第15話 護の動き
彩雲学園裏門。
午後4時34分。
護はローガンの懐に一瞬で入ると、ローガンの顎を蹴り上げた。
咄嗟にローガンは上体を逸らすことでその攻撃をかわす。
速く、鋭い蹴りに驚きつつ、ローガンは護から距離を取った。
スピードでは明らかに護のほうが上だったからだ。
少なくとも、体勢を立て直さなければやられる。
その確信があった。
しかし、上体を逸らした状態から無理やり下がったため、ローガンは護から一瞬だけ視線を外してしまっていた。
その隙に護は瞬時に地面を蹴った。
どうにか体勢を立て直したローガンが顔をあげたときには護の姿は、先ほどまでの場所になく、ローガンは勘だけで左手を顔の場所まで跳ね上げた。
一瞬の後に、左腕に衝撃が走った。
そのまま後ろを確認すると、ローガンの後ろに護がいた。
速いのではない。速すぎるのだ。
理解不能な護の動きに、ローガンは魔術による加速をまず疑った。
しかし、加速にしては動きが滑らかだった。
それと、加速術式のあとに見られる減速は見られなかった。
加速した動きのままに対象を蹴れば、間違いなく足が折れる。
けれど、護の足は折れた様子もない。
なにより、ローガンが受けた感触が軽すぎた。
まさか、身体能力だけであの動きを?
信じられないモノを見る目で、ローガンは護を見つめた。
しかし、すぐに気を取り直す。
護は確かに速かったが、今の一撃でローガンとの距離はしっかりと開いていた。
どれだけ速かろうと、始動の瞬間くらいは捉えられるはず。
そう考え、ローガンは護から視線を外さなかった。
そんなローガンの目の前で、護は右足を軽く引き、左手と左足を前に出した構えを取った。
前後に強く、左右にも対応可能な武術の構え。
何かの武術を会得していると、その構えの隙の無さにローガンは気を引き締めた。
しかし、そんなローガンをあざ笑うように護は、ゆっくりとローガンの左側に移動し始めた。
それはとてもゆっくりで自然な動作だった。
だからローガンはその動きを目で追ってしまった。
遅い動き、自然な足運び。
気付けば護はローガンの視界ギリギリに迫っており、ローガンは護の動きに“合わせて”護を追った。
しかし、次の瞬間には護はそこにはいなかった。
緩急。
その緩を利用した護の動きにローガンはまったく反応できず、後方から聞こえてきた地面を蹴る音に反応して、先ほどと同じように勘で防御を取るしかなかった。
護の後ろ回し蹴りを、ローガンは不十分な体勢で受け止めることになった。
炎を纏った腕で。
そこでローガンは気付いた。
なぜ、触れただけで全てを焼く炎を纏った腕を蹴れたのか。
術式を改良し、自分の腕を焼かないようにしているとはいえ、魔力強化をしていなければ使用することもできない炎の魔法。
それを蹴ってただで済むわけがない。
吹き飛ばされながら、ローガンは護の足を確認した。
その足には薄く小さな防壁が展開されていた。
「打撃の瞬間にプロテクションを!?」
「流石は軍人だな。正解だ」
護はサーキュレーションで爆発的に強化された身体能力を生かして、吹き飛ばされるローガンを先回りした。
背後から聞こえてきた声に、咄嗟にローガンはディープ・フレイムを解除して、魔力の配分も均一に戻した。
魔力を一点集中していたときよりも防御力は上がる。
プロテクションを纏った打撃とはいえ、一撃でやられるはずはない。
そう願いつつ、ローガンは自由になる視線で護の動きを見た。
回転。
まるで独楽のように護はその場で回転し、その勢いを利用して蹴りを放った。
その小柄な体からは想像できない威力で、背中を蹴られたローガンは空中で反り返り、地面にたたきつけられながら吹き飛ばされた。
しかし、接近戦を得意レンジとしているローガンも普段から体を鍛えている。
その蹴りにもローガンは耐え、すぐに立ち上がった。
痛みに顔をしかめつつ、ローガンは護の動きを分析した。
