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第12話 襲撃・上






 4月12日。

 午後16時20分。






 帰宅する生徒たちと共に、見回りに向かう生徒たちも市内に散っていた。


 その生徒たちを、暗い空間でモニター越しに眺める男がいた。

 レムリア連邦軍の少佐、リッツ・フィクサーだ。

 暗い空間にはリッツのほかに3人いた。その内、2人はリッツの補佐をするオペレーターたち。

 もう1人は獣のような大男。


「これはこのまま行きますかね?」


 リッツは隣にいる大男、ローガン・シュバルツ特尉にそう問いかけた。


 誘拐事件を起こしたおかげ、作戦は色々と順調に進んでいた。

 学園には豊富な魔力を持つ生徒が多くいるが、教師陣や上級生の一部は戦闘可能な技能を持っている。

 これを打ち破るには戦力が足らなかった。


 だから騒ぎを起こして、学園内から出てきてもらった。

 下校中の警護を期待していたが、まさか少数グループで市内に散らばるとは。


 自分の想像以上に作戦が上手くいっていることに、リッツは微かに興奮していた。


 この作戦が成功すれば、レムリアの英雄になるのは間違いなかったからだ。


 しかし、ローガンは鋭い視線をモニターに向けながら首を微かに横に振った。


「非常事態というのはいつでも起こる。まだまだ生徒が学園から出てきただけだ」

「散らばって出てきさえすれば、私の部下に失敗はありませんよ。戦闘訓練を受けているだろう3年は別にしても、まだまだ戦闘訓練が本格化してない2年と入学したばかりの1年。私の部下なら敵じゃありませんよ」

「教師や3年を避けて、目標人数に到達するのか?」

「問題ありません。20人もいれば1発は撃てますし、数を見れば60人くらいは確保できそうです。3発も撃てれば、ホール周辺の防衛機能を沈黙させることはできます」


 愉快そうに笑ったリッツはすぐに真面目な表情を浮かべて、ローガンに問いかける。


「ですので、止めませんか?」

「“予備”はいつでも用意しておくものだ。それに少佐。作戦は始まった。予定通り行動するのは基本では?」

「特尉がいれば確保効率が格段に上がるんですがねぇ……まぁ仕方ありません。私はここで全体の指揮を取ります。くれぐれも20分という約束は忘れないように」

「心得ているさ」


 そういってローガンは暗い空間の端まで歩いていくと、そこを開けた。


 ローガンたちがいたのはワゴン車タイプの車の中だったのだ。


 そしてそのワゴン車が停まっていたのは、彩雲学園の裏口がすぐ見える位置だった。


 ローガンは裏口に立つ2人の警備員を見て、獰猛な笑みを浮かべて歩き出した。






◆◇◆






 もしも学園に攻め込むつもりなら、裏門から。

 そう判断したレオナと美咲は、裏門近くにある実験棟の休憩室で待機していた。


 休憩室は教員用のためか、設備が行き届いており、育ちの良い2人が不便を感じないほどだった。


「まったく……あの男は……」

「まだ言ってるの? レオナさんは本当に結城君が気に入ってるのね」


 椅子に座り、カフェテリアで人気の学園限定コーヒーを手に持ちながら、美咲は苦笑した。

 その間にも遠距離知覚の魔術を使い、裏門一帯の監視は怠らない。


 そんな美咲の言葉にレオナはムッとした表情を浮かべた。


「私があの男を気に入っている? 何を言ってますの? 美咲さん」


 慌てる素振りを見せず、本当に嫌そうにレオナは答えた。


 そんなレオナに苦笑しつつ、美咲は頷いた。


「気に入っていなくても、気にはなっているでしょう?」

「あんな礼儀知らずなど、気になりませんわ。もしも気になるというなら、害虫が目に付くのと似たようなものですわ」


 護が聞いたら激怒しそうなことをいったレオナは、美咲から視線を逸らした。

 美咲が母親のように、全てわかっているような笑みを浮かべていたからだ。


「私たちって特別扱いでしょ? 自分でいうのも何だけど」

「それがあの男と何の関係が……?」

「結城君は特別扱いしないから、一緒にいて、話をするのは凄く楽なの。理由はわからないけれど、結城君は九条やミルフォードという姓に過剰な反応をしないし、私たちを個人としてしか見ない。新鮮でしょ?」

