変装しよう
あまりの威力に彼女は唖然としながら、空から地上へと落ちていったわ。ちなみに爆炎が起きた地面が赤くどろどろとしているのが見えたけど、きっと大丈夫だと思うことにしたの。
でも、その途中で何かに気づいて、手で動かして空中を泳ぐようにして少し移動することにしたの。
だってそうでしょ? 彼女が地上に落ちる場所がついさっき跳びあがった場所と同じだったなら、これをしたのが十中八九彼女だって分かってしまうもの。
そして、地上が近づいてくると彼女は自分が住宅街のほうに落ちるのに気がついたわ。彼女は地上を避けて、集合住宅であろう長めの住宅に降りると勢いを殺しながら、屋根をごろごろと転がっていって裏路地となっている場所へと体を落としたわ。
屋根から落ちていく彼女だったけど、裏路地の家々の間に吊るされた洗濯紐の一本を掴むと周囲を見回して、人が居ないことを確認してから、地上に降りたわ。
そのとき、洗濯紐が千切れてしまって干していたシーツが地面に落ちてきて、ようやく彼女はあることに気がついたの。
「そういえば、冒険者たちもモンスターを相手にするって言ってたし……少し変装したほうが良いよね。都合よく目の前にはシーツがあるし」
そう呟いて、彼女は地面に落ちたシーツを掴んで被るように体に羽織ったわ。少し厚手の毛布みたいな大き目のシーツだったから、ばれる心配は無いと彼女は考えたの。
だけど、普通に風で取れたらばれると考えて、彼女は落ちた洗濯物を見渡して、仕えそうな物を探したわ。
パンツに服、外套……うん、パンツは被ったらいけないと思うのよ。紳士は被ることを厭わないらしいけど、あんたは絶対に被ったら駄目よ。
で、結局彼女はようやく目当ての手ぬぐいを見つけて、口元を隠すように首の後ろで結んだわ。
あと、ついでにと思って、裏路地に近い人が居なくなった表通りにある露天からアップの実を2個掴むと、胸元に入れたの。男は胸で相手を判断するってことで大きいおっぱいになってたら誰も彼女だって気づかないと考えたのよね。
……うん、母さんも大平原だけど、それを聞いたらいけないのよ。また聞いたら、可愛いあんたのプニプニホッペを抓ってあげるからね? ……うん、分かれば宜しい。
準備が完了した彼女は、今度こそ向こうへ行こうと考えてそっちを見たんだけど、その直後に彼女が見ていた方向で激しい音がしたのよ。
どんな音かって? んー、悲鳴と家が崩れる音……かな。いわゆる、グアー! ドガシャー! って感じね。……ちょっと、笑わないでよね。
「うわ、ちょっと時間かかりすぎたかも……!」
おんなのこの支度は時間が掛かるのは分かってたつもりでいたけど、いざ自分が行うとこんなにも時間が掛かるものなのかと驚きながら、彼女は戦いが行われている場所に向かうためにジャンプして、住宅の屋根に乗るとそのまま走り出したわ。
走って、跳んで、屋根屋根を渡っていく彼女は正直自分がスーパーヒーローみたいで浮かれたくなったけど、状況が状況なので気を引き締めて、西門へと駆けて行ったわ。
けど、その途中で彼女はある光景を目にしたの。それは逃げ遅れたであろう小さな兄弟がお互いを抱き締めながら、必死に目の前に居る恐怖の象徴である凶悪なモンスターに抵抗する姿だったわ。
「くっ、来るなっ! 来るなよぉ!!」
「に、にぃちゃぁん……!」
『GUGYAAAA!!』
「ひぃ!! おっ、おれたちを食っても美味しくなんて無いんだぞ!?」
「とうちゃぁん! かあちゃぁん! 助けてよぉ~~っ!」
「か、神さま……っ! …………?」
「に……にぃちゃん……あれ」
何時まで経っても来ないモンスターが与える激痛に疑問を抱きながら、恐る恐る兄は閉じていた目蓋を開け……弟のほうは目の前の光景を瞬きひとつせずに見ていたわ。
目の前の光景……それは凶悪なモンスターを前にひとりの白い人物が立ち塞がっていたのだから。そして、彼女の手には剣が握られており、その剣先は精確にモンスターの眉間を貫いていたわ。
剣を引き抜くとモンスターはグラリと揺れて、ズシンと音を立てて倒れたわ。そして、彼女は振り返ると兄は一瞬ボーっとしていたが、すぐにビクリと震えて弟を抱き締めたの。弟のほうはジッと彼女を見ていたわ。
まあ、シーツを羽織って街中に居たら怪しむのも当たり前よね。だけど、彼女は自分を見る兄弟の近くに寄ると出来るだけ優しい口調で言ったの。
「反対側の東門のほうに人は集まっているから、早く逃げなさい」
「――っっ! は、はいっ! 行くぞ!」
「う、うんっ! お、おねーちゃん、ありがと!」
「気をつけるのよ」
礼を言って駆けて行く兄弟に軽く手を振ってから、彼女は西門のほうに振り返るとモンスターが近づいているのが見えたわ。
モンスターは仲間を殺された怒りからか、彼女に向かって襲い掛かろうとしていた。けれど、彼女は剣を構えると駆け出したの。西門に向けてね。
ん? 彼女の剣の腕は凄かったのかって? ……彼だったときは中学で剣道部、高校は帰宅部だったわ。
ああ、中学高校って言うのは、学び舎よ。本を読むのが好きなあんたにはきっとオススメよね、勉強が出来るしね。
まあ彼女の剣の腕は……素人に毛が生えたみたいなレベルだったわけよ。
ステータスだけでモンスターに勝てる現実。でも、同等が居たら分からないけどね。