プロローグ2
2052年1月5日。
アストリア・レムリア国境地帯。
1年が終わり、始まったとしても、最前線には関係がない。
場所は地球でいえば、ロシアの中央部付近。
偵察部隊の接触から始まった偶発的な戦闘は、アストリア・レムリアの両軍の本格戦闘に発展した。
レムリア軍の兵数は2000。その中には魔法師だけで構成された独立大隊も含まれており、レムリア軍の魔法師の数は1000人近いと予想された。
一方、軍の展開が遅れるアストリア軍の兵数は1000。
各地の前線に散らばっている魔法師たちの集結も遅れており、状況はアストリアが不利だった。
徐々に押され始めるアストリア軍のために、アストリア王国第一王女であるリリーシャ・アストリアは、騎士と呼ばれるアストリアでも50人といない凄腕の戦士を2名、送り込んだ。
「あのお姫様は……俺のことを自分の兵士と勘違いしてるんじゃないですかね……?」
「兵士じゃなくて、騎士と思ってるだろうなぁ。実際、その認識に間違いはない。お前さんはアストリア王国の王女であるリリーシャ殿下から騎士の称号を与えられている」
2000人のレムリア軍が駐屯する基地に、160センチ後半くらいの黒髪の少年と、180センチくらいの白髪の青年が歩いて向かっていた。
黒髪の少年はスカーフを口元に巻きながら、自分の現状を嘆き、青年はそれを愉快そうに笑っている。
「勝手に称号を与えて、勝手に公表されたんです。欲しくて貰ったわけじゃありません」
「サー・ドレッドノート。確かに勝手に与えられたものだが、色々と便利だろ? 騎士の地位ってのは」
「便利さを堪能するほど、俺はこの世界にいませんよ。地球の日本人なんですから」
「そうだったな。護は地球人で日本人だった。どうもそのことを忘れてしまうのは、俺が忘れっぽいからか……」
2人の接近に気付いた駐屯基地から無数の弾丸が飛んできた。
その中には魔力で生成されたモノも混ざっており、高速で飛来するそれに、白髪の青年は何もできなかった。
いや、何もしなかったというほうが正しいだろう。
≪プロテクション≫
護と呼ばれた少年、結城護は視線を真っ直ぐ、駐屯基地に向けたままそう呟いた。
すると、護の右手についている黒い腕輪が煌き、そのあとに護と青年を中心に全方位のバリアが展開された。
少し遅れてバリアに弾丸が着弾するが、その全てがバリアによって弾かれた。
「護が強すぎるからか。どっちだろうな?」
「ケインさんが忘れっぽいからですよ」
2人がそんなやり取りをしている間にも、間断なく弾丸は2人に向かってきていたが、その全てが護が作り出したバリアによって弾かれていた。
「ちなみ全方位にした意味は?」
「誘導弾が混じってましたから」
直後、背後から複数の弾丸が2人に襲い掛かる。
しかし、それも全方位のバリアによって弾かれた。
「よく気付いたな?」
「セオリーですからね。わざわざ実体弾に混ぜて魔力弾を放ったのは、弾かれたフリして、敵の隙を狙いたいから。そもそも見てればわかるでしょ?」
「いや俺、見てなかったから」
「そうですか。まぁ、俺は盾役ですし、別に構いませんけどね。でも、ケインさんも働いてくださいね? 向こうには1000人近い魔法師がいるって話ですし」
緊張感のないケインに護はそういうが、ケインはそれに対して笑顔で応えた。
これはやる気ないな、と思いつつ、護は空を見上げた。
地球と同じく青い空が広がっているが、ここは異世界エスティア。
魔法という、地球にはない力が発達し、その強力な力を軍事利用する2つの国が覇を競う世界。
どうして、日本人の普通の中学生である俺がこんなところで戦争をしているのやら。
ため息を吐きそうになり、護は堪えた。
「敵が来ます。魔法師が30名くらい。たぶん近接タイプの魔法師です」
「護がやるか?」
「冗談いわないでください。攻撃はケインさんに任せますよ。俺は多対一での有効な攻撃手段は”あまり”持ち合わせてませんから」
「日本人の美徳である謙遜か? サー・ドレッドノート」
「アストリアの騎士の中で、最強とまでいわれるサー・ブレイクの前ですからね。謙遜もしますよ」
