元・妖精の靴
ゆっくりと先程飛び立った場所へと戻るために、彼女はふわりと枝に触れながら降りる方向を調整しておった。
空高く飛び上がっていたけれど、風で少し飛ばされていたらしく……真上から真下に降りるというわけには行かなかったようじゃな。
そして、本当ならばかなりのスピードで落ちて枝を折ったり、大車輪をしながら減速していかなければならない状況であるはずが、妖精の靴とフィーンのお陰でそれらは大丈夫となっていた。けれど、妖精の靴に力を通わせるのは少し疲れるらしく……肩に座るフィーンを見ると、顔を汗で濡らしておった。
その視線に気づいたフィーンが彼女を見ると、凄く嬉しそうな顔をしながら笑いかけおった。
「どうしたのアリスー? フィンのかおになにかついてるー?」
「いえ、ついさっきのフィーンの顔を思い出していただけですよ。凄く目がキラキラしていて綺麗でしたよ」
「えへー、そっかー。フィンきれーだったんだー。えへへー」
はい。と彼女は言いながら、下を見るとティアが彼女たちに気づいたらしく手を振っているのが見えた。
そこへ彼女が降りると同時に光は収まり、軽くなっていた身体に重さが圧し掛かったのじゃ。……いや、この言いかたは彼女が太っているように聞こえるのう。太っておらぬからな、彼女は!
「凄い高くまで上っていたみたいだな、アリス。フィーンはお疲れ様」
「ティアー、フィンねー。おそらをとんだよー。フィンだけだとむりなたかさまでアリスがとばしてくれたのー♪」
「ああ、良かったなフィーン。アリス、ありがとう」
「いえ、気にしないでください。それに、この妖精の靴も少しだけですが慣れましたし……あとは、もう何回か跳んだら自分の物に出来そうです。ですが、フィーンも疲れていますし、少しだけ休憩しましょうか」
「ああ、そうしようか。だったらアリス、一度妖精の靴を脱いだほうが良いだろう。このままだと蒸れてしまうぞ」
脱ぐ意思を持って、靴を下に下ろせば先ほどのブカブカな靴に戻ると言われ、彼女は脱ぐ意思を持って妖精の靴に手を掛けた。……しかし、脱げなかった。
どうしてだろうと首を傾げつつ、もう一度脱ぐ意思を持って下に下ろそうと……脱げなかった。
かなり嫌な予感を感じながら、彼女は自分の脚を包む妖精の靴をジッと見た。しかし、何も映らず……そこで彼女はアビリティから《鑑定》を外していることを思い出し、《平衡感覚安定・極》を《鑑定・極》に切り替えた。
すると、彼女の目にはウインドウが表示され、それを見た瞬間……口からため息が洩れたのじゃった。
「お、おーぅ……」
「どうしたんだアリス? 何か問題があったのか?」
「え、えーっと……な、なんでもないですよー……あははー……はは」
乾いた笑いを漏らしながら、彼女は先程見た妖精の靴から表示された物を思い出しておった。
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新名称:明赤夢(下)
元名称:妖精の靴
説明:
明赤夢が妖精の靴を自らの一部とし、融合を果たした物。
徐々に自らの形を変化させていくため、外すことは不可能。
現状、明赤夢の一部と認識されている。
特性:
妖精との親和性上昇(現状最大500%UP)
妖精の翅
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「それなら別に良いが……、困ったことがあれば言ってくれ」
「は……はいー……」
「んー? あれー……?」
苦笑しつつ返事をする彼女と、その肩で足元の靴を見て首を傾げるフィーン。
それからしばらく休憩を挟んでから、再び妖精の靴の練習を開始することとなったのじゃった。
ちなみに先程よりも靴に対しての力の伝達が上手く行ってることにフィーンは首を傾げておったが、見て見ぬ振りをしておくことにした。
