第1話 入学
2052年4月5日。
彩雲市(旧八王子市)
異世界と繋がったホールは、日本の八王子市のど真ん中に出現した。
レムリア連邦との休戦の後、日本政府はその八王子市で、アストリア王国と正式に同盟の手続きを行った。
そのときに、アストリアと日本を繋ぐ象徴として、八王子市は彩雲市と名を変えることになった。
その彩雲市には、ホールを行き来するために使われる飛空艇用の空港が建設され、50年の歳月で住民の約半分はアストリア人となり、また、アストリア人と日本人のハーフも沢山生まれていた。
アストリア人とレムリア人も、地球の人類と容姿、体つき、遺伝子構造に至るまで大差はなく、違いといえるのは魔力を外に放出できるかどうかだった。
そのため、日本の民はアストリア人を違和感なく受け入れることができ、アストリアとの交流の窓口として彩雲市は発展した。
その彩雲市には、アストリアが人材を派遣したり、出資したりと力を注ぐ魔術学園がある。彩雲学園だ。
そんな彩雲学園の敷地内。
長い入学式が終わり、移動を開始している生徒の中に、1人の少年がいた。
黒髪に黒い瞳。少々垂れ目で、撫で肩。猫背気味のせいか頼りなくみえる。
身長は170センチに届くか届かないか程度。
結城護だ。
入学式の会場から出た護は、そっと移動する生徒の列から外れた。
そのまま入学式が行われた巨大な体育館の裏に隠れて、胸ポケットのMADを取り出した。
そのMADは振動しており、それは着信を知らせるモノだった。
掛けてきている相手の名前を確認して、護は憂鬱そうにため息を吐くと、通話を選択した。
「……はい」
『どうしてすぐに出ないのですか?』
「入学式中だったからだよ……」
自分で入れた学園の入学式くらい把握しておけよ、と思いつつ、電話の相手であるリリーシャにそういった。
入学式という単語を聞いて、リリーシャは意外そうに呟いた。
『真面目に出ていたのですか?』
「どういう意味だよ……」
このお姫様は俺のことをなんだと思っているのか。
1時間くらいそう問い詰めたい気持ちになった護だったが、心を折られる自分の姿があっさりと想像できたので、それをすることは思いとどまった。
『てっきり適当な理由で休んでいるのかと。護はアストリアの式典はいつも欠席していますし』
「入学式と異世界の式典を一緒にするな……。だいたい、生徒は全員出席が原則だしな」
『原則を守るだなんて。しばらく会わないうちに大人になりましたね』
ひどく馬鹿にされたような気がしたが、護はあえて突っ込んだりしなかった。
いちいち、突っ込みをいれると長くなるからだ。
「で? 何の様だよ。お姫様」
『ええ、いくつか連絡があります。まず1つ目。あなたの正体を知っているのは学園長と担任の教師だけです。騎士の身分はできるだけ隠すようにしてください。騒ぎになりますから』
「それは了解。で? 残りは?」
『その学園にはいろいろと問題が……どうかしましたか?』
「悪い、人が来た」
護はこちらに向かってくる人の気配を感じて、小声でそうリリーシャに謝罪した。
『仕方ありませんね。明日は予定で埋まっているので、明後日の夜にでも説明します。まぁ、その前に実感すると思いますが』
意味深な言葉を残して、リリーシャは通話を切った。
護はその言葉に、どういう意味だ? と首を傾げつつ、MADをポケットにしまった。
そのまま人の気配がしたほうを見る。
黒がイメージカラーの学園らしく、黒のブレザーにチェックのスカートという、黒が多めに使われている制服を着た少女がそこにはいた。
長い黒髪をハーフアップにしたその少女は、アーモンド型の大きな瞳で護を捉えると、驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
同年代の少女と比べて、明らかに小さな顔。小さな顎。綺麗に通った鼻筋、可憐な唇。
美人はそれなりに見慣れているという自負がある護からみても、美人だと思わずにはいられない少女だった。
「1年生ですか?」
「まぁ、一応。君は?」
168センチ、自称170センチである護とは10センチくらいの差があるせいか、少女は微かに上を見るようにして自己紹介をした。
「私は九条美咲といいます。あなたと同じ1年生です」
九条と聞いて、護は“十三名家”という言葉を思い描いた。
ロシア、中国、オーストラリアの半分以上を自国の領土としているレムリア連邦は、同じくホールのある日本と極東ロシアを攻略対象とみなしている。
極東ロシアと日本のホールがアストリアと繋がっているからだ。
特に日本のホールは、アストリアの王都であるレガリアの近くに繋がっており、そこを押さえることができれば、アストリア優勢の戦況を一気に覆すことができる。
