第11話 月曜日
4月12日。
朝。
登校した護は、クラスメイトがざわめいていることに気付いた。
すでに登校していた峻も、MADを見て顔をしかめている。
「峻」
「おー、護。メール見たか?」
護が首を横に振ると、峻がMADを護に見せた。
そこには一通のメールが映っており、その差出人は。
「生徒会?」
「ああ。日曜日に誘拐事件が起きたらしくてさ。学園側と協議した結果、生徒会と生徒の有志で下校中は見回りをするらしいぜ」
「下校中の見回りか……。戦闘系の授業を選択してる3年が中心か?」
「そうだろうな。まぁ、有志っていってるし、1年からも出るだろう。担任の許可があれば参加できるってさ」
暗に見回りに参加するのかを聞いてきた峻に対して、護は首を横に振った。
ホールの防衛につかねばならない以上、いつでも動けるようにしておかねばならないからだ。
そしてなにより。
「張り切りそうなのはB組だろうしな。やる気がある奴に任せとけばいい」
「それもそうだな」
峻は護からMADを受け取りながらそう答えた。
2人はその話を終わらせると、今日の授業の確認をし始めた。
◆◇◆
「結城君……理緒ちゃんが見回りに参加するって言ってるの……どうしよぉ」
授業と授業の間の時間に、桜が護の席に近寄ってきて、そう泣きそうな声で言ってきた。
護は峻と顔を見合わせた。
「どうしようって」
「言われてもな……参加に関しては三原の自由だし」
「でも、誘拐犯とばったり遭遇しちゃったら……?」
「いやぁ、見回りはチームでするだろうし、わざわざ見回りをしている人間を誘拐犯もターゲットにはしないでしょう。誘拐してるところを見つかったら逃げるだろうしね」
峻の言葉に護は頷いた。
誘拐がレムリアの仕業という可能性もあるが、わざわざ潜入したのに目立つ誘拐をする意味が護には見出せなかった。
ホールを狙う上での陽動という可能性も考えられたが、陽動にしては誘拐は弱い。
警察や軍の目を引き付けたいなら、もう少し派手なことをする必要がある。
「危険は少ないだろう。それに見回りに加われるのは教師が認めた者だけだ。教師が認めたってことは、身を守れるだけの実力があるってことだ。心配しすぎだ」
「そうなのかな……誘拐事件は3月くらいにも起きてるし、私は不安だよ……」
「この学園の理事の1人にはアストリアの王女、リリーシャ・アストリアがいる。生徒に手を出せば黙ってないさ。誘拐犯も騎士に狙われるのは避けたいだろうしな」
言いつつ、生徒が誘拐されたとして、リリーシャが騎士を動かすことはないだろうな、と護は思っていた。
たかが誘拐犯程度に騎士を当てるなどありえない。
なにより、リリーシャが自由に動かせる騎士はそこまで多くはない。
いや、と護は自分の考えを否定した。
動かせる騎士はいても、動かそうとする騎士が少ないだけだ。
リリーシャ・アストリアはおそらくアストリア王国の中で最も騎士を信頼していない人間の1人だからだ。
自分の護衛を任せる騎士は片手の指よりも少ない。
そんなリリーシャが民間人の救出を騎士に委ねるとは考え難い。
「そうだよね。大丈夫だよね」
桜はそう自分に言い聞かすように言うと、護と峻に礼をいって自分の席に戻った。
「まぁ、心配にはなるよな。三原さんとは幼馴染なんだと」
「三原としては今井さんを守ると意気込んでそうだけどな」
空回りをしなければいいけれど、そう思いつつも、護の意識はホールの防衛にあった。
どうやって防衛するか、そこに意識が集中していたのだ。
◆◇◆
昼休み。
いつもより人が少ないカフェテリアで峻と昼ごはんを食べていた護の下に、美咲とレオナがやってきた。
「げっ」
「その反応はなんですの!? 礼儀がなっていませんわよ!?」
「カフェテリアで大声を出すお前にだけは礼儀云々はいわれたくない。それで? 2人は体育館からの帰りか?」
「そうなの。お昼がまだだからご一緒してもいい?」
美咲が笑顔でそう護に聞いた。
護はレオナを見ながら、渋い顔をした。
