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第3話 放課後

 その日の放課後。



「なぁなぁ、護。いまからウォッチしにいかないか?」


 1日の授業が終わり、帰り支度を始めた護に声をかける少年がいた。


 微かに茶色っぽい髪とメガネが特徴的な少年の名前は矢上峻(やがみしゅん)

 護の前の席に座る少年だ。


「矢上。お前の馴れ馴れしさは置いといて、なにウォッチに行くんだ?」


 意味深な笑いを浮かべる峻に呆れつつ、護はそう返した。


「親しみを込めて、峻でいいぞ」

「親しみを込めるかはさておき、じゃあ峻。改めて聞くけど……なにウォッチだ?」

「そんなこと、決まっているだろう? この学園は全国入りたい高校ベスト5には必ず入る彩雲学園! その最大の理由は!」

「理由は?」


 なんとなく先が読めた護は、当たらないといいなぁ、と思いつつ、聞き返した。

 そんな護の不安をよそに、峻はニヤリと不敵に笑い、椅子から立ち上がって握りこぶしを作った。


「美人が多いからだ! というわけで、美女ウォッチに行こう」

「なにが、というわけで、だ。お前のおふざけに付き合う気はない」

「ふざけてなんかいない! 護! お前にはこの目がふざけているように見えるのかね!?」


 このあとの美女ウォッチを想像してか、峻の顔は緩みきっていた。

 このまま通報したら逮捕されるんじゃないかなぁ、と思いながら、護は大きく縦に首を振った。


「ふざけているようにしか見えない」

「あ、バレた?」

「バレたっていうか、バレバレっていうか、いや、まぁいいや。とにかく俺は嫌だ」


 あまりのくだらなさに、右手で額を軽く押さえながら、護はそう伝えた。


 しかし、峻はめげずに護に近寄り、肩に手を回した。


「まぁ、美女ウォッチで時間を浪費したくないっていう護の気持ちはわかったよ」

「時間の浪費だってわかってるなら、最初から提案するなよ……」

「いやいや、この会話だって青春を浪費しているといえるだろう? 人生は無駄が大切なのさ」


 なるほどと護は心の中で呟いた。


 今度、同じ言葉をリリーシャに贈ろうと決意しつつ、護はニコリと笑っている峻を見た。


 クラスの男子の中で一番、整った顔立ちをしているのは峻であり、背も175センチと、長身というには物足りないものの、低くはない。


 松岡から、入試だけでいえばクラスで一番順位が高いということも聞いていた護は、これで女好きを表面に出さなければモテるだろうに、と思いながらため息を吐いた。


「なんでため息?」

「いや、気にするな。それで? 美女ウォッチを諦めて、なにをする気だ?」


 よくぞ聞いてくれました、といわんばかりに峻は笑みを深めて、胸ポケットからMADを取り出した。


「美女ウォッチはまだ見ぬ美女を探す旅だ。たしかに美女を探して見つからなければ時間の浪費といえるだろう」

「いや、別に見つかっても浪費だろう……。だいたい、見つけてどうするんだよ? ナンパでもするのか?」

「遠くから鑑賞する。美人を見ているだけで、心は癒されるんだぞ?」


 峻の言葉に護は強めに首を横に振った。


 すくなくとも護が知っている中で、1位、2位を争う美女であるリリーシャが、護に癒しを与えてくれたことはほとんどなかったからだ。


「美女で苦い経験でもあるのかなぁ?」

「やかましい。で? なにするんだよ?」

「おお、そうだそうだ。我が情報網を持ってすればだな、別に美女を探して歩く必要はないんだ。各学年のナンバーワン美女が居そうなところをオレは知っている!」


 えっへんと胸を張る峻に対して、護はだからどうした、といおうとして、やめた。


 峻が出していたMADに、自分が知っている少女の顔が映し出されていたからだ。


「九条……美咲だったか?」

「おっ! お目が高い! 1年生では1位、2位を争う美少女と評判の九条美咲ちゃん! 十三名家筆頭の九条の娘でもあるし、お近づきになれば就職先には困らないぞ~」

「そんなことのために友人を作る気はない。しかし……この写真……」


 峻のMADに映っている美咲は、彩雲学園とは違う制服を着ていた。

 私服とは思えず、護は首を傾げた。


「盗撮……じゃないよな?」

「なんで盗撮する人間に笑顔を向けるんだよ。これは去年の十三名家会議の時の写真だ。着てるのは中学の制服だな。九条の娘だから、公の場に出ることが多いんだよ、彼女は。大抵のアイドルより可愛いし、人気だぞ? って……知らないのか?」

