番外:ライトの冒険~不協和音~
遠くから動物の遠吠えが聞こえる中、シターはうつらうつらしながら、身体を起こした。
板張りの馬車だけど床に敷かれたクッションのお陰で痛みは無く、ぐっすりと眠れていたのだが……ちょっと生理的な現象に逆らうことが出来ずに目が覚めてしまったのだ。
「うにゅ……おしっこ…………」
フラフラしながらも、ぐっすりと眠っているヒカリとルーナを起こさないようにしながら、シターは馬車から降り……トイレなんていう素晴らしい物が無いので、大き目の岩陰に向かい……出す物を出して、すっきりしてから馬車のほうに戻ろうと歩き出そうとしたが、ライトもちゃんと寝ているかを見ようと焚き火のほうへと向かった。
焚き火はパチパチと軽い音を立てていたが、少し薪が足りないのか勢いが弱くなっていたので、身近にあった薪を数本ほど追加し……燃えて行くのを確認してから、彼女はライトのほうを見てみた。
厚手の布を巻きつけて、腕を枕にしながらライトは気持ち良さそうに眠っており、その近くでは従者も眠ってはいるようだけれど、すぐに起きることが出来るように座るように眠っていた。
「あれ? ドブ様が居ません? シターと同じようにトイレでしょうか? ……まあ、別に気にしなくても良いですよね。王都に付いたらお別れですし」
そう呟くシターだが、正直な話……居なくて清々したと思いつつ、再び眠るために馬車に向かって歩き出した。
もしも、このとき彼女がライトの隣で眠ろうと言う積極的な性格だったり、おしっこに目覚めることが無かったら……妙なトラウマが植えつけられることは無かったかも知れない……。
いや、そもそもドブと遭遇することが無かったなら、こんなことには……。
馬車の中へと入るために、タラップに足を掛けて、中に入ろうとしたシターだったが中にルーナとヒカリ以外にもうひとり居るのに気が付いた。
そのもうひとりは、ガサゴソと馬車の中で何かを漁っており……時折、小さい声でふひひと言う声を漏らしていた。
今すぐにでも叫び声を上げたいと思うシターだったが、勇気を振り絞り……ガサゴソと何かをしている人物に声をかけた。勿論、襲い掛かられたときの場合にすぐに対処出来るように、詠唱は短いけれど威力は限り無く低い魔法をすぐに唱えることが出来るように準備をしていた。
「だ、誰ですか……っ!?」
「ふひっ、見つかってしまったでござるっ。撤退でござる、撤退でござる!」
「に、逃がしませんっ。○×△――え、それって…………――ひいいいぃぃぃぃぃぃっ!!?」
逃がしてたまるものかと考えて、シターはすぐに呪文の詠唱をし……逃げようとする人物(声と喋り方で理解してしまっている)へと魔法を放とうとした。けれど、彼女は見てしまったのだ……その人物の顔に装着されている物を……更に両手に握り締められている物を……。
瞬間、彼女は力のかぎり悲鳴を上げ、気を失ってバタリと地面に倒れていった。そして、その悲鳴を聞いて、他の全員が目を覚ました。
ちなみにこのとき、ヒカリとルーナの2人は逃げ去って行く何かは見たのだが、それが何なのかは分かってはいなかった。
「シ、シター!? どうしたんだっ!?」
「ライトッ! 今、馬車の中に誰かがっ!!」
「まさか……泥棒ッ!? みんな、何も無くなっていないっ!?」
シターを抱き抱えたライト、慌てながら馬車から出てくるヒカリとルーナだけれど、すぐに馬車の中に戻って何か無くなっていないかを見始めた。
荷物を調べて、何が無くなっているかを確認すると、特に無くなった物は無かった……無かったのだが……。
「ボ、ボクの下着が、何か2枚ほど違う物になってるんだけど……」