その渋い顔を見て、レオナは眉を吊り上げた。
「その顔はどういう意味ですの……? まさか、この私、レオナ・エイミス・ミルフォードと」
「ああ、食事するのが嫌なんだよ。うるさいから」
「っ!? このっ! セクハラ男のくせに生意気ですわよ!」
「だったら、セクハラ男に近づくな。はい、というわけでお引取りください」
護の言葉にレオナは顔を真っ赤にして、豊かな金色の髪を揺らしながら護に掴み掛かろうとする。
それを隣にいた美咲が呆れた様子で止めた。
「レオナさん。喧嘩は後にしてくれると、私はとても嬉しいのだけど?」
「美咲さん!? 私は今、この男に侮辱されたんですのよ!?」
「おい、峻。貴族のお嬢様からすると、相席を断ると侮辱になるらしいぞ? 俺たちのほうが先に座ってたのに」
「いやいや、ミルフォードさんの誘いを断る護は男として間違ってると思うんだ。というわけで、ミルフォードさん、オレの隣に」
「絶対に嫌ですわ!」
力強く拒否された峻は、しょぼーんとした様子で目の前にある焼き魚をほぐし始めた。
味方をしたはずなのに、かわいそうな奴、と峻を哀れんだ護は、非難するようにレオナを見た。
「わ、私が悪いとでもいいますの!? 女として当然の防衛行動ですわよ!」
「さらっとお前は人を傷つけるよな……見ろ。滅多に落ち込まない峻が落ち込んだじゃないか」
「普段の行動のせいですわ! 美咲さんから聞いてますわよ!? 大の女好きだと!」
峻が焼き魚をほぐすのを止めて、美咲を驚いたように見上げた。
美咲は峻から視線を逸らし、護に話を振った。
「まぁ、今はそういうことは置いておいて、少し話があるの」
「九条も大概、良い性格してるな」
「置いておかれた……」
ショックを受ける峻をよそに、美咲は護に視線で移動することを促した。
護と峻が座っている席は4人掛け。
その席に護と峻が向い合って座っている。
護の横にレオナがうるさくするのは目に見えており、かといって峻の隣は先ほど拒否したばかりである。
そうなると護が峻の隣に移動するのが一番手っ取り早いのだ。
美咲が真面目な話をしようとしているのを察した護は、小さく頷いてからトレーを持って峻の隣に移動した。
「隣に男が来た……」
「目の前には薔薇みたいな女が2人来たぞ」
「おお! そういう考えもあるか。ちなみに薔薇に例えた理由は?」
「棘があるから」
護の言葉にレオナは明らかに、美咲は微かに不機嫌そうな表情を浮かべた。
その反応に気付かなかったフリをして、護は美咲に話を促した。
「で? どういったご用件だ?」
「どういったご用件だと思う?」
こちらを試すように美咲はそういって笑った。
護はそんな美咲を半眼で睨み、そのまま椅子から腰を浮かした。
「用がないなら失礼するぞ?」
「あ、ちょっと待って! もう! ちょっとしたお茶目なのに……」
「話をしたいといったのはそっちで、こっちは聞いてるんだ。真面目に話せ」
「意地悪」
「どうとでも言え。それで? 九条の家からなにか情報でも来たか?」
護の指摘に美咲は微かに驚いた表情を見せた。
しかし、すぐに真剣な表情で頷く。
「ええ、どうやらレムリア連邦の部隊が彩雲市にいるそうよ。目的は不明。警察が総力をあげて捜索しているようだけど、未だに見つかっていないわ」
護は、警察に情報をリークしたというリリーシャの言葉を思い出した。
警察関係者から九条に漏れたのだろう。
十三名家が動き出せば、アストリアは動き難くなる。
彩雲市はあくまで日本の領土。そこでの問題解決に政府が動いている以上、他国が動くのは筋違いだからだ。
望ましいのは日本政府が対応できずに、アストリアが対応する展開。
下手な対応されるよりは、まったく対応できないほうがアストリアは動きやすい。
力のある魔術師が派遣されるような事態は、できれば避けたいなと思いつつ、護は美咲の話を聞く。
「私は誘拐事件とこのレムリア連邦の部隊が関わっているんじゃないかと思うの」
「目的は?」