驚異的な身体能力。そして死角から死角へと移動する足運び。そして変幻自在な技。
先ほどまで戦っていたレオナと美咲とは、根本的なところから違うとローガンは理解していた。
護と比べれば、レオナと美咲は魔術や魔法の運用に優れているだけ。
強いのは断然、護のほうだった。
しかし、ローガンはこの短時間で護の弱点も見抜いていた。
体全体を使うような攻撃を仕掛けるのは、軽い攻撃に威力を乗せるため。
それは確かに脅威ではあったが、一撃でやられるような攻撃ではないのも事実だった。
耐えていれば、いずれチャンスは来る。
そう考えたローガンは両足に力を入れ、護に真っ直ぐ向かっていった。
そんなローガンを護は迎え撃った。
横からの攻撃で。
正面からいきなり横に移動した護に対して、ローガンは苦し紛れの裏拳を出すが、それを護は横に倒れこむようにして避けた。
地面すれすれまで上体を下げた護を追撃しようとしたローガンの横顔に蹴りがしっかりと入った。
死角からの蹴りに、ローガンは歯を食いしばった。
倒れこむと同時に蹴りを放ったのだと、そのときになってようやく理解する。
それでもローガンは護への追撃を止めなかった。
倒れた勢いを利用しようと、どこからか攻撃が来るとわかれば耐えられたのだ。
上から振り下ろすようにして、ローガンは下にいる護に拳を振り下ろした。
しかし、護の背中に向けて放たれた突きは、地面を叩くことになった。
護が体を捻ったからだ。
それと同時にローガンは自分の横腹に護の右踵が食い込んでいることに気付いた。
腕を振り下ろしたときにできた死角を利用されたのだ。
体を捻る動きと同時に蹴りを放った護は、そこで止まらなかった。
「ぐっ……!!」
腹部への一撃に呻くローガンの隙を突き、両腕で体を起こし、ローガンの横腹に深く食い込んでいる右足を軸足にして、飛んだのだ。
空中で再度横回転した護は、ローガンの顎に向かって右の後ろ回し蹴りを見舞う。
3連撃。
その最後に攻撃によって、ローガンは思いっきり吹き飛ばされた。
それでも意識だけは保ち、なんとかヨロヨロと立ち上がる。
回転しようと、跳躍しようと、元の攻撃の質が軽いため、どうにか耐えられるのだ。
「その……身体能力があればこその……技だな……。だが……軽い!」
「そうか、じゃあデカイのをお見舞いしてやるよ!」
護が直線的な動きで突っ込んできたのを見て、ローガンはニヤリと笑みを浮かべた。
最も威力を出すには、直線的な動きで加速をつけるに限る。
しかし、それは同時に見切りやすくもなるということだ。
≪ディープ・フレイム≫
この機を待っていた。
ローガンは魔法を唱え、炎を纏わせた腕で護の腹部に真っ直ぐの突きを放った。
完全なカウンター。
真っ直ぐ突っ込んできている以上、威力は通常よりも大きい。
このタイミングでは先ほどのようには動けない。
そう判断しての一撃だった。
しかし、ローガンは目を疑う。
護が飛んで、回ったからだ
縦に。
護はローガンの突きを避けるようにして、くの字になり、そのまま飛び跳ねた。
そのまま右足を思いっきりローガンの顔面へと振り下ろす。
どうにか体をずらして顔面を避けたローガンだったが、左の鎖骨に直撃を受けた。
「ぐぉぉぉぉ!!」
鎖骨が砕ける感触にローガンは耐えた。
大技を放った護も体勢を崩していたからだ。
無事な右腕を左足で着地した護に突き出す。
流石に避けられないと判断した護は魔術を使用した。
≪プロテクション≫
護の顔を狙ったローガンの一撃は、護が作り出したプロテクションに阻まれる。
しかし、プロテクションにもヒビが入っており、長くは持ちそうにはなかった。
けれど、それで十分だった。
護には。
右足をローガンの肩から引き戻し、そのままローガンの懐に飛び込んだ護は、右手の手の平でローガンの腹部に触れた。
