阿鼻叫喚
「くそっ! 数が多すぎる! もう結界が持たないぞっ!!」
「援護頼む! 当ててくれるなよ!!」
「ごめん、矢がもう無いっ! 誰か、早く次の矢の補給をお願い!」
「魔力が切れっ!? こんなときにぃっ!! 誰か、休んでる間お願いっ!!」
様々な大きな声が響き渡る中、カーシの街下層の入口に雪崩れ込んでくるオークどもを相手にエルフたちは何とか戦っていた。
正直な話、地の利はエルフたちのほうにあるはずなのじゃが、如何せん数が多すぎた。
1匹倒すと、3匹突入し、ということが繰り返して行く上に、オークに紛れて小鬼……ゴブリンと呼ばれる種類のモンスターもキィキィ言いながら、カーシの街の中へと入り込んできおった。
このゴブリンは、曲者で小さいから矢で狙い難い上に、エルフたちが有利になってきたと思った瞬間に、ちょっかいをかけてきて状況を不利にして行き居る。
そんな状況下の中で、パキッとひび割れる音が周囲に聞こえたかと思った瞬間、パキィィィンッ! と激しい音を立てて、薄い透明な膜……結界が砕け散ってしまったのだ。
「くっ! 奴らを一匹でも喰い止めろっ!! しまっ!? ――ぐあぁぁっ!!」
「いやぁっ!! 放して、放してよぉぉぉっ!!」
「やめろっ! 来るな……来るなよぉっ!?」
「こいつらの慰み者になるくらいなら……!!」
そんな様々なエルフの声が聞こえる中で、オークたちは歓喜の声に満ち溢れていた。
抵抗するエルフの男は殺し、餌にし……手足を折った若いエルフの女は巣に持ち帰り、楽しみながら子を孕ませる。
そして、そのお零れに預かろうと卑しくもゴブリンたちはキィキィ鳴きながら、刃毀れの激しい短剣を手に、エルフたちへと襲い掛かる。
「ブヒヒヒ、さあ、エルフの男は殺せ! エルフの女は犯せ! 年老いたエルフの女は殺せ! そして、この樹を蹂躙するブー!!」
「おい、その女はこっちが狙ってた奴だブー!」
「早い者勝ちだブー! お前はこっちにしろブー!」
「……お、こっちもいい感じだブー! エルフは美人が多いから楽しめるブー!」
「放せ! はな――ごげっ!?」
どんどんとカーシの街の中へと入り込んで行くオークたち。同時に、樹の心地良い匂いが豚臭く変化して行く……。
そして……オークどもの笑い、抵抗する力を奪われていくエルフたちの叫び、これから来てしまう未来に抗おうと手足を動かし……結果殴りつけられた女エルフの嗚咽。
そんな阿鼻叫喚の状態になっている中、上から落下する何かがあった。
何が落下したのかを確認しようとしたオークたちだったが、瞬間――柔らかくも力強い風がその中心から放たれた。
その風に撫でられ、落下してきたものの金色の髪と揺れる乳房に目が行った瞬間……ゴトリと自らの首が落ちてしまっていることにオークは気づき……自身の身体から血が噴水のように噴出しているのを見ながら、その生涯を終えた。
「な、何が起きたんだブー!?」
「キィキィィッ!!?」
「むっ、無差別攻撃っ!? みんな、大丈夫か!? ――っひ! ……え?」
オークやゴブリンには何が起きたのかは分かってはおらず、何が起きたのかを見ていた男エルフは、オークたちを切り裂いたのは風の刃であると見抜き警戒をしていたが、風の刃の速度は素早く……気づけば自身の目の前へと飛んでいた。
切られる! そう直感した男エルフはせめて苦しくないようにと願いながら、目を閉じたが何ともなく……後ろを見ると、風の刃が通り過ぎて行き、ゴブリンの頭を輪切りにしていくのが見えた。
更に驚くべきことに、男エルフの身体は何とも無かったわけではなく、殴りつけられて骨が折れていたであろう激しい痛みがまったく無くなっていたのだった。そしてそれと同じような現象が他のエルフたちにも起きているようであった。
「あ、あれ……? あし、折れていたはずなのに……え?」
「おい、しっかりしろ! おい! お、おい……平気、なのか?」
「あ、ああ……オ、オレ、助からない傷……だったよな?」
「立ち上がって、平気なのかよ? 血だらけだろ?」
「そ、それがよ……なんか、傷が塞がってる……」
そんな様々な声が聞こえる中、風は止み……その中央に、巨大な扇に背中を預けた獣人の美少女が立っていることに彼らは気づいた。
道行く者がその美少女を見れば、十人が十人振り返るであろう容姿をした……見慣れぬが扇情的な服装をした美少女。
その初々しくも放たれる妖艶な雰囲気に何処からか唾を呑む音が聞こえ……、先走ったゴブリンたちが美少女に向かって駆けて行くのが見えた。
どう見ても、その美少女に欲情して全力で襲う気満々といった様子である。
「邪魔です」
鈴のように凛と響く声で、美少女は囁き……扇をオークが掴んだだけで、折れてしまいそうな細い腕で持ち上げると振るったのだった。
振るわれた扇は的確にゴブリンの頭に向けられ……、ヒュンと風を斬る音と共にゴブリンの首も一斉に刈っていた。
ゴブリンの首をそのまま、扇を振ってオークに投げ付け、ゴブリンの首から血の噴水が放たれる中……美少女はオークたちに向かって不敵に笑った。
それを見ていた彼らは……その表情でさえ、魅惑的であると感じるのだった。
次回、汚物消毒予定