「わたしの下着も、2枚……しかも、何だか買った覚えが無い……いやらしいデザインになってるわ」
「多分、シターのほうも同じかもしんない……。調べていないけど……」
「し、下着が……うぅ」
顔を蒼ざめさせるヒカリとルーナだが、下着の話に抵抗力が無いのかライトは恥かしそうに顔を背けていた。
どんな下着なのかはほんの少しだけ気になるが、見たらきっとライトは鼻血を垂らして気絶してしまうこと間違いなしだろう。
そして、ライトと従者の2人の荷物には何にも無くなった物も増えた物も無かったので安心したのだが……ドブが何時の間にか居ないことに気が付いた。
結果、ヒカリはこの一連の騒動はドブの仕業だと断定した。
「あいつだよ! 絶対、こんなことをしてるのはあいつしか居ないよ!! ボクらを見てる視線も怪しかったしっ」
「推測で物を言うのはダメだと思うわ、ヒカリちゃん。……でも、怪しいのは認めるわ」
「そんな風に決めるのは良くないよ、ヒカリ。ルーナもそう言ってるし、ドブさんもトイレとかに行ってるだけだと思うよ」
「う~~……! ライトは何であいつの肩を持つのさ!?」
「ヒカリ、ドブさんもゆうしゃなんだよ。だから、こんな酷いことをするわけが無いじゃないか」
まったく相手を疑っていないという瞳をヒカリに向けながらライトがそう言うと、ヒカリは下唇を噛み締めて怒りが爆発するのを必死に堪えていた。
そんなとき、岩陰からドブが姿を現した。
「ふひひ、すっきりしたでござる。おや? 皆さんどうしたでござるか?」
「ドブさん、何処に行ってたんですか? 心配しましたよ」
「ふひひ、すまないでござる。小便がしたくなったので、ちょっと岩陰に居たのでござるよ」
「そうでしたか。……だってさ、ヒカリ。犯人はドブさんじゃないだろ?」
「ちっ、違う! 絶対にそいつ! そいつが犯人だよっ!!」
真剣にヒカリは叫ぶのだが、ライトは信じようとはしてくれなかった。
だったら、少し恥かしいが……入れられていた下着を突きつけるしかないだろう。
そう考えてヒカリは、荷物の中から増えていた下着を取り出すと、ドブに突きつけた。
「これ! これ、あんたがボクたちの荷物を漁って、中に入れたんだろっ!!」
「ふひ?! ぬ、濡れ衣を着せるのは酷いと思うでござるよっ! それに、この下着は……おお、良く見るとこの下着はいま巷で流行している『UBOD』の製品ではないでござるか!」
「な、何だよそれっ!! どうせ、あんたが作った出鱈目だろ!? ルーナ姉も知らないよねっ!!」
醜悪な笑みを浮かべるドブにヒカリは叫び、ブランドに詳しいルーナへと問い掛けた。
すると、ルーナは何も言わずに……申し訳なさそうに首を振った。その意味は……ブランド名はあると言うことなのだ。
「そ……そんな……」
「すみません、ドブさん。ヒカリが失礼なことを言って……、ほら、ヒカリ。君も謝るんだ」
「ラ、ライト……。ご、ごめんなさい……」
「ふひっ、良いでござるよ。拙者、こういう見た目と喋り方なので勘違いされ易いのでござるよ。だから気にしないでくだされ、それにもう寝ないと明日が辛くなるでござるよ」
「そうですね。さ、みんな。もう一度眠ろう、じゃないと明日が辛いよ」
「え、ええ……そうね。ヒカリちゃん、馬車に戻りましょう」
不本意でない謝罪に拳を強く握り締めるヒカリへと、ドブがそう言ってライトが頷き、シターを抱き抱えたルーナがヒカリと共に馬車へと戻り……一同は眠りについた……。
それから数日かけて、馬車は地均しされただけの街道を通り、王都のひとつ前にある大き目の街へと辿り着いたのだった。
ドブとライトの組合せは地獄。