「全然、正直テレビとか見ないしな」


 そういえば、中学のときに十三名家会議で盛り上がっている男子が大勢いたなぁ、と護は思い返した。


 十三名家会議で取り上げられる小難しい話題で盛り上がるなんて、真面目な奴らだと思ってたけど、盛り上がってた理由はこの子か。


 中学のときの謎が1つ解けた護は、出会ったときの美咲が驚いた理由にも合点がいった。


 騒がず、慌てず、ただ普通に自己紹介したからか。


 アイドルよりも人気だということは、顔も売れているということだ。

 入学式の時点で相当、騒がれたのだろう。


 体育館の裏に来ていたのもそのためか、と1人で納得した護は、美咲に同情した。

 十三名家の人間というだけで苦労が多いだろうに、美咲は加えて、騒がしい周りとも付き合わなくちゃいけないのだ。


 A組という少人数のクラスにいるときならまだしも、放課後とか大変そうだろうな、と護は峻を見て思った。


「では、同志護よ。オレと一緒に目の保養に行こうではないかっ!」


 大げさに両手を広げて誘ってきた峻に呆れつつも、護は肩を竦めて返事をした。


「まぁ、ついて行くだけなら構わないさ。ついて行くだけだけどな」

「え……? マジ? どういう風の吹き回しだよ……」


 護の言葉に心底驚いた表情を峻は浮かべた。

 誘いはしたものの、本当に護がついてくるとは思わなかったのだ。


「ちょっと気が向いたんだよ」


 護は驚く峻にそう答えた。


 ここで峻を放っておいて、美咲が嫌な思いがするようなことになれば、なんとなく自己嫌悪しそう、という本心を隠して。


 護が内心では自分を危険人物扱いしていることも知らずに、峻は自分のMADに映る美咲と、護を交互に見て、はっとした表情を浮かべた。


「まさか……」

「ん?」

「惚れたのか?」

「違うわ!」


 やっぱりついて行くっていったのは失敗だったかなと、護は深くため息を吐いた。






◆◇◆






「オレの情報によれば、美咲嬢は今、屋上にいるらしい」

「どこからの情報だよ……」

「ただでさえ美人は目立つし、有名人だからな。目撃情報はネットに一杯転がってるのさ」


 MADを揺らして、峻がニヤリと笑った。


 これがもっと重要な目的のためであれば、護も感心したかもしれないが、美人を探すためというくだらない目的のため、護は呆れたように首を横に振った。


「情報収集能力の無駄使いだな」

「オレは無駄使いとは思ってないからいいんだよ」


 満面の笑みを浮かべながら、峻は早歩きで階段を上っていく。

 遅れないようにしながら、護は辺り窺った。


 屋上に近づけば近づくほど人気が無くなっていく。

 人気を避けられる場所を選んでいるのだろうから、当然といえば当然だが、護は微かなざわつきを覚えた。


 人目がないということは、トラブルに巻き込まれても、誰も気付かないということでもある。


 彩雲学園には監視センサーが至るところについており、学園が校内での使用を禁止している魔術が発動した場合、警報が鳴る。

 禁止している魔術は対人攻撃用全般であり、その術式が刻まれたラピスを所持するのにも許可が必要になる。


 ゆえに学園内での魔術的なトラブルはあまりない。

 けれど、それはあまりである。

 年若い子供たちが生活している以上、感情的になる場面も多く、それが魔術の使用を踏み切らせることもある。


 何事もなければいいけれど。


 そう護が思ったときに、峻が足を止めた。


「どうした?」

「……あれ」


 もう少し進めば屋上のドアがある。

 しかし、峻は身を隠すようにしゃがみ込むと、自分と同じ位置に護を呼び寄せた。


 峻と同じ場所に行くと、護は心の中で舌打ちをした。


 ドアの向こう側。

