服の製作・4
※アルト視点です。
受け皿の中に溜まったアダマンタートルの甲羅の欠片だった液体から眩い光が放たれたと思ったら、何時の間にか液体は無く……そこには暗めの色調の赤い布が置かれていました。
アダマンタートルの甲羅の欠片を溶かしたと言うだけでも驚きが隠せないと言うのに、アリスは新しい物を創りだしてしまったのです。
恐る恐る、わたしは受け皿に満たされた赤い布を手に取りました。
知識の中にある素材とは違ったサラサラとした触り心地、それでいて厚みのある手触り……更に欲しいと思っていた伸び縮みしても戻る復元力、今まで取り扱ったことがある生地の中で紛れもない一級品だと、わたしは心から思いました。
これを服飾に詳しい人が見たとしても、鉱石で創られた物だと信じないことでしょう。
「す、すごいです~……。アリス、こんなに凄い布を見たのは生まれて初めてです~!」
「そうですか……、良かったです……。すみません、ちょっとだけ……休ませてください」
「大丈夫なのか、アリス? 顔色が凄く悪そうだが……」
「だいじょうぶー?」
「はい……少し眠れば、大丈夫だと思います……」
顔を青くして、アリスはティアとフィーンに連れられて行って……再びベッドに眠るようでした。
……やっぱり、魔力を大量に消費するものなんでしょうか……。そう思いながら、わたしは布を広げます。
ダークレッド……知識の中にある小豆色と呼ばれる布に、わたしは炭を走らせます。
シャーッと小刻みの良い音を立てながら、布の上を炭が走っていきます。
わたしの頭の中で描かれたデザインをこの布へと描き……アリスのための服を作るための準備を整えます。ただし、こちらに描くのはアリスの身体よりも少しだけ大きめに描かれたデザイン。
「先にデザインしていたほうの布を裏地にして、着心地をよくしたいですね~……♪」
実のところ、いざ切ろうと準備していた生地はエルフ独自の手法で創られた布であり、普通の服よりも丈夫であり……魔力も通すことが出来る逸品だったりしました。
正直言って、それで服を創ろうとしたら……お金が掛かりすぎます。ですが、それ以上にアリスにわたしの服を着て欲しいという想いがわたしにはありました。
きっと、似合うに違いない。いいや、絶対に似合う。そう結論付けて、わたしは炭を走らせます。
そして、しばらくして……わたしの目の前には炭で描かれた布が置かれていました。
「さてと、あとは切るだけ~……そいえば、3人ともどうしたんだろう~?」
アリスをベッドに寝かしつけてくるだけなのだから、すぐに戻ってくるだろうと思っていたけど……ティアもフィーンも戻ってくる様子が無かった。
もしかしてと思いながら、ベッドのある部屋に近づいて……中を見てみるとアリスは分かるけれど、ティアとフィーンまでもが眠っていた。……いや、フィーンは分かるよ。あの子は気まぐれだから。でも、ティアは何で寝ているのかなぁ?
心の底からそうツッコミを入れつつ、叩き起こそうかと思ったが……アリスも起こしてしまうかも知れないと思い、わたしは黙っていることにしました。
とりあえず、縫うだけ縫ってアリスに着てもらわないといけませんしね!
「~~♪ ふふ~ん、はさみはさみ~♪ ちょんぎりちょ~ん♪」
音程の悪い鼻歌を口ずさみながら、わたしはお気に入りの断ち切り鋏で小豆色の布を切ろうと――。
……あの、ガリガリガリと音を立てて、布よりも鋏が刃毀れして使い物にならなくなったんですが……。
え、これどうしよう……、と言うか鋏で切れない布をどうやって切ればいいんですか~!? それにこの鋏、お気に入りだったのにぃ~……。
鋏を握り締めて、今にも泣きそうな顔をしていると……わたしの前にワンダーランドと呼ばれていた動物が近づいて来ました。
「な、なんですかぁ~……」
「ぶう、ぶう……」
「え……鋏が気になるんですか~? 良いですよ~、好きなだけ見てくださぃ~……うぅぅ」
落ち込みながら、わたしは使い物にならなくなった鋏をワンダーランドへと差し出してあげました。
すると、ワンダーランドは突然差し出した鋏を口に含んだではありませんか!?
「え、えぇっ!? ちょ、ちょっとっ、何してるんですか~!?」
「ぶう……ぶう~……」
「な、何ですかその『ん~、いい味出してるね~』みたいな表情は~!!」
「ぶう!」
「あぁ……た、食べちゃいました……」
驚くわたしを他所に、ワンダーランドはモシャモシャとわたしの鋏を咀嚼し……わたしが引っ張って引き抜こうとしているのにも、そんなこと関係ないと言った風に、最終的にすべて口の中へと納めてしまいました。
わ、わたしの鋏が……、そう呆然と放心していたわたしへと地獄はまだ続いていました。
「ぶう、ぶう!」
「え? だ、ダメ~! これは、わたしの仕事道具だから~~……!!」
わたしが止めるのを聞かずに、ワンダーランドは鋏だけでは飽き足らず、縫い針や待ち針といった裁縫に欠かせない道具を次々と食べて行きます。
や、やめてぇ~~……!
涙眼になりながら、わたしはワンダーランドを抑えようとしますが、ピョンピョンと飛び跳ねてわたしから逃げて行きます。
結果、運動不足のわたしは簡単に床に座り込んでしまい……ワンダーランドの好き勝手にされてしまいました。
「うぅ……わ、わたしの裁縫道具ぅ~……」
「ぶう! ぶ、ぶう……ぶげ」
「……え? な、何これ? 金属製の……球?」
運動を終えて満足そうなワンダーランドはぶるぶるとその場で震えだし……、突然ワンダーランドの口が大きく膨れ上がり、口から何か大きめのボールみたいな球を吐き出してきました。
恐る恐る球を調べようと手を伸ばすと、突然パカリと球は真っ二つに開かれました。
いったいどうしたのかと驚きつつも、中を覗くと……そこには。
「え? はさ、み? それに……針? しかもこれって……わたしの?」
「ぶう! ぶうう!」
驚きながら、わたしは球の中に入った見覚えのある鋏たちを見つめます。
紅く光り輝いていますが、これは紛れも無く……ワンダーランドに食べられたわたしの裁縫道具でした。
そして、自慢げに胸を張るワンダーランドを見て、もしかしてと考えながら……わたしは訊ねることにしました。
「キミ~……、もしかしてアリスの服を作るんだからしっかり創れと言いたいの?」
「ぶう!」
「うん、分かってるよ~。服作りに関してはわたしもプライドは持ってるから、すっごく似合うのを創ってみせるよ~!」
「ぶうぶう!」
ワンダーランドの言葉に頷き、わたしは差し出された鋏を手に取って、今度こそ布に鋏を入れてみた。
すると、鋏は刃毀れせずに……シャーッと滑らかに鋏は生地を切り始めた。
待っていてねアリス。最高の逸品を作り出して見せるから~!
心でそう思いながら、わたしは生地を切るのだった。
こうして、エルフの服職人は最強の裁縫道具を手に入れたのでした。
とは言っても、ワンダーランドが勝手に行ったことなので、これらは純度100%ではなく、メッキとか混ぜ物とかな感じなのでアリスが作り出してた物の半分の切れ味しかありません。
まあ、それでもアダマンタートルの甲羅はスパッと斬れますけどね。