな魔法を使ったんだい?」
「いえ、ただちょっとOHANASHIをしただけですよ」
「お、お話か……。いや、深くは聞かない……聞かないぞ……」
「おい、おまえたち! そろそろいくぞっ!」
頭を抱えるティアを生暖かい眼で見ていると、フェーンが怒鳴るような声で彼女たちを呼びつけ……彼女たちは彼の周りへと集まりだしたのじゃった。
そんな彼女たちを見ながら、ティアは軽く手を振り……フィーンは心配そうな顔をしながら彼女へと近づいてきた。
「アリスー、気をつけてねー。フェーンも無理しないでねー?」
「ええ、気をつけますから、心配しないでください」
「お、おうっ、むりなんてしてねーからな! ……なにわらってるんだよっ、いくぞーっ!!」
微笑ましい2人を見ていると、変な勘違いをしたのかフェーンは怒鳴り声を上げ、彼女たちの妖精の靴に力を注ぎ込んだのじゃ。
すると、4人の妖精の靴に緑色の光が宿り始め……、それと同時に足元が急激に軽くなり始め……。
「これでしあげだーっ! さあ、いくぞーっ!!」
「「「行きますっ!!」」」
「それじゃあ、行って来ますね」
ティアとフィーンにそう言うと同時に、眩い緑色の光が彼女たちの身体を覆いつくした瞬間、弾き出されるようにして5人はその場から跳びだして行ったのじゃった。
跳びだして行った彼女たちの姿が見えるまで、フィーンは手を振り続けていたのじゃった。
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斜め上に跳び上がりながら、木々を蹴りつつ……彼女たちは前へ前へと進んでおった。
そして、このときのスピードはフィーンと一緒に跳んだときよりも遥かに速く、風が強く当たっていた。
「これは……フィーンと一緒に跳んだときよりも、激しいですね……!」
「あたりまえだろーっ! フィンはまだまだ初心者なんだからよー!」
「それもそう……ですねっ!」
ぶつかりそうになる枝を彼女は掴み、クルリと鉄棒のようにぶら下がりつつ、その反動を利用して前へと跳びながらフェーンの言葉に答えた。
その前のほうでは、慣れているのかアン、トウ、ロワの3人が器用に枝をしならせつつ跳んで行くのが見えたんじゃ。
見えるか見えないかの距離になりかけたとき、不意に振動するようにしてアンの声が聞こえた。
『大丈夫ですか、アリス様? 少し速度を落としましょうか?』
「いえ、平気です。アタシも慣れて行くと思うので、すぐに追いついてみせます」
『そうですか。頑張ってくださいね、移動はまだ真っ直ぐですから』
「はい、分かりました」
彼女がそう言うと、通信が切れたようにアンの声が聞こえなくなった。
これは、フェーン……というか、妖精の靴に力を与えた妖精の力を借りることで、同じ妖精から与えられた者たち限定ということらしいが、光を通して会話をすることが出来るらしい。
それは何度か追いつかなくなったときに、声を掛けられたことで理解したことじゃった。
それから一度小休憩として、大きめの木の枝に腰掛けて昼食を取り……少し休んでから再び彼女たちは木々を跳び続けておったのじゃった。
ちなみに食事は栄養がつき易いように豚っぽい肉で作られた干し肉じゃったが……普通に豚とか猪によく似た動物であることを祈りたい。
そして、木葉越しに明るかった日差しが段々と赤みを帯び始め……夕暮れになり始めたころ、アンから彼女へと声が掛けられた。
『アリス様。今日はもう遅くなってきたので、そろそろこの辺りで野営をしようかと思いますが、宜しいでしょうか?』
「はい、わかりま――あれ?」
「どーしたんだよっ! ……ん? これって」
『どうしましたか、アリス様?』
「いえ……、何だか不思議な匂いがして……こう、甘い果物のような……でも、緑臭い……」
漠然と彼女は呟きながら、頭の中に浮かんだにおいのイメージが……フルーツの匂いがする御香といった感じじゃった。
すると、前を跳ぶアン、トウ、ロワの3人も木の枝に着地して周囲を見渡し始めた。
隣に座っているフェーンも鼻をヒクヒクさせながら、目を瞑っているのを見るとどうしたのだろうかと彼女は首を傾げた。
そして、4人がある方向を見ているのに気づき、彼女もその方向を見てみると……木の葉の生い茂る間に大きな果実が実っているのに気がついた。
「大きな、果実……?」
「良かった、これは野営をしなくて済みそうです」
「あー、かくれがかーっ!」
「かくれが……隠れ家?」
「今夜はゆっくり出来ますね」
「さー、早く行こうよ早くっ!」
ホッとするアン、首を回すトワ、ウキウキとしたロワを見ながら、隠れ家と呼ばれた樹に彼女は首を傾げておった。
そんな彼女を引っ張って、3人は果実が実っている辺りまで跳ぶと……その近くにあった洞へと飛び込んだのじゃ。
いきなりのことで驚く彼女じゃったが、洞は深いようであまり深くなかったが、そこには……。
「え? リ、リビング……?」
ぼんやりと灯りの点った花が置かれたテーブルとイス、そして皿に盛り付けられた数種類の果物と木の実。
その奥には幾つかの扉。唖然とする彼女を前に、アンたちが扉を開けると一室からは湯気が立ち込めるのが見えたので、もしかしたらお風呂があるのだろう……。
「えっと、これって……?」
「アリス様は初めてですよね? ここは、妖精の隠れ家です」
「そうだぞっ、ここはオレのなかまたちがゆっくりやすんでくれってよういしてるかくれがなんだぞーっ!」
アンがそう言って、フェーンが偉そうにそう続けて言うのを彼女は見ておった。