番外:ライトの冒険~光~
自分がどの餌を選ぼうとしても、だれにも邪魔をされることが無い。
そう考えながら、瘴気を纏ったモンスベアーは膝を突く餌どもを見渡した。
2人はつい先程も思ったが、あまり餌としては美味しくないだろう。ただし、男のほうは恨みを腹統べく踏み潰してやることは決めていた。
そして、あとの3人の女……1人は脂が乗ってなくて、量は一応あるけれど……筋ばかりで噛み応えは良くなさそうだ。じゃあ残り2人はどうだろう?
杖を持っている女のほうは、脂が乗っていてきっと美味しいだろう。けれど、軟らかすぎるのではないだろうか? だったら、もう1人はどうだろう? 自分の攻撃を受け止めたけれど、やっぱり吹き飛ばされた女のほうをモンスベアーは見た。
服に付着している血から漂う匂いは甘く美味しそうだ。それに……見る限り少しだけ栄養が少なそうだけれど、きっと美味しいだろう。
決めた。この餌を食べよう。そう考えて、一歩一歩モンスベアーは歩き出し始めた。
徐々に起こり始めている変化に、まったく気づかないまま……。
「くそっ! 動け……動けよ、俺の体っ!!」
そうフォードは必死に叫び、立ち上がろうとする。けれど、身体が瘴気の影響かまったく力が入らなかった。
神殿での戦いのときは、瘴気は殆ど気にならないほどの濃さで周囲に立ち込めていたのだが……今は、その数十倍の濃さの瘴気が立ち込めているのだ。
そして、それだけの濃さの瘴気は下手をすれば瘴気中毒となって、人体に影響を及ぼしてしまう可能性も高かった。
徐々に近づいてくるモンスベアーの対処を行うために、フォードは剣を地面に突き刺し、力を込めて立ち上がろうとする。けれど、力を込めて立ち上がろうとした瞬間――モンスベアーが邪魔なものと認識していたフォードを薙ぎ払い、彼の体は吹き飛ばされた。
「がはっ! う――サ、リー……さん、にげ……て――」
「フォード殿! くそっ、瘴気とはこれほどの物なのか……っ!」
そう言って、地面に身体を打ちつけた彼の意識は刈り取られて……闇の中へと落ちていった。
倒れたフォードを見て、ハツカは槍を握り締めて己の無力さに嘆きつつ、近づいてくるモンスベアーを睨みつけ……間近に近づいた瞬間、槍を滑らせて足の先を突き刺した。
けれど、足の皮が分厚いのか槍はまったく刺さらず……、お前はまだだと言う意思を持った瞳でハツカを見てから、軽く腹を蹴り飛ばした。
ハツカから息が洩れる音が聞こえたが、その後はカヒューカヒューとしか言っていなかった。
徐々に近づいてくるモンスベアーに対し、ルーナは恐怖しながらヒカリを抱いて……足で地面を押しながら、ズルズルと後ろへと下がって行く。
「ひっ、こ――こないでっ、こないでっ!!」
『GGGGRRRRRRRRRUUUUU』
「ひ……ひいぃぃぃぃっ!!? ラ――ライくんんぅぅぅぅっっ!!」
身体を震わせるほどのモンスベアーの雄叫びに、ルーナは乙女のように悲鳴を上げ……その場には居ない自分のゆうしゃに助けを求めた。
そして、彼女の耳には聞き慣れた足使いと、望んでいた声が届いた。
「はああああぁぁぁぁぁっ!! <ウィニングソーーッド!!>」
『GRUu?』
「え……? ラ、ライくん? う……うそ、どうしてここに?」
剣が銀色の軌跡を描き、モンスベアーの身体を斬り、ルーナが待ち望んでいたゆうしゃが彼女を庇うように姿を現した。
その姿が自分の幻覚かとルーナは思ったが、それは正真正銘紛れも無く……ゆうしゃライトだった。
「なんだか……なんだか凄く嫌な予感がしたんだ。ルーナやヒカリともう会えないような、そんな予感が……だから、間に合ってよかったよ」
「ライくん……うん、うん……」
「う……ライ、ト……?」
「待っていてくれ、ルーナ、ヒカリ。こいつはぼくが倒してみせる! はあああっ!! な――なにっ!?」
気合を入れた一撃をモンスベアーに向けて攻撃したライトだった。その一撃はモンスベアーの身に纏う瘴気を切り裂き、モンスベアーの肉体へと届き――剣はパキリと折れた。
モンスベアーに大打撃を与えることが出来ると睨んでいたライトは、折れた自分の剣に唖然とし……何が起きたのかと自身の剣とモンスベアーを見比べた。そして、そんな判り安すぎる隙をモンスベアーが見逃すはずも無く……。
「しまっ!? が――ふげっ!!?」
「い、いやあああぁぁぁぁぁっ!! ライくんぅぅぅぅぅぅっ!!」
宙を舞うライトの身体を見たルーナの絶叫が、森に木霊する中……突然、眩い光が放たれ、森を包み込んでいった。
光が森を包むと、モンスベアーから噴出していた黒い煙が霧散するように消え去っていき、同時に……フォードとハツカが傷を癒えるのを感覚で理解し、ライトは何が起こったのかと凹んでいる鎧を見て呆然としていた。
そして、この光……いや、傷が癒える感覚にフォードは覚えがあった。だからだろう、彼はこの光を放っている人物を探し始めた。
「これって……まさかアリス……? 本当に生きて……え? サリー、さん?」
「フォ、フォード殿……サリー殿はどうしたと言うのだ?」
「い、いや……俺にもさっぱりだ……でも、これは……あいつと同じ……」
光を放っている人物をアリスと断定して、見たフォードの目には……虚ろな瞳をしたサリーが立っていた。
いったい何が起きているのか判らない彼へと、同じく何が起きているのか判らないハツカが問い掛ける。
問い掛けられても返答が出来ず、混乱する頭でフォードは状況を理解しようとしていた。けれど、その理解が追いつかないまま、虚ろな瞳をしていたサリーの瞳に感情の光が宿り始め――。
「う――ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
天まで轟くほどの咆哮を放つとともに、彼女の身体からバチバチと紫電が放電されたのだった。
ゆうしゃの特性のひとつ、瘴気の無力化。
あと、サリーさんは某暗殺一家の少年のようなことはしないと思います。多分。