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あるゆうしゃの物語  作者: 清水裕
人の章
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悪足掻き

 口元を隠す手拭い越しに不敵に笑う彼女を尻目に、ハガネは一旦引くべきかと逡巡するのが見えたわ。

 そして、その同様が周囲のモンスターにも広がったのか、動きが散漫になっていくのが目に見えて分かったの。

 それに気づいたギルドマスターが睨みあっていたオオトカゲ型のモンスターに戦斧の重い一撃を叩き付けたわ。


「お前ら、今の内に畳み掛けるぞ!!」

「「おっ、おうっ!! うおおおおっ!!」」

「ぼくたちも行くぞっ! はぁぁぁぁっ!!」

「わかったよ、ライトッ! てりゃーー!」

「分かったわライくん! 『火よ、魔力と混ざりて敵を焼けぇ!』」

「大丈夫ですか!? 『癒しの力よ、傷付きし者を癒したまえ……!』」


 ギルドマスターの雄叫びを皮切りに、冒険者や衛兵が叫び、イケメンパーティーたちも巻き返す行動に出始めたのが、ハガネの背中を見ると分かったわ。

 ハガネの顔を見ると、周りから聞こえる人間の声とモンスターの断末魔に憎憎しい表情をしていたの。

 そんなハガネに対して、彼女は空いた手を前に出して招くような仕草をしたわ。あからさまな挑発よ。あんたは絶対にしないようにね……ああ、猫や犬になら良いわよ。

 瞬間、コケにされたことに気づいたハガネは、怒りに顔を歪ませて今までで最高の速さで槍を突き出してきたわ。


「き、貴様ァ! 我を何処まで愚弄すれば気が済むというのだあぁあぁぁぁっ!!」

「うわっ……と。あんたが諦めるまでよ」

「我が諦めることはありえん! 貴様らを灰燼に帰すまでは!!」

「そう。だったら、仕方ないわ――ねっ!」


 怒りで頭に血が上ったのかハガネの攻撃は単調となって、戦いに不慣れな彼女でも避けることが容易かったわ。

 そして、数度目かの突きが放たれた瞬間に彼女は握り締めた金棒を槍に向けて振り下ろしたら、槍はボキリと折れてしまったわ。

 多分、折れた槍もハガネの二つ名と同じように、最強の矛に相応しい素材を経験豊富な鍛冶師が技術の粋を結集して作っていたのだろうけど、素材の力だけで彼女の手に持つ金棒がそれを凌駕してしまったのよ。

 折れてしまった槍を手から落としたハガネはその場にへたり込むのが見えた。これで心が折れてくれたのだと彼女は思ったわ。


「この戦い。我の……負けだ。武器を失い、貴様に勝てる姿も見えぬ……」

「そう。だったら、モンスターたちをこの街から追い出してくれないかな?」

「それは、出来ぬ。なぜなら……」

「引く気はない? 負けたのに、どうし――え?」

「確かに我は負けた。しかし、貴様を生かしておくわけにはいかない! だからこれは我の最後の足掻きと思ってもらおうかっ!!」


 正直、彼女もハガネが敗北を宣言して気が緩んだのかも知れないわね。けど、それがいけなかったのよ。

 最後の足掻きとして、ハガネは己の片腕を槍に見立て、眼前に立つ彼女の胸へとその腕を突き出したの。

 グシャ、という音が周囲に響き渡り……赤い血が地面に零れ落ちたわ。

 何が起きたのか分からない彼女の表情と、それを見た周囲の驚く顔。そして、決死の覚悟を抱いたハガネ。


「きっ――!?」

「ぐあああああああああああああああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

「「……え?」」


 ロリ僧侶の悲鳴が上がろうとした瞬間、絶叫に近い叫び声がハガネの口から放たれ、周囲が戸惑いの声を上げた。

 けれど、周囲は気づいたわ。ハガネの絶叫の理由をね。

 どういうわけだか分からないけど、ハガネの腕が潰れていたのよ。ぐちゃぐちゃにね……。いわゆるトラックがメーター振り切って壁にぶち当たったぐらいに――っと、トラックってなんだって? んー、凄い乗り物ね。

 そして、潰れた腕から零れる血の臭いとともに、甘い果物の匂いがしたのよ。アップの甘い香りが。同時に、彼女の膨らんでいた双丘がひとつ潰れているのが見えたわ。


「ふぅ……危なかった。オレじゃなかったら死んでたところだった」

「くぅっ! な、なんなんだ……なんなんだ貴様は、貴様はなんなんだぁぁぁぁぁっ!!?」

「なんなんだって……そうね。あえて言うなら――」


 ――ただのチートキャラよ。


 そう告げて、畏怖の感情を込めて彼女を見るハガネへと、彼女は金棒を振り下ろしたわ。

 それが、ハガネが最後に見た光景よ。

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