そのことは当然、アストリアも承知の上で、自国の最高戦力である騎士を日本に派遣して防衛につかせている。
とはいえ、日本側もなにもしていないわけではない。
レムリアの脅威に対抗するために、最初期の魔術師たちの中で最も優れた資質を見せた13人の魔術師たちを防衛の要所につけたのだ。
彼らに求められたのは強力な力と、その力を次世代に受け継がせること。
魔術に必要な魔力の量は、多少の増減はあれど、基本的には持って生まれた量から変動はしない。
ゆえに膨大な魔力を後天的に得ることは不可能なのだ。
だが、後天的で無理ならば、先天的に持たせればいい。
日本政府は13人の魔術師たちを国家防衛の要とするとともに、資質に恵まれた者との結婚を半ば強引に進めた。
それだけ日本が焦っていたということだ。
レムリア連邦との休戦は一時的なもの。アストリアの庇護に甘えれば、そのツケを命という形で払うことになるということを、日本中が理解していた。
その結果、13人の魔術師たちを始まりとする13の名家。十三名家が出来上がった。
十三名家は九州・沖縄、中国地方と北海道にそれぞれ3家ずつの9家が置かれ、残りの4家は中部と関東で有事に備えている。
その中部と関東で有事に備えている4家の1つが九条であり、十三名家の筆頭ともいえる家であった。
日本のお姫様か、と思いつつ護は、気負わずに自分の名も名乗った。
「俺は結城護。よろしく」
そんな護の自然な自己紹介に美咲は目を何度も瞬かせ、驚いた表情を浮かべた。
変なことしたかな、と不安になりつつ、護は浮かべていた笑顔を引きつらせた。
その護の変化に気付いたのか、美咲は何か言おうとして、いえなかった。
チャイムが鳴ったからだ。
「やべっ! ホームルームっていってたっけ!」
「あっ! えっと、結城君!」
「なに?」
「クラスを教えてくれますか?」
「確か……F組。そっちは?」
護の組を聞いた美咲は、再度驚き、しかしなにか納得したように頷いた。
美咲は微笑を浮かべて、もう歩きだしている護に対していった。
「私はA組です」
「そっか。じゃあ、授業で一緒になったらよろしく」
護はそういうと、美咲から目線を離して、自分のクラスへと走り出した。
◆◇◆
「結城。ちょっと手伝ってくれ」
ホームルームで無難に自己紹介を終えた護は、席が近くだった男子数人と話していたのだが、担任を務める松岡という男子教師にそういわれた。
冴えない中年教師という風貌の松岡と護の視線が交差した。
自分の正体を知らされている時点で、只者ではないんだろうな、と思っていた護だったが、その予想を上方修正した。
「はい。悪いな」
話をしていた男子たちに謝罪し、護は松岡の近くまでいった。
松岡は視線で自分が持ってきたいくつかのラピスを示した。
「扱いは丁重にな」
「はい」
そういって、護と松岡は教室を出て、廊下を歩き始めた。
巨大な敷地を持つ彩雲学園の中で、最も大きな本校舎。
その中で、厳重な警備が敷かれているラピスやギアを保管する魔術保管室に入ったところで、今まで無言だった松岡が口を開いた。
「サー・ドレッドノート。俺はアストリアと地球人のハーフで、一応、アストリア王室に仕える人間でな。騎士として扱えっていうなら、そうするが?」
「必要ありませんよ。騎士の身分は無理やり与えられたものですから。それに伴う権威なんかにも興味はありません」
松岡はニヤリと笑い、近くにあった椅子を引き寄せて、ドカリと座った。
「聞いてたとおりの奴で助かるぜ。俺としては、生徒がみんなお前みたいだと助かるんだがなぁ」
「どういう意味ですか?」
「聞いてないのか?」
「ええ、勝手に入学を決められましたから」
松岡は苦笑しつつ、保管室にあるPCを起動させた。
そこには1年生のクラス割りが出ていた。
1年生のクラスはAからFの6組からなり、AクラスとBクラスは特別選抜、選抜クラスという名称が振られていた。
Aクラスは他のクラスと比べると人数が少なく、15名しか名前がなかった。
「この学園では入試の際の適正検査で、クラスを分けている。魔術にはとにかく魔力が必要だ。魔力が多く、かつ魔力の操作なんかも優れている奴らは特別選抜クラスに割り振られる。そして、単純に魔力量が多い奴等は選抜クラスに割り振られる。なぜだかわかるか?」
「教え方が違うからでは? 魔力が少ない者は魔術を連発できず、魔力が多い者は魔術を連発できる。魔力は体力と同じ。魔力が少ない者と魔力が多い者じゃ同じように教えるには限度がある」
