第18話 恐れ知らず
彩雲市・高層ビル屋上。
午後5時40分。
突如として始まったリリーシャ・アストリアの演説。
そして姿を見せたデュランダル。
そのことに慌てたのはレムリア連邦の部隊を指揮するリッツだった。
「馬鹿な! サー・ドレッドノートがなぜここにいる!?」
「所在不明の騎士の中にサー・ドレッドノートの名が確かにあったが……読んでいたのか、偶然か……」
リッツの横でローガンが重苦しく口を開いた。
体中に包帯が巻かれており、見た目は満身創痍なように見えた。
しかし、その目は出現したデュランダルを強く見据えていた。
「偶然に決まってる! この作戦に我々は2年を掛けたんだ! バレるわけがない! たまたまだ……たまたまに決まっている!」
「たまたまだとして、難攻不落と名高いサー・ドレッドノートとデュランダルが目の前にいるのは事実。どうするつもりだ、少佐」
「予定通り決行する……! もうカラミティの組み立ても、魔力充填も終わっていますし……予備の魔力もある」
リッツはカラミティの傍で拘束されている美咲を見た。
美咲の右手はコードによって、カラミティと繋がれていた。魔力を強制的に吸い上げるためだ。
膨大な魔力を持つ美咲を使えば、この場にいるリッツとローガン以外の10名の魔法師が、少しずつ魔力を供給するだけで4発目が撃てる。
デュランダルとホール周辺の防衛施設を破壊した後、ビルの外に待機している40名の兵士と共にホールを制圧しにいく。
デュランダルの出現など誤差の範囲内。
まずはホールの防衛基地を破壊し、その次にデュランダルを破壊する。
「5分後にカラミティの第1射を発射する!」
自分の成功を疑わず、リッツはそう指示を出した。
◆◇◆
ホール上空・デュランダル。
午後5時44分。
「魔力探知に反応! 背後のビルの屋上! カラミティと思われます!」
「ようやくか! 艦首回頭! 急げ!」
ミカエラの報告を聞いて、ホーエンハイムが指示を飛ばした。
そんな中、別室にいるはずのレイオン外務大臣がメインブリッジに入ってきた。
「大臣? どうかされましたか?」
「いや、噂のサー・ドレッドノートとデュランダルの戦いぶりを見てみたいと思いまして」
「これから戦闘です。いくら大臣でも」
「魔力が急激に膨れ上がっています!? サー・ドレッドノート!」
ミカエラの報告を聞いて、護はレイオンの相手をすることを諦めた。
これから戦闘ではなく、もう戦闘状態だからだ。
「座っていてください。敵の狙いは?」
「ありがとうございます」
護の防御能力を信頼してか、レイオンには一切の緊張が見られなかった。
そんなレイオンに対して、メインブリッジにいる全ての人間が同情した。
そして、同時に全ての人間が気を引き締めた。
これから始まるのは死よりも怖い体験だからだ。
「狙いはホール防衛基地です!」
「艦長! 射線上に移動してください!」
「間に合いません!」
「ちっ! イージスシステム起動!」
ホールの上空にいたデュランダルのほぼ真下にホール防衛基地はある。
その射線上に入るためには、降下する必要があるが、デュランダルは回頭中であり、それをするには回頭を終わらせる必要があった。
もう1つ問題があったのは、護が発動するイージスは、護が視線を向けている方向にしか盾の形状では展開できなかった。
今の状態では、イージスを使えないのだ。
それをカバーするためにデュランダルに搭載されているのが“イージスシステム”だった。
デュランダルと護がリンクして、イージスを発動させるこのシステムは、魔力量に不安のある護に魔力を提供し、そして自分から離れた場所にイージスを展開できない護をフォローする。
「イージスシステム起動! 着弾点予測開始!」
ミカエラが報告をしながらシステムを起動する。
ブリッジの中央の床が開き、護の目の前に台が浮かび上がってくる。
