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第2話 初日


『ん……は、い……?』


 2052年4月6日の朝。

 試しにリリーシャに電話をしてみた護の耳に届いたのは、冷たさすら感じる怜悧な声――ではなく、可愛らしさすら感じる寝ぼけた声だった。


 そういえば朝苦手だったなぁ、と思いつつ、護は自分が悪手を打ったことを察した。

 けれど、今更止めるわけにもいかないため、仕方なく寝ぼけているだろうリリーシャに呼びかける。


「あー、おはよう。悪い、寝てたか……?」

『……』


 護が恐る恐るそう訊ねると、無言が返って来た。

 ああ、やばいなぁ、と思っても、通話を切る勇気は護にはなかった。

 ここで通話を切れば、あとでもっと厄介なことになりかねないからだ。


「話があるんだけど……今、大丈夫か?」

『……掛けなおします』


 そういってリリーシャは通話を切った。


 護は自分の運の悪さを呪いつつ、ため息を吐いた。

 あれはきっと、意識が覚醒したか、覚醒一歩手前までいったに違いない。

 寝ぼけた状態で通話することを良しとせず、しっかり目を覚ましてから電話を掛けなおしてくる気なのだ。


「やっぱ夜にすべきだったかなぁ……」


 夜は夜で寝ている可能性もあるため、危険度でいえば一緒だが、朝より夜のほうが寝ぼけている可能性は少なかったはず。


 今更ながら後悔しつつ、護はリリーシャからの掛けなおしを待ちながら、寮の自室で制服に着替え始めた。


 ホールの出現のせいで、一斉に住民が居なくなった彩雲市は土地が余っており、そのせいか彩雲学園は広い敷地内に各学年ごとに男子寮、女子寮を持っていた。


 そのおかげで護はそれなりに広い個室で、ゆっくりと着替えることができていた。


 身だしなみを人前に出てもいい程度に整えた護は、黒のブレザーを着ようとして、やめた。

 スラックスのポケットに入れてあるMADが振動したからだ。


 画面を見るまでもなく、護は通話を選択した。


「はい」

『おはようございます。護。しかし、こんな朝から電話をするのは失礼です。こちらに対する配慮に欠けています』


 早口で文句をいわれた護は、部屋にある時計をみた。

 時刻は午前7時45分。

 電話を掛ける時間にしては、早いといえば早いかもしれない。

 しかし。


「俺は以前、午前3時くらいにアストリアに連れて行かれた覚えがあるんだけど? 無理やり」

『緊急の案件だったからです。それとも護の用件は緊急なのですか?』


 微かに拗ねたような口調になったのを感じた護は、軽くため息を吐き、傍にあるベッドに腰を下ろした。


「緊急じゃないけど、ちょっと頼まれてさ。それに今日は予定で埋まっているんだろう? 朝しかないかなって思って」

『……それで? 用はなんですか?』

「別に大したことじゃない。この学園の制度のせいで、調子に乗る奴がいる。どうせ昨日言おうとしたのはこの事だろう?」

『そうですか。もう実感しましたか?』


 昨日、リリーシャがいった意味深な言葉は、この学園が抱える問題を指していたのだと、護は理解していた。


「実感は……してない。けど、担任の松岡って教師が悩んでたな。あの人は理事が動けばなんとかなるって考えてるみたいだけど?」

『制度をなくすのは簡単です。ただ、それをすれば、レベルの高い生徒とレベルの低い生徒が一緒に授業を受けることになります。今より酷いことになると私は思ってますが?』

「まぁ……だろうな」


 クラスを分けて、それぞれに合っている授業を行っているからこそ、クラス内で優劣がつかないのだ。

 これでクラスを混成にしてしまえば、教師陣の負担は増えるし、クラス内でも優劣が出来始める。


 結局のところ、生徒が自発的に気付くしか手はない。

 優れていると錯覚しているB組も、劣っていると錯覚しているほかの組も。


 そもそも魔術は魔力の総量で全てが決まるわけではない。

 ラピスに刻める術式は1つだけである以上、1つのラピスで使える魔術は1つ。

 ギアにセットできるラピスはせいぜい3つか4つ。


 一方、魔法師が操る魔法の数は20から30は最低でもある。

 使える手札が違う以上、魔法師と魔術師では戦術の幅が違いすぎる。


 また、レムリアもアストリアも十三名家が行っているような膨大な魔力や優秀な資質を持つ者同士の婚姻を、ずっと前から繰り返している。

 レムリアの魔法師と、地球側の魔術師を比べれば、魔力の差は歴然。

 地球側にも例外はいるが、地球側で多いとされる基準で、レムリアの平均に届くかどうか。

 魔力の量ではそもそも“敵”とは勝負にならないのだ。


 だからこそ、魔術師は汎用性の高い魔術を取得したり、1つの魔術の精度や威力を高める。

 汎用性の高い魔術は、手数の少なさを補うことができ、特化した魔術は魔法師を倒す際の武器になる。


 魔術師に必要なのは素質ではなく、研鑽。

 それができない者は早々に散っていく。


『教師陣の言葉に耳を貸さないのです。理事である私にできることなどありません』

「相変わらずクールだなぁ……」

『……下にいることが嫌なら、あなたをA組にしましょうか? それだけの力はあります』


 リリーシャの提案に護は苦笑した。

 リリーシャらしくない提案だったからだ。


「まだ入学式が終わったばかりで、右も左もわかってないのにクラスを変えられても困るし、なにより、上に行きたいなら自力で行く」

『護。あなたには確かに力はあります。けれど、学園ではそれを存分には発揮できないはずです。嫌ではないのですか?』

「自分で入れといて、そういうこというなよ……。まぁ、俺は別に学園を卒業して、何かになりたいっていう目標があるわけじゃないから、学園内でどういう評価をされようと気にならないかな」