 そこでは美咲が背の高い男子生徒に手を掴まれていた。


「美咲嬢ピンチか? いや、でもA組だしやばくなったら自力で撃退できるか?」

「いや、それはできないかもしれないぞ?」


 護は目を凝らして、美咲の腕や足を見た。

 そこには装飾品の類はなく、首元から何かを垂らしている様子もない。


 基本的にギアの形状は腕輪やネックレスが多い。

 身につけられる物でなければ魔力を送り込めないからだ。


 手持ち式の物もあるにはあるが、それを美咲は取り出す素振りを見せない。


「どういう意味だよ?」

「ギアを持っていないのかもしれない」


 魔術師はギアがなければ魔術を使えない。

 これは絶対であり、どれだけ強力な魔術師でも例外はない。


 戦場でギアを失った魔術師は一瞬で非力な人間になる。

 まずはギアを失わないこと。魔術師が戦場で教えられる最初の言葉である。


 学園側が魔術的トラブルを回避するために、ギアを回収したりしないのも、このためだ。

 魔術師にとってギアは生命線。手放すことを極度に恐れる者も多い。


「九条のお嬢さんがギア持ってないなんてことはないだろう……」

「故障中とかメンテナンス中なんてこともありえる。とにかく……なんとかしないと大事だな」


 美咲が両手をつかまれたのを見て、護はそう呟いた。

 峻もようやく事態の深刻さを理解したのか、微かに顔を青白くした。


「どうする? 魔術使って警報鳴らすか?」

「この場を離れられたら意味はない。とりあえず俺たちが姿を見せよう。それで何事もなければ、何もしない。男が怪しいなら……俺が止める」

「自信あるのか……?」

「体術は得意だからな。近づけば問題ないさ」


 そういって護と峻は頷き合うと、立ち上がってドアを開けた。






◆◇◆






「美咲ちゃんさぁ。このあと暇でしょ? 俺とデートしてよ」

「離してください。人を呼びますよ?」

「無理無理。ここは滅多に人来ないから。だから君も来たんだろう?」


 美咲は目の前にいる2年生の男子生徒の言葉に反論できなかった。


 帰宅しようとクラスを出たと同時に多くの生徒に囲まれた美咲は、騒ぎが収まるまで人気のないところで隠れていようと、屋上まであがってきた。


 そんな美咲を見つけた2年の男子生徒が言い寄ってきたのが、事態の始まりだった。


 最初は言葉であしらっていたが、次第に男子生徒は興奮し始め、美咲の腕を強く掴んだ。

 いつもならばその時点で軽い魔術を使用していただろうが、あいにく、美咲のギアは調整中であり、美咲はギアを保持していなかった。


 それをめざとく察した男子生徒は更に調子に乗り、美咲にせまっていた。


「ちょっとくらい良いじゃん。ファンサービスだと思ってさ」

「私は十三名家の娘の義務として、公の場に出ているだけです。そんなサービスをする義務も義理もありませんっ」


 自分をアイドルのように扱う同年代の者たちが嫌で、彩雲学園に来た美咲としては、男子生徒の言葉は酷く腹立たしいものだった。


 美咲は男子生徒をキッと睨むが、男子生徒は意にも介さない。

 ギアの無い美咲がどれだけ凄んだところで怖くはないとわかっているのだ。


 ギアさえあれば。

 そう美咲は思わずにはいられなかった。


 1日くらいならば平気だろうと、油断したのがいけなかった。

 学園内でもトラブルに巻き込まれる可能性は十分にあった。

 予備のギアくらいは持ち歩くべきだったと、今更ながら、美咲は後悔した。


「十三名家とは釣り合わないかもしれないけどさ、俺も結構良い家柄なんだぜ? 俺も2年のBクラスじゃ相当良い位置にいるし、デートの相手くらいなら問題ないでしょ?」


 デートの相手に家柄も成績も関係はない。