その真ん中には腕輪型のイージスがすでに備え付けてある。
護は迷わずにその腕輪に手を通した。
台に手を突っ込む形になった護の目の前に、四角い画面が浮かび上がった。
そこにはデュランダルの演算システムがはじき出した着弾ポイントが映っていた。
「イージス発動まで5秒前、3、2、1、0」
≪イージス≫
護がそう唱えると、画面に漆黒の盾が浮かび上がった。
「イージスの遠隔展開に成功! カラミティと衝突!」
数秒の衝突のあと、カラミティの青白い閃光が霧散し、イージスもそのあとに続いた。
「回頭が完了しました!」
「よぉし! 敵の射線上まで入れ!」
操舵手の言葉を聞いて、ホーエンハイムがそう指示を出した。
その最中にホーエンハイムは思い出したように、艦長席に座り、念入りに自分の体を固定した。
「各員ショックに備えろ! どうせ“いつも”通りだ。気を引き締めろ!」
メインブリッジに緊張が走った。
緊張をしていないのは護と、何が起きているのか理解していないレイオンだけだった。
「か、艦長。どういう意味かな?」
「そのままの意味ですよ。体をしっかりと固定して、ショックに備えてください。それと気をしっかりと保ってください」
「だ、だから、それはどういう意味なんだ……?」
ホーエンハイムは笑いながら、慌てるレイオンに語り始めた。
「デュランダルという名は、折れない剣という意味です。この艦にサー・ドレッドノートがいる限り、デュランダルは決して沈みません」
「では、安全ということではないかね? 気を引き締めるというのはわかるが、なにをそこまで恐れているのか……私にはわからん」
「外務大臣は、我らがサー・ドレッドノートの戦いをご覧になったことは?」
「あるわけがない。サー・ドレッドノートは基本的に特別任務ばかりなのでな。だから、こうして見に来ている」
その言葉を聞いて、ミカエラは小さくため息を吐き、ホーエンハイムはニヤリと豪快な笑みを浮かべた。
「それはそれは、本当にお気の毒様です。それで、外務大臣は不思議に思ったことはありませんか?」
「な、なにをだね?」
「敵の第2射まで残り僅か。狙いは再度ホール防衛基地。本艦の横を通り過ぎるコースです。それと発射速度が上がっています! このままだと第3射で押し切られる可能性があります」
ミカエラの報告にレイオンは微かに体をこわばらせた。
ミカエラの声が硬くなっていたからだ。
しかし、艦長は絶対に沈まないと断言し、護は動じてはいない。
自分をからかっているのだろうか、とレイオンは考えた。
そんなレイオンに構わず、ホーエンハイムは言葉を続けた。
「なぜ“ドレッドノート”なのか、ですよ。別にサー・シールドでも、サー・ガーディアンでもいいじゃないですか。なぜ恐れ知らず、勇敢という意味の2つ名なのか。不思議ではありませんか?」
「それは彼の戦いぶりが勇敢だからでは……?」
「そのとおりです。サー・ドレッドノートは勇敢です。そして恐れを知らない。なにせ絶対無敵の防御能力を持っていますから。このデュランダルもその加護で絶対に沈みません。ただし、使い手側に問題がありましてねぇ」
ホーエンハイムはチラリと護を見た。
護は聞こえない振りして、視線をよこさなかった。
その様子に、今回も恐怖体験をすることになると確信したホーエンハイムは、大きく息を吸って、吐いた。
「第2射に対してイージス展開後、そのまま敵のほうへ全速で突っ込め」
「そんなことをしたら!?」
「第2射の消滅を確認後、すぐにイージスシステムは停止。俺が単独でイージスを発動させる。そのほうが速い」
「それはそうですけど……」
「近づけば近づくだけ、向こうはこの艦に対して真正面から撃ってくる。射角を細かく調整できるような兵器じゃない。間違いなく正面から来るさ。正面から来たなら受け止められる」