「……否定はしませんわ。私にあそこまで無礼なのは結城護くらいですもの」

「ふふ、そうね。もしかしたら、結城君って失礼なだけの男の子なんじゃって思うときがあるもの」



 美咲の言葉にレオナは首を横に振った。

 そしてここにはいない話題の人物を睨むようにして、目を吊り上げた。


「事実、失礼なだけですわ! 私を“女性”としても扱わない上に、私を何度も軽く見て! 許せませんわ!」

「……ああ、だからなんだ」

「なんですの?」


 美咲が何かに気付いたように呟いたのを聞いて、レオナは怪訝そうな表情を浮かべた。


 そんなレオナを見透かすように、真っ直ぐとした視線を美咲は向けた。


「自分が自信があることに対して、一切敬意も興味も示さないから、どうにか興味を向けさせようとしてる……そんなところ?」

「なっ!? わ、私が! あ、あんな……! あんな礼儀知らずな男の興味を惹きたがっているといいますの!?」

「動揺するところを見ると図星なのね」


 美咲はレオナが顔を真っ赤にして否定するのを見ながら、自分も大して変わらないけれど、と内心で呟いた。


 美咲もレオナも、注目を浴びなかったことはこれまで一度としてなかった。少なくとも、他者に興味を抱かれないなど、一度としてなかった。


 学校に通っても、多くの人が近づいてきた。そして近づかない人たちも、意識して近づかないだけで、無関心な人間は皆無だった。


 しかし、護は違った。

 美咲とレオナのほうから近づくため、一定の興味を得られているが、そうでなければ、その他の生徒と変わらない扱いを受けるだろう。


 意識して避けているわけではない。ただ特別な関心を抱いていないだけ。

 それがわかっているから、レオナは憤り、突っ掛かる。

 それがわかっているから、美咲はからかうようなことをしたり、友人としてのポジションを得ようとした。


 新鮮ではあれど、経験がしたことがないことゆえに2人は戸惑った。

 興味を示されることに嫌気を感じていても、全く興味を示されないのは寂しく、悔しい。

 そんな子供のような感情を、美咲はなるべく見せないように務め、レオナはそれを表に出している。


 これで護がレオナと美咲に興味を示せば、2人は今よりは護に対する関心を薄れさせるだろう。


 どうにか興味を惹こうとしている子供。

 2人の現状はそう例えるに相応しかった。


 そんな2人の様子に気付いているのはただ1人。

 護の横にいつもいる軽薄な少年。


「結城君も不思議だけど、矢上君も不思議よね。変わった者同士だから仲が良いのかしら?」

「どちらも女の敵ですわ!」

「矢上君については否定しないけれど、結城君とのことは事故でしょ?」

「私の肌を見ただけで、もう有罪ですわ! 女の敵ですわ!」

「客観的に見て、言いがかりだと思うけれど……」


 興奮冷めやらぬといった様子で護に対する文句を口にするレオナに呆れた美咲は、知覚魔術で裏門に近づく男をキャッチした


 その男、ローガンの纏う雰囲気にただならぬものを感じた美咲は立ち上がる。


「レオナさん。正真正銘、敵が来たかもしれません……」






◆◇◆






 彩雲市・中央住宅地近辺

 午後16時23分。






 見回りを担当する生徒の数は総勢で120名ほど。

 その内、戦闘訓練を受けた3年生は40名弱。

 その40名弱は学園から離れた位置を担当し、比較的安全と思われる市街地などには1、2年生が4から5人で班を組んで見回りをしていた。


 その1つに護衛されるような形で、桜は帰宅していた。


「なんで、あんたなんかと同じ班なのよ」

「俺の台詞だ。まったく」


 桜を護衛する班には、Bクラスの高原と理緒がおり、桜は2人の喧嘩を苦笑しながら見ていた。


 班には他に2年生の男子生徒が2人おり、その2年生たちも2人の喧嘩には呆れていた。


 たまたま、桜の帰宅ルートと、見回りのルートが途中まで被っていたため、こうして一緒に歩くようになったが、桜が合流してから2人はずっと文句をいっていた。


「桜、安心してね。どこかのノーコンと私は違うから」

「誰がノーコンだ! てめぇよりはマシだ!」

「はぁ? 桜に当てそうになったのを忘れたわけ? 馬鹿なの?」

「このっ!」

「ふ、2人とも……喧嘩しないで。ね? ほら、仲良く仲良く」


 桜が仲介に入ると、今にも殴り合いに発展しそうだった2人は、同時にそっぽを向いた。

 その息があった行動に、実は相性がいいんじゃ、と桜は思いつつ、小さく笑みをもらした。


 桜の家まではあと1キロとなかった。

 このまま家に帰って、それから時間が経って、無事に見回りが終わった理緒から連絡が来る。

 そう桜は安心していた。


 だから、横を通り過ぎた2人組のスーツの男が後ろにいた2年生たちの首を絞めたとき、状況が理解できなかった。