 そう言おうとして、美咲は男子生徒の目が血走っているのを見て、口をつぐんだ。


 下手に挑発すれば何をされるかわからない。

 ここは大人しく人目のあるところまで一緒に行くべきかもしれない。

 そう思ったとき、屋上のドアが開いた。


 男子生徒が素早く振り向いた。

 人に見つかれば問題な行為をしている自覚はあるのだろう。


「失礼ですが先輩。俺には彼女が嫌がっているように見えるんですが?」


 ドアを開けて屋上に出てきた生徒は2人。

 そのうちの1人。

 男子生徒の行動を指摘した生徒に、美咲は見覚えがあった。


「結城君……?」

「入学式以来だな。で? 痴話喧嘩には見えないけれど?」


 護の言葉に美咲はコクリと頷いた。

 それを見て、護は猫背気味だった背を伸ばし、男子生徒に視線を移した。


「手を離したらどうですか?」

「うるさい! お前、1年だな? 悪いこといわないから、今、見たことを忘れて、回れ右をしろ! 怪我したくなきゃな!」


 男子生徒は美咲の手を掴んでいない方の手を護へと向けた。

 その手には白い腕輪型のギアがつけられていた。


「ちょっ!?」

「正気ですか!? 校内での対人用魔術の使用は禁止されているんですよ!」

「うるせぇ! 黙ってろ! お前が俺に従わないのが悪いんだよ! いや、ちょうどいい。こいつらに怪我させたくねぇだろ? 美咲ちゃんが俺とデートしてくれるなら」


 男子生徒の言葉はそれ以上続かなかった。


 美咲の言葉に逆上し、視線を美咲に向けた瞬間に、護が男子生徒に近づいていたからだ。

 美咲の驚いた表情を見て、男子生徒は振り向こうとして、できなかった。

 護の右手が男子生徒の側頭部に当てられていたからだ。



「その誘い方は流石に拙いと思うぞ。まだ峻のほうが上手くやる」


 護は言葉と同時に下半身を捻り、その勢いを右手に伝えた。

 微かに右手首を捻り、男子生徒の側頭部を押し込んだ。


 打撃というほど強いモノではなかった。

 けれど、男子生徒の視界は歪み、すぐに膝が震え始めた。


 中国武術の発勁。

 気を送り込む、気を伝えるなどといわれるこの奥義を、護は魔力で再現したのだ。


 僅かな衝撃と共に魔力を送り込み、男子生徒の体内魔力の流れを乱す。

 強めにやれば内臓すら破壊可能な技だが、護は絶妙な手加減で、眩暈を起こさせる程度の威力に抑えていた。


 そのまま護は男子生徒のギアを取り外したあと、腕を背中側に決めた。


 魔術師を確保するときのセオリーどおりの動きであることを、美咲はすぐにわかった。


 自分や自分の父の護衛につく手練の護衛並の手際の良さに、美咲は護をまじまじと見た。


「結城君……あなた一体……」

「元軍人に体術を習っていたことがあって、そのときに教えてもらったんだ。まぁ、そんなことは良いとして……こいつをどうする? 魔術を使用したわけじゃないし、俺の過剰防衛になるのかな?」

「いやいや、ギア向けて脅してきた時点でそっちの先輩が悪いだろう。鮮やかに取り押さえてるけど、普通はそんなに上手くいかないからな?」

「相手が油断してたからな。たまたまだ。まぁ、過剰防衛じゃないならいいんだ。で、どうすればいい?」


 峻の言葉に護はそう聞き返した。

 取り押さえたはいいが、その後のことは考えていなかったからだ。


 峻は、だろうと思った、と呟きつつ、美咲を見た。


「教師を呼んで、九条さんに事情説明してもらうのが無難だろう。先輩を確保した状態で職員室まで行くのは遠慮したいだろう?」


 護は峻の言葉に頷きつつ、眩暈が収まり始め、抵抗を始めた男子生徒の拘束を強めた。




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