上手く使おう
ワタシたちが駆け抜けて行くと、突然神殿の床がぐにゃりとして……まるで粘土のようにワタシたちの足が沈んで行きます。
それを見ていた、【叡智】のクロウは思い出したように口を開きました。
「おお、それは我輩が扉を閉めてから3回目に思いついた『特定の地面を沼のように軟らかくする』という魔法である!!」
「く、くそっ、抜けねぇ!! だったら――ハスキーさん、後は頼んだぜ!!」
「え、――きゃっ!? ――ふぐっ?!」
「すみません……、あなたがたの犠牲は決して無駄にはしません!」
「あいたた……え、それって……――っっ!! ま、まさか!!」
沈み始める床に驚いていたワタシですが、突然近くに居た冒険者の一人に引っこ抜かれて、その場から投げられました。
いきなり投げられて顔を打って痛いながらにどうしてそうされたのかと驚きましたが、ハスキー叔父さんの言葉に振り返るとその冒険者を含め数名の冒険者が床へと吸い込まれていくのが見えました。
つまりは、ワタシたちを助けるために自分たちは犠牲になると言うことを選んだのだ。そんな彼らの想いを無駄にしないようにするべく、ハスキー叔父さんは前へと歩き出しました。
そうです。ワタシたちは彼らの想いも受け取ったんです。だから、ここで立ち止まってはいけません。
……それにこれで立ち止まってたら師匠に笑われますよね。草葉の陰で見ていてくださいね、師匠。
心でそう思いながら、近づいて行くワタシたちでしたが、ある一定の距離に近づくと突然足元が光だして……床の石畳を使って巨大な石巨人……ゴーレムが姿を現しました。
「おお、それは軟らかくなった地面を抜け出せた者がこちらへと来るさいに排除するために用意した『羽虫撃退用ゴーレム作成』の魔法である!!」
「羽虫ですか……舐められたものですね。フォードくん、お願いできますか? ちなみに断ればどうなるか分かっていますよね?」
「は、はいぃぃぃぃぃっ!! 誠心誠意頑張らせていただきますぅぅぅぅぅっ!!」
にこやかに言ったハスキー叔父さんと、恐怖に怯えるフォード君……もしかしたら、ワタシが知らないうちに何かあったのでしょうか……?
そう思っていると、ヤケクソと言う言葉が合いそうな感じにフォード君が剣を構えて、ゴーレムへと突撃して行きました。
対するゴーレムは近づいて来るフォード君を叩き潰そうと拳を振り上げ、力任せに振り下ろして行きました。けれど、フォード君は咄嗟に反応出来たらしく、剣を頭上で振って拳を簡単に斬り落としました。
残った冒険者の方たちもフォード君の剣の切れ味にやっぱり絶賛しつつ……って、フォード君本人の評価は無いんですね。……まあ、ワタシから見てもフォード君は成長途中だから、今の段階だと良くて下の中か下の上って所ですけどね……。
とか思っていると、武器の性能のお陰か少し苦戦しながらもフォード君がゴーレムの核となっているらしき物を叩き切るのが見えました。
「はぁ……はぁ……み、見たか!!」
「はい、良く出来ましたね。頑張りましたよフォードくん」
「な、何という凄い剣であるか!? 我輩のゴーレムをいとも容易く倒すとは!! ただし、使い手は全然であるのが幸いである!!」
「それは認めます。ですが、それを上手く扱うと言うのも大人と言うものですよ。ですから、あなたの仕掛けたトラップ魔法も今あなたが覚えている魔法も過信しないほうが良いですよ」
何気に酷いことを言ってるハスキー叔父さんは【叡智】のクロウへと歩いていきます。
叔父さんが歩く度に、【叡智】のクロウが仕掛けていたトラップとしての動物型や人型のゴーレムが現れて襲い掛かってきますが、冒険者とフォード君が頑張って何とか退治してました。ちなみにフォード君は少し休ませてと言ってますが、そんなことは関係無いと言わんばかりに、叔父さんたちは進むように指示します。鬼と言いますが、冒険者としては当たり前ですよね。
そう思いながら、フォード君に合掌しつつワタシたちは高台へと少しずつ進んでいきます。
厄介な魔法を使ってきたとしても、フォード君が何とかする。そんな考えを抱きながら、【叡智】のクロウへと近づいていきますが、突然【叡智】のクロウが叫び声を上げました。
「仕方ないのである!! これ以上近づかれると面倒くさいと思うので、魔王様から頂いた力を使うのである!!」
そう叫ぶと、【叡智】のクロウは懐から何か球のような物を取り出し……それを口に入れました。
すると突然、異常なほどの……可視出来るほどの魔力が【叡智】のクロウから立ち昇りました。
驚き、警戒したワタシたちですが……それは無駄でした。
「おお、何と言う力であるか!! 今なら、覚えている魔法を全体に行き渡らせそうである!! 貴様ら、これを見るのである!!」
「見ろと言われて見る馬鹿はいねぇよ!」
「そうだぜ! 何を見れと言ってるのか気になるけど、きっと罠に違いないしな!」
冒険者たちとフォード君が口々にそういう中で、ワタシはとりあえず地面を見ることにしていました。すると、突然地面を照らすまでの眩い光がワタシたちを襲いました。
何の光だと驚いて、顔を上げそうになりましたが……とりあえず、必死に堪えて地面を見ていると……足の爪先から違和感を感じました。いったいどうしたのかと思いながら、足の先を見ると……履いているブーツの先が石になり始めていました。
「な、何だこれっ!? か、身体が石に――っ!!?」
「見ていなかったのにどうしてっ!?」
「そ……そんな……!?」
「ふ、ふは……ふはははっ!! 凄いのである、凄いのである!! 我輩は『光を見た者は身体が石になる』魔法を使ったと言うのに、魔王様の力でその魔法は『光を浴びた者は身体が石になる』魔法になったのである!! 凄いである!! さすが魔王様の力である!!」
高笑いする【叡智】のクロウの声を聞きながら、ワタシは顔を上げると……周囲にはついさっきまで一緒に戦っていた冒険者を象った石像が苦悶の表情で固まって……いえ、これは冒険者を象ったのではなく、本人ですね……。
石になるのは時間差があるらしく……、周囲から悲鳴が聞こえてくるのが分かりました。
でも、何でワタシは石になるのが遅いのか……そう思いながら、前を見ると……ハスキー叔父さんがワタシを庇うように立っているのにようやく気づきました。
「お、おじさん……」
「無事……では無いみたいですね。すみませんサリー……」
石になり始めている身体を動かして、ハスキー叔父さんがワタシを見つめます。見つめながら、叔父さんは謝り……ワタシは自分の弱さを嘆き、フォード君も自らの無力さに涙を流していました。
けれど、ハスキー叔父さんの瞳はワタシたちを優しく見守りながら……完全に石になり、ワタシも顔が石になっていき……頭がまったく回らなくなってきました……。
そんなワタシが最後に見た光景は、黒い円が上空にポツンと見えただけでした。