 首を絞められれば、うめき声が漏れる。

 そのうめき声に反応して、後ろに振り向いた桜の目には、首を絞められ、地面から足が浮いている2人の2年生だった。


「きゃあぁぁぁ!!!!」

「人が襲われたぞ!?」


 周りにいた大人たちが騒ぎ出した。

 しかし、どうして、そう思う前に、桜は後ろに引っ張られた。

 引っ張ったのは高原だった。


「三原! 今井を連れて走れ!」

「あんたは!?」

「いいから行け!」


 高原は桜を乱暴に理緒に預けると、ポケットからギアを取り出して、すぐに魔術を発動させた。


≪トライ・セイバー≫


 3枚刃の魔力刃が展開され、それを躊躇わずに2年生を締め上げるスーツの男に振った。

 一瞬でわかったのだ。

 全力でやらなければやられる、と。


 しかし。


「逃げた2人を頼む。こいつは俺が」

「わかった」


 高原の魔力刃は、スーツの男が取り出したナイフに受け止められた。

 もう1人のほうが理緒と桜を追いかけるが、それを食い止めることは高原にはできなかった。


 魔力刃を受け止めたナイフには、なんらかの術式がかかっているのか、異常な頑丈さを発揮していた。

 そのナイフが高原の向かってくる。


 腕を狙った一撃を一歩退いて避けると、高原は深呼吸した。

 目を離せば、確実にやられる。

 集中しなければ受け止めることもできない。


「奇襲されたわりには良い反応だな。ただ、実力が足りない」


 スーツの男は地を這うような低い姿勢で、高原の間合いに侵入した。

 高原は中段に構えていた魔力刃で対応しようとするが、それ以上の速さで高原は腹部を殴打されて吹き飛んだ。


 速い。

 そう感じたときには地面に叩きつけられていた高原は、痛みに呻きつつ、桜と理緒のほうを見た。


 もう1人のスーツの男に追いつかれた2人は、なんとか応戦しているが、捕まってしまうのは時間の問題に見えた。


 実力差がありすぎた。

 それは2年生が瞬時にやられた時点でわかっていた。

 けれど、想像以上だった。


 それでもと、高原は考えた。

 せめて2人くらいは逃がさないと。


 彩雲学園に入れた自分がエリートだという意識が高原にはあった。驕っていたのだ。

 実際、中学まで、魔術の実力で高原に勝てた者はいなかった。


 A組の多くは十三名家やそれに連なる家の者たち。

 規格外は置いておいて、B組の自分は十分に優秀だと思っていた。


 F組と合同授業のとき、険悪な雰囲気が漂っていた。

 B組がF組を見下していたからだ。

 それをなんとか解消しようと、高原なりに努力した。


 だから、F組の近くで魔術を使った。

 自分の魔術の凄さで雰囲気を変えようとしたのだ。


 結局、それは自分の実力不足で失敗に終わり、三原との喧嘩はF組の男に止められた。


 そのときから高原はエリートという意識を捨てていた。

 結果が物語っていた。

 自分の魔術を受け止めた男はF組におり、その男に庇われた。


 人としてもその男のほうが大人で、魔術の腕もそいつは優れてた。


 驕りを捨て、謙虚になった高原は自分の行動を恥じ、そして実力不足をなにより恥じた。


 寮に住む高原は朝早くに起きて、自主練にずっと励んだ。

 コントロールに重きを置いて、ずっと練習をしていた。


 だから、高原は躊躇わなかった。


 ギアを握り締め、体の痛みを無視して、理緒と桜に相対するスーツの男に向かって思いっきりギアを振った。


≪アーク・セイバー≫


 飛ぶ斬撃。

 高原が使える魔術の中では最も難易度の高い魔術。


 それを高原は痛む体でコントロールし、スーツの男に命中させた。

 桜は驚いたように目を見開き、理緒はその隙を逃さずに桜を連れて走り出した。


「中々機転が利くな? けど、残念だったな」


 倒れる高原に向かって、高原を吹き飛ばしたスーツの男がそう声を掛けた。

 何のことかわからず、高原はそのスーツの男を見た。


「俺たちが2人だけだと思ったか?」


 高原はハッとして、逃げる理緒と桜を追った。

 2人の目の前に車が割り込み、その車から出てきた男たちが理緒と桜を取り押さえた。


 それとほぼ同時に首に衝撃を受けて、高原の意識は途切れた。


「こちらデルタチーム。5名確保。引き続き、任務を続行する」


 そういって高原を気絶させたスーツの男は、うつ伏せの状態で気絶している高原を担ぐ。

 その際に、高原が握っていたギアを手から奪う。


「ギアは捨てて行け。発信機がついている場合もあるからな」


 高原のギアを放り投げながら、そうスーツの男は理緒や桜を拘束している者たちに指示した。


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