「だいたいそんな感じだ。教職員もそれぞれのクラスの特性に合わせて配置される。こんなことができるのは、アストリアが全面支援をしている彩雲だけだろうがな」
松岡の言葉に護はたしかに、と頷いた。
優秀な魔術師や、強力な魔術師は前線に駆りだされる。貴重な戦力だからだ。
日本だけでなく、どこの国も魔術師の指導者不足は深刻なのだ。
だが、アストリアが全面的に支援している彩雲には、たくさんの指導者がいる。
その中にはアストリアの人間もいれば、地球人もいる。
アストリアから派遣される者は、魔法も魔術もどちらも使える者ばかりであり、その指導力にも定評がある。
日本には彩雲のほかに7つの魔術学園があり、それらのスポンサーには十三名家がついている。
けれど、十三名家の子供たちの多くは彩雲に入れられる。
それだけ彩雲が人材的に恵まれているのだ。
「だが、世の中には勘違いする奴は結構いる。幼い頃から魔術を習う者というのは、総じて魔力量に優れている。だから、AやBクラスに回されるわけだが、子供のせいか、自分たちは優秀だと錯覚しやがる」
「実際、優れているのは事実では? 俺は魔術に関して“勉強”したことはほとんどないので、クラス分けのために受けさせられた入試はかなり低かったですし。幼い頃から魔術に取り組んできて、素質にも恵まれているなら、優秀であるといってもいいと思いますよ?」
「はぁ……いいか? 特別選抜クラスは、国家の防衛の中核を担える人材を育てるためのクラスだ。この特別選抜に関しては、文句なしに優秀だ。だが、選抜クラスは、膨大な魔力を用いた反復練習を行わせたあとに正確性を身につけさせる。ほかのクラスは繊細な魔力コントロールを学ばせたあとに、反復練習をできるかぎり行わせる」
Aクラス以外は、順序の問題で優劣はない。
そう松岡は言いたいのだ。
わざわざそんなことを言うのだから、問題なのはBクラスなのだろうな、と思いつつ、護はため息を吐いた。
「Bが調子に乗るんですか?」
「本当に優秀な奴っていうのは、目指す場所も高い。上を見ているから、他者を見下したり、自分より下の者に積極的に関わったりしない。お前のようにな。で、中途半端に素質に恵まれているBクラスは、自分たちが優位にいると思い込みたいんだ。教師としては、Aクラスに負けないっていう気持ちを見せて欲しいところなんだがなぁ」
「俺は優秀じゃありませんよ? むしろ多くのことで周りから劣ってる。だから、魔術学園を目指さなかったんですから」
「けれど、だれにも負けない長所を持ち、戦場では無類の強さを発揮するだろう? で、だ。この学園の卒業生の半数以上が、警察か軍に所属する。2年から授業も選択になり、戦闘系の授業も増える。そこでも魔力の多さだけにモノをいわせる奴等は多い。大抵は、しっかりと魔力の操作を学んだ者たちに鼻っ柱を折られるんだが、そこも魔力の多さで乗り切る奴もいる……。いいたいことがわかるか?」
松岡が額を押さえながらそう護に聞いた。
護は肩を竦めたあと、顔を顰めながら呟いた。
「そういう奴から先に死んでいく……そういうことですか?」
「ああ。戦場では自分を知らない奴は死んでいく。自分の長所と短所を把握できない奴。自分の弱さを理解できない奴の末路は死だ。教え子が死ぬのは……できれば勘弁してほしい」
表情からにじみ出る苦悩を感じて、護は目を細めた。
松岡の顔に浮かぶ表情を、護は何度も見た覚えがあった。
部下が帰ってこなかった指揮官たちが浮かべていた表情だ。
松岡も教え子が帰ってこなかった経験があるのだろう。
日本とレムリアは、3年前に7度目の休戦を迎えている。
だが、その休戦がいつまでも続くはずもない。
過去に何度もレムリアは休戦を破って侵攻してきているのだから。
「で? なぜそれを俺に?」
「こういう問題は、現場の教師だけじゃどうにもならない。生徒自身か、はたまた上が動くかしないと解決には向かわないだろうと思ってな」
「俺に解決しろ、と?」
嫌そうに顔を引きつらせた護に、松岡は苦笑して首を横に振った。
「いや、上を動かしてくれるだけでいい。理事と連絡取れるんだろう?」
その松岡の言葉を聞いて、護は引きつらせた顔を更に引きつらせた。
つまりは、自分からあの姫に連絡しろ、と。
会談中にでも電話した場合、どれだけ冷たい言葉を聞く羽目になるか、わかったものじゃない。
護は全力で首を横に振った。
それを見て、松岡はニヤリと笑う。
「結城。お前の成績はかなり低い。実技はまぁわかるが、魔術について勉強してこなかったせいか、座学もかなりやばい。助けてやってもいいぞ?」
「っ……電話するだけですよ? あの人が動くかどうかは保障できません」
そういって護は松岡の頼みを引き受けた。