●
フィーンとの妖精の靴の練習を終えて、3人はティアの家へと戻り……夕食までの時間をそれぞれの自由時間としてそれぞれゆったりと時間を過ごしていた。
ティアとフィーンは仲良くお話をしており、彼女は客室の椅子に座ってゆっくりとしていた。
そんな中、空気穴として作られた洞からフワフワと飛んで来る者に彼女は気づき、近づいてくるのを待ったおった。
そして、飛んで来た者が部屋に入ると、彼女を指差して怒ったような声を上げて、彼女を睨んできたのじゃ。
「おいっ、おまえっ!」
「あ、確か……フェーン。でしたよね? どうしました?」
「な、なんでオレのなまえをしってるんだ!?」
「さあ、何故でしょうね?」
名前を言い当てられて驚いたのか、フェーンは驚いた顔をして……凄く警戒をした。
とりあえず、カーシたちから教えてもらったとは言わず。彼女は何でも知っている風に笑って見せることにした。
それが気に食わなかったのか、フェーンは顔を真っ赤にして怒り出したんじゃよ。
「ふっ、ふざけるなっ! だいたい、おまえはきにくわないんだー! フィンとなかよくするんじゃないーっ!」
「……なるほど。所謂しっとでフィーンと仲良くするなと言うことですか?」
「~~~~っ!! ちっ、ちがうーっ! オレはフィンがあぶないことをしてほしくないだけだー!」
「その結果、フィーンは妖精の靴を上手く扱えなかったってことですか……」
フェーンの言葉を聞いて、フィーンが妖精の靴を扱うのにかなり消極的だった上に全然だった理由が彼女には漸く理解できたのじゃった。
要するに、目の前のこの生意気な妖精がフィーンに本人は危ないことをして欲しくないと思って言ったことがかなり酷かったのだろう。多分、お前には無理だとか、下手だとか言って……。
その結果が、何も出来ないって妖精の靴を諦めたフィーンなのだろう。
そう考えると、彼女は呆れたように息を漏らした。
「……バカですね、あなた」
「なっ、なんだとー! オレのどこがバカなんだよー!!」
「あなたはフィーンが危ないことをしなくて助かったって思ってるみたいですけど、フィーンの身にもなってあげてください。お前には無理だだの、ティアを傷つけるだの言ってたんでしょう?」
「うっ、な……なぜそれをっ!?」
「だからあなたはバカなんです。ティアが好きなら、何も出来ないとかじゃなくて、上手くなる手伝いとかをしてあげたほうが良かったじゃないですか……それを……はぁ」
「バ、バカバカ言うんじゃねーっ! オレはバカじゃないし、フィンのことをわかってるんだぞー!」
バカバカ言ってるのが気に入らなかったのか、フェーンは顔を真っ赤にして彼女に飛びかかろうとした。
けれど、それよりも先に彼女はフェーンを指で摘んで捕まえた。
「いいえ、あなたはフィーンのことをまったくわかっていません。アタシと一緒に空高く跳んだとき、彼女の瞳は輝いていましたよ。あなたがどうこう言ってやらせようとしなかったとき、彼女はどんな顔をしていましたか?」
「フィンの……かお…………」
思い出し始め、フェーンの表情は段々と曇って行くのが分かった。
どうやら、漸くフィーンに対してどんなことを行っていたのかを理解したようじゃった。
「フェーン。そんなあなたにチャンスを上げます。アタシの手伝いをする代わりに、あなたのことをフィーンに良く言ってあげて、そしてあなたがフィーンに妖精の靴の使いかたを教える手助けをするんです」
「え?」
「そうすれば、きっとフィーンもあなたのことを見直すと思いますよ? どうしますか、フェーン?」
彼女はそう優しく言ってるのだが、ある意味悪魔との契約並みに恐ろしいことを言ってるような気がしたのじゃった。
そして、フェーンは……。
お話をするための最低条件は、相手の戦う意思を奪い取ることからだと思います。