『既にアストリアの騎士ですからね。人が通常、目指す場所にはあなたは既にいます』

「別になりたくてなったわけじゃないけど。おっと、もう時間だ。わざわざ起こして悪かった。こっちの問題はこっちで解決するよ。じゃあ、またな」


 そういうだけいうと、護は通話を切った。






◆◇◆






 魔術の学園といっても、最初から実技を行うわけではない。


 彩雲学園に来るような生徒は、子供の頃から魔術を学んでおり、魔術の行使もそれなりにできる者ばかりだ。


 そんな者たちからすれば、今更過ぎる基礎を、松岡は行っていた。


「魔法は空間に術式を展開し、そこに魔力を送り込む。魔術はラピスに術式を刻み、そこに魔力を送り込む。この違いはわかるな?」


 松岡の質問に、生徒が頷いた。

 生徒たちの目の前にはディスプレイがそれぞれ用意されており、そこには図でわかりやすく魔法と魔術の違いが説明されていた。


「魔法も魔術も、発動の速さは術者の魔力伝達速度による。これはどれだけ速く魔力を伝えられるか、もっといえば動かせるかという能力だ」


 松岡はチラリと護を見てから、ディスプレイの図を切り替えた。

 ディスプレイの図には、魔力が体内を巡っている様子が描かれている。


「魔力を一箇所に集めて、その部位を強化する魔力強化(ストレングス)という戦闘法は知っていると思うが、この魔力循環(サーキュレーション)について知っている者はいるか?」


 松岡の問いに教室がシーンと静まり返った。


 当たり前だろう、と護は心の中で突っ込みを入れた。

 使える者が少ない戦闘法など、世の中には広まらない。


「いないみたいだな。この魔力循環の特徴は、魔力強化のように一部を強化するのではなく、自身の身体能力を飛躍的に高める点だ。使える者は少ないが……アストリアの騎士、サー・ドレッドノートはこれの使い手だ」


 松岡がニヤリと笑った。

 護は閉口したが、教室にいる生徒は違った。


「サー・ドレッドノートってアストリアの盾の!?」

「先生って知り合いなんですか!?」

「俺もやってみよう!」


 一気にクラスが活気付いたのを見て、松岡は満足そうに頷いた。


 一方、人気取りのための話題に使われた護は、小さく周りにバレないようにため息を吐いた。


「まぁ、落ち着け。とりあえず、魔力循環の話だが、これには卓越した魔力伝達速度が必要だ。魔力を体内で高速循環させることで身体能力を上げるからな。エスティアでは魔力強化と共に廃れた戦闘法だ。なぜだと思う? 結城」


 いきなり話を振られた護は、動揺こそしなかったものの、わざわざ振るなよ、と心の中で悪態をついた。


「……エスティアの人が体内で魔力を使うことを苦手としているからですか?」

「そうだ。もっとも、地球人でも使える者は少ないがな。さて、じゃあご希望に従って、サー・ドレッドノートの話をしようか。まず、アストリアの騎士についてどれくらい知っている?」


 松岡の言葉に何人かが手をあげた。

 松岡が1人の女子を指名する。


「高城」

「はい。アストリア王国が誇る凄腕の魔法師たちで、数は今のところ48名います。任命権を持つのはアストリアの現王とその跡継ぎだけです。身分を問わず取り立てる制度のため、騎士といっても多様な人がいると聞きます。二つ名が騎士の位を拝命するときに決められ、基本的にはサーのあとにその二つ名が来ます」

「そのとおりだ。まぁ、全員が圧倒的に強い。レムリア軍のA級魔法師とよく比較されるが、A級魔法師程度じゃ相手にならない。そして、その騎士の中で最も若いといわれているのが、サー・ドレッドノートだ。そして次期国王といわれているリリーシャ・アストリア殿下が任命した唯一の騎士でもある」

「先生はお会いしたことがあるんですか?」


 生徒の質問には松岡は苦笑し、勿体つけるように目を閉じた。


 そんな松岡を冷めた視線を送ったあと、護は興奮している生徒たちに視線を移した。


 アストリアの騎士というのは、多くの者にとって憧れの存在だ。

 王の傍で護衛を担当する騎士たちの姿は、アストリアの王や、リリーシャが日本に来るときによく映し出される。


 しかし、騎士といわれる者たちの内情を知っている護としては、憧れる気持ちには同意できなかった。


 テレビに映る騎士というのは、テレビに出していい騎士ということだ。

 48人もいて、テレビで顔が出る者はごく少数。

 国境の警備や他の任務といわれているが、実際のところは違う。


 護のように顔を出したくない者もいれば、そもそも傭兵上がりで顔に幾つもの傷がある者や、顔ではなく性格や行動に難があるため、とても人前には出せない者たちもいる。


 身分を問わず、そして性格や経歴も問わない。

 求められるのはアストリアへのほどほどの忠誠と圧倒的な戦闘能力のみ。


 それが騎士の実態であり、それゆえに騎士はいつの時代も強いのだ。


「一度だけだが、会って話をしたことがある。案外気さくだったぞ」


 クラスに響いた歓声に、護はため息を吐いた。


 リリーシャが身分を隠せというのもわかる気がしたのだ。

 サー・ドレッドノートであると知れれば、平穏な日常はまずありえなくなる。


 悟られれば学園を出て行くことも視野にいれなくちゃだろうな、と考えつつ、護はいつまでもサー・ドレッドノートの話をやめない松岡を軽くにらみつけた。





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