自信満々に呟く護に対して、メインブリッジにいた部下たちは呆れた表情を浮かべ、レイオンは顔を引きつらせた。
サー・ドレッドノートは真っ先に相手に突っ込む勇敢な戦いぶりから付けられた2つ名。
しかし、それと同時にリリーシャが護の戦いぶりを皮肉るようにつけた名でもある。
絶対防御を持つゆえに、恐れを知らない。
大丈夫だと自信が持てるのは本人だからであり、巻き込まれている人間にはわからないことだ。
しかし、巻き込まれている人間の気持ちを、護は理解できなかった。
例えば、護衛対象を抱えたまま敵の攻撃に突っ込んだり、艦の前方にイージスを展開して突撃したりした場合。
その護衛対象や乗員たちが感じる“恐れを”護は“知らない”のだ。
「第2射が来ます!」
「サー・ドレッドノートは48人の騎士の中で、自分が一番まともだと考えているようですが」
「事実その通りですから」
「我々、デュランダルの乗員はその逆だと思ってます。サー・ドレッドノートは48人の騎士の中で、最もぶっ飛んでます」
「イージス発動まで5秒前、3、2、1、0」
≪イージス≫
デュランダルの左斜め前方辺りで、イージスとカラミティが衝突した。
それを見て、ホーエンハイムが指示を出す。
「機関最大! 全力で突っ込め!」
「カラミティの消失を確認! イージスシステム停止!」
ミカエラの声を聞いて、護は台から腕を抜くと、素早く固定されていたイージスを外して、右手につけた。
そのまま前方に右手を伸ばして、護は集中し始めた。
その間にもデュランダルは加速を続けていく。
既に高層ビルはしっかりと視認できる位置にある。
このままいけば、ビルの頭上を突っ切る形になるだろう。
しかし、その屋上からは青白い閃光が飛んできた。
「カラミティ! 来ます!」
「早く早く! 急いで!」
「まだです」
「やっぱり、ぶっ飛んでる!」
青白い閃光が徐々に大きくなるのを見て、ホーエンハイムが叫ぶが、護はタイミングを見計らっており、すぐにはイージスを発動させない。
自分の発動速度を熟知しているからこその行動だが、そんなことは他の人間にはわからない。
メインブリッジに数名の悲鳴が響く。
その悲鳴に負けない声で、護はコマンドトリガーを引いた。
≪イージス≫
漆黒の盾がデュランダルの目の前に出現する。
数秒のせめぎあいが、デュランダルの乗員たちには数時間にも感じられた。
カラミティが消失したと同時に、護もイージスを消し去る。
デュランダルの目の前にあった漆黒の盾も、青白い閃光も消えてなくなり、その先にあるビルだけが移った。
「減速!」
「上を通過すると同時に降ろしてください!」
「また無茶を! 騎士出動態勢!」
ホーエンハイムが指示を出すと、ミカエラがいくつかの操作を行なう。
護が座っていた席の下が開き、護は席ごとその中に吸い込まれる。
護はその間に右手にイージスをチェックする。
自分専用にカスタマイズされているだけあって、付け心地も抜群だった。
『ハッチ開放と同時に飛び降りてください! 着地はご自分で』
「了解。艦の指揮は艦長に任せます」
『了解! ご武運を!』
ホーエンハイムの声が途切れた同時に、デュランダルの艦底部にあるハッチが開いた。
そこから護は迷わず飛び降りる。
ハッチ開放と同時に飛び降りれば、問題ないとミカエラが計算したと信じていたからだ。
案の定、ビルの屋上が眼下に見えた。
驚いているレムリアの魔法師たちを尻目に、護はサーキュレーションを発動し、空中にプロテクションを展開する。
そのプロテクションを足場に、ジグザグに降下して、護は望む場所に着地した。
美咲の真横だ。
「悪いな。少し遅くなった」
「えっ……?」
護は驚く美咲を抱えると、美咲とカラミティを繋ぐコードを右手で切断する。
そのときになって、ようやくレムリアの魔法師たちが動き始めたが、もう遅かった。
護の右足がカラミティをビルの外へと吹き飛ばした。