その打撃ともいえない動きに、ローガンはこれまで感じたことのない恐怖を感じて、咄嗟に体を後ろに引かせた。
≪激浪≫
護のギアにセットされているラピスの3つ目。
激浪は護が使う魔力を流し込む技を強化するものだった。
ラピスを一度通った魔力は、振動しながら相手の体内に流れ込む。
直撃を食らえば、確実に内臓が破壊される。
しかし、体を引いたローガンはかろうじて内臓を破壊されることは回避していた。
しぶとい。
そう感じた護は、ここでローガンを始末するために再度踏み込むが、それは裏門から勢いよく入ってきた車に阻止された。
その車から出てきたレムリア兵は、まだ満足に動けないレオナと美咲に向かっていた。
攫われる。
そう判断したときには、護は走っていた。
中途半端なダメージのローガンは、車へと走る。
レオナと美咲がなんとか抵抗するが、ダメージの受けた体では満足に抵抗もできない。
車には先ほど吹き飛ばしたリッツが乗っていた。
それを見て、止めをささなかったことを護は後悔した。
すでに美咲は抱えられている。
距離を考えると、2人は助けられない。
したくはない判断をして、護はレオナを担ごうとする男に向かう。
その間に、美咲が車に乗せられる。
護が迫ってきたことにレオナを攫おうとした男は、情けない悲鳴をあげた。
「ひぃぃぃ!!」
護の拳がその男の顔を捉えたと同時に、車は急発進した。
仲間の男を置き去りにして。
人の骨を砕く嫌な感触に顔を顰め、護は逃げる車を確認する。
ドアが開け放たれたままの車の中にいる美咲と眼が合った。
微かに微笑み、美咲が首を振った。
それを見て、護は追撃を諦めた。
間に合わないことを、一番わかっていたのは護だったからだ。
「美咲さんが……!」
「追っても間に合わない……」
「間に合わないからといって……追わないわけにいきませんわ……!」
壁を支えにして、レオナが無理をして立ち上がろうとする。
しかし、途中で手から力が抜け、壁に激突しそうになる。
それを護が咄嗟に支えた。
「無茶するな……」
「今……無茶しなくていつしますの……!? 友人が攫われたんですのよ……!?」
「その体で何ができる? あの車がどこに行ったのかわかるのか?」
「っ!! ……どうして私を助けましたの!? レムリアは九条を恨んでいますのよ……!? なにをされるか……!」
レオナの目に浮かぶ涙を見て、護は小さく目を伏せた。
魔力の供給源として使う気ならば、下手なことはしないだろうと、護は予想していた。
だが、先ほど腕を折ろうとしたところを見れば、それくらいはするかもしれない。
ひとまず、命の危険はないだけで、確かに何をされるかわからない。
それを思い、護は頭を振った。
それはレオナが攫われたところで一緒なのだ。
長年、争ってきたアストリアの貴族への恨みのほうが、長い分重いかもしれない。
「安心しろ。すぐに助けにいく。あいつらを逃しはしない……!」
明確な殺意を一瞬だけ発した護は、フラフラとして立つこともできないレオナの肩を強く掴んだ。
「……約束……ですわよ……?」
「ああ、必ずつれて帰ってきてやるよ」
そういって、護はレオナを担ぎ上げた。
すでにレオナに意識はない。
腹部が痛むのか、呼吸は荒く、汗も浮かんでいた。
おそらく骨が折れてるな、と護は推察しつつ、あまり揺らさないように、しかし速く走り始めた。
すぐにでも追跡したい気持ちがあったが、レオナをこのままにしておくわけにもいかなかったからだ。
荒い呼吸を吐くレオナを見て、もう一度、護は微かに殺気を発し、それを押し込めた。
怒りに飲まれれば、冷静さを失う。
冷静さを失えば、助けられる者たちも助けられなくなる。
一体、どれほどの生徒が攫われたのか。
それ次第では手に負えない可能性も出てくる。
とにかく急いでイージスを運んできたであろう“部下”たちと合流しなければ。
そう思い、護はレオナに配慮しつつ、足を速めた。