ケインは護の言い方にニヤリと笑い、どこからともなく1本の両刃の剣を取り出した。
そして、それを無造作に一振りした。
ケインの剣からは無数の斬撃が飛んでいき、張ってあった護のバリアごと、向かってきていた魔法師たちを細切れにした。
護は目の前で魔法師たちが細切れになるのをみて、目を伏せた。
戦争中であり、敵である以上、仕方ないとはいえ、人が死ぬのは慣れないものだった。
「悪いな。こういう気分の悪くなるような光景しか作れないんだ」
「気になさらず。期待してませんから。しかし」
「ん?」
「これで退いてくれますかね?」
護の問いに、ケインは、出したときと同じように、剣をどこかへと消しながら答えた。
「ドレッドノートとブレイクが出てきたとあれば、流石に退くだろうな。お前さんを戦場に出すのを嫌がる殿下が、わざわざ俺とセットで送り出したのは、名前だけで敵さんが撤退してくれるからさ」
「嫌がる? あの姫が? 授業中、就寝中と構わず呼び出して、厄介ごとを押し付けるあの姫が? 俺を戦場に出すのを嫌がってる?」
護は2歳年上の氷のような少女を思い浮かべ、首を横に振って、ありえない、と呟いた。
「お前さんが厄介ごとに巻き込まれるのは、お前さんがトラブルに愛されてるからだ。殿下は関係ないさ」
ケインはそう笑うと、駐屯基地を放棄するような動きを、レムリア軍が見せたのをみて、踵を返した。
それを見て、護も踵を返した。
しかし。
「ほら見ろ。トラブルに愛されている」
「まったく……!」
基地の方から、強力な魔力を感じ取った護は、すぐに振り返った。
撤退する部隊の援護のつもりなのか、それとも強力な騎士を1人でも倒しておこうと考えたのか。
レムリア兵が、基地の外壁の上で巨大なライフル銃のようなモノを用意していた。
その長さは10メートルほどあり、その周りには10名ほどの魔法師がいた。
「収束魔動砲・カラミティか。珍しいモノを出してきたな?」
「10名前後の魔法師の魔力を、生命に関わるレベルまで吸い上げることで、ようやく1発放てる威力重視の欠陥兵器。レムリア軍は自軍の魔法師を何だと思ってるんですかね」
「消耗品だろうな。アストリアとレムリアは違う。考え方に違いがあるから、こうやって争ってるわけだしな」
「けど、俺たちはその消耗品と争ってる……」
「かわいそうだと思うなら、死んでやれ。お前を殺すことができれば、殺した奴等はレムリアの英雄だ。それに、お前がこれから殺すかもしれない兵士も救われる」
ケインの言葉に、護は肩を竦めて、右手を前方に向けた。
すでにカラミティには大量の魔力が充填されており、いつ発射されてもおかしくはなかった。
護はチラリと後ろをみて、ため息を吐いた。
護たちの後ろには、アストリア軍の駐屯地がある。
護とケインが来たことで気が緩んでいる兵士たちでは、カラミティを防ぐのは不可能だろう。
「死ぬ気もないですし、味方も死なせる気はありませんよ」
「まぁ、そうだわな。一応、これは先輩からのアドバイスだが……早く戦いを終わらせたいなら力を誇示することだ。敵わないと思わせたら、こっちの勝ちだ」
ケインの言葉に護は小さく笑った。
同時にカラミティから青白い閃光が放たれた。
それを見ながら、護は強めの口調で呟いた。
≪イージス≫
護の目の前に真っ黒な盾が浮かび上がった。
それは重々しい存在感を放って、カラミティから放たれた青白い閃光の前に立ちはだかる。
衝突は数秒。
青白い閃光は黒い盾・イージスに阻まれ、護とケインを傷つけることすら出来なかった。
余波すら後ろに逃さずに、カラミティの一撃を受け止めきったイージスをみて、レムリア軍の兵士が呟いた。
「サー・ドレッドノート……」
戦闘の際には、必ず最前線に立ち、敵の攻撃に身を晒し続けるアストリアの騎士。
どのような攻撃も容易く受け止め、その堅牢無比な盾は一度として破られたことはない。
エスティア最硬と呼ばれる防御は、敵に絶望を与え、味方に至上の安心感を与える。
まるで難攻不落の要塞のように戦場に君臨する最硬の騎士。
だが、レムリア軍はもちろん、アストリアの多くの者が知らない。
そのサー・ドレッドノートは地球人であり、魔法が使えない人種だということを。