疑惑
『えっと……落ち着いたか?』
「は、はい……でも、色々と説明してもらいたいというのは本当です」
「ええ、それは私も聞きたいですね」
落ち着いたサリーを見ながら話をしていると、彼女の元へとハスキーが近づいてきたわ。
そしてその瞳は、彼女を見ているのだけれど……上に立つ者として、目の前の少女が本物かどうかを見極めるように感じたの。要するに、変な行動に出たらすぐにでも対処するといった態度だったの。
その視線に気づいているのか彼女は、ハスキーを見ると何も言わずに頷いたわ。そして、簡単に説明を行おうと考えたときに……高台に立つ【叡智】のクロウが大声を上げたの。
「分かったのである!! 先程の魔法は純粋な魔力を周囲に叩き付けることで、我輩が仕込んだ魔法を破壊し……我輩の溜める行為も無力化したのであるな!! そして、今そこの冒険者どもを治したのは『聖』と『風』の混合魔法であるな!!」
『へえ、良く分かったな。さすが四天王ってことだな。……周囲一帯の魔力に純粋な魔力を叩きつけることで詠唱も発動してる魔法も全てかき乱す、味方が居る中だと使うに使えない機能なんですよね【チェシャキャット】は』
「面白いのである!! 初めは偽者と思ったが、貴様はやはりティーガに殺されたはずの娘であるな!! だが、何故ここに居るのである!! そして、ティーガはどうなったのであるか!!?」
確信を持って言った【叡智】のクロウの言葉に、疑惑を抱いていたであろうハスキーの瞳から少しだけ警戒が解けたように見えたの。だから、その礼を兼ねて……クロウのほうへと彼女は振り向いたわ。
『確かに……アタシは殺されたけど、蘇ったわ。そして、ティーガはオレが倒した。だからここに来た。それでいいか?』
「ば、馬鹿な!? 魔王様から頂いた力を完全に解放したティーガを倒したと言うのであるか、貴様は!!? だが、殺される前とは遥かに違う魔力量……けれど、何故であるか!!?」
『それは自分で考えてください。あの世なら考える時間はたっぷりあるんだからよ』
「減らず口である!! ならば、貴様を逆にあの世に送り返してやるのである!!」
そう言うと彼女はワンダーランドを構え、高台へと歩き始めたわ。
近づいてくる彼女に恐怖を抱いたのか、備えようとしているのか【叡智】のクロウからは黒い魔力が溢れ出して来ていたの。
そして、高台に向かおうとする彼女にサリーが同行をしようとしたのか、近づこうとしたんだけれど……。
「し……師匠! ひとりじゃ危険ですっ! ワタシたちも――」
『ごめんなさい、サリー様。それと皆様の力だと……。あそこの鳥野郎よりも、オレの力で巻き込んでしまいそうだから離れていてくれ』
「そ、そんな……? 冗談ですよね、師匠?」
明確な拒絶を受けて、恐る恐るサリーが彼女にもう一度尋ねたんだけれど……返答として、彼女は朱色に輝く球を2つ取り出し……一瞬で短剣に変えると、サリーへと手渡したわ。
受け取ったサリーは、いきなりの行動に目を点にさせつつ……彼女を見たんだけれど……彼女はサリーの目を見ずにハスキーのほうを向いていたの。
その行動が、より一層サリーの心を不安にさせたわ。
『ハスキー様、サリー様たちを……皆様をよろしくお願いします。あと、これは餞別だから貰ってくれ』
「アリスさん……、あなたは今はどちらの……いえ、ありがとうございます。彼らのことは、任せてください」
「お、叔父さん? 師匠?」
「……皆さん! すぐに神殿から離れます!! 急いでくださいっ!!」
いきなりのハスキーの言葉に冒険者たちは驚きつつも、それに従って先程入ってきた扉に向けて移動を開始したわ。
けれど、いきなりそんなことを言われてサリーとフォードが黙っているわけがなかったのか、2人が高台に向かって駆け出そうとしていたの。
でも、その気配にハスキーは気づいていたのか素早く2人の前に移動すると、問答無用で鳩尾を殴りつけたわ。
力を込めず、中に浸透するようにした拳は2人に軽いうめき声を上げさせ……気絶させたの。
2人を抱き抱えつつ、ハスキーは彼女に視線を送り……頭を下げてから、その場から立ち去ったわ。
立ち去って行く彼らを見届けてから、彼女は高台のほうに視線を向けたの。
『一応待っていてくれたことには感謝します。だからといって手加減はしねぇけどな』
「褒められたことには嬉しいのであるが、貴様を完膚なきまでに叩き潰すというのに、あの者たちが居たから本気を出せなかったと言われたら腹が立つのである!! それに、貴様を倒したら全ては終わるのである!!」
『そうですか……。でしたら、徹底的に叩きのめして、塵ひとつ無くしてやるよ』
そう言って、彼女はワンダーランドを構えると【叡智】のクロウが立つ高台へと駆け出して行ったわ。