「学園の襲撃……なんじゃないかなって思うの」
「誘拐事件のせいで、3年生や教師陣が外に出る以上、可能性は高いと思いますわ」
レオナと美咲の考えに、護は横にいる峻を見た。
この中で最も柔軟な考え方ができそうなのが峻だったからだ。
レオナは思い込みが激しく、他人の思考を考えることには向いてはいない。
美咲は色々と頭は回るが、お嬢様育ちのせいか穴がある。
「峻はどう思う?」
「うーん、本気で学園を攻めたいなら、誘拐事件を起こすかな? そもそも学園を襲って何をするんだろう? わざわざレムリアから密入国してきたんだから、やっぱりもっと価値のある物を狙うでしょ。たとえば、ホールとか」
「じゃあ、矢上君は誘拐事件とレムリアの部隊は無関係だと?」
「それも微妙だよね。レムリアの部隊が潜伏してて、誘拐事件が起きる。偶然ってわけじゃない気がする。3月の末には2件の失踪事件もあるし、もしかしたら、これも誘拐かもしれない。そうなると連続誘拐。けれど……なんのために誘拐するのかって疑問が出てくるね」
「誘拐の目的は大抵、身代金とか人質とかだけど……」
「レムリアがそんなことするとは思えませんわ」
レオナの言葉に美咲と峻が頷く。
峻はなにか引っかかっているのか、頭を左右に倒して考え込む。
「まぁ、目的はいずれ明らかになるとして、だ。学園が攻められる可能性があると考えてる九条は、どう行動するつもりなんだ?」
「え? あ、私の考えを生徒会長に伝えたら、私とレオナと他数名が学園に残ることになったの。ただ、それだけだと戦力的に不安だから、戦力を増やそうかなって考えてるわ」
美咲がじーっと自分を見ていることに気付いた護は、峻とレオナを見た。
どちらも護を見ていた。
「……戦力って俺か?」
「ええ。寮生だし、別に平気でしょう?」
「残念だけど、5時から出かける用がある」
「そうなの? まぁでも、5時まででも構わないわ。一応、緊急事態に備えておいて」
「そういうのは生徒会とか教師から指示されることだと思うんだけどなぁ……」
美咲に指示されることに違和感を覚えつつ、護は頷いた。
レムリアの狙いがホールであることは間違いなかったが、その一環で学園が襲われることはありえたからだ。
護が頷いたことにレオナは、ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「足を引っ張ったら承知しませんわよ?」
「お前も自爆して下着を晒すなよ? 敵は待ってはくれないぞ?」
「実戦なら戦闘用の服だから心配しなくても結構ですわ!」
「は? 着替えるのか?」
「当たり前ですわ! 私なら一瞬で着替えられますもの! お分かりですか? 貴方との決闘では本気を出していなかったということですわ!」
レオナは勝ち誇ったように胸を張った。
その胸に峻が釘付けになるのを見つつ、護はため息を吐いた。
「なぜため息ですの!?」
「だって、お前、それって自分は相手の技量を見抜けませんでしたって宣言したのと一緒だろう? 手加減しようと、ルールの上だろうと、俺に負けたわけだし」
「あ、あれは、ちょっとお仕置きする軽い気持ちだったからですわ! それに、確かに負けましたけれど、確実なハンデを受けた人間が勝ち誇るのはおかしいですわ!」
「いや、勝ち誇ってはいないだろう。事実をいっただけだ。それに軽い気持ちで決闘を売るなよ……」
「どんな気持ちで決闘を売ろうと私の勝手ですわ! もう、腹立たしいですわ! 再戦なさい!」
レオナの言葉に峻は笑い、美咲は呆れたように手を額に当てた。
そしてため息のあとにレオナと護に向かっていう。
「2人とも学習という言葉を知ってる? そのやりとり何回目?」
「俺は普通に対応してるだけだろう!?」
「その普通の対応じゃ駄目だって学習しろって」
峻が面白げに護の肩に手を置いた。
レオナも美咲に抗議しているようだったが、口でレオナが美咲に勝てるはずもなく、呆気なく論破され、レオナは護を睨んだ。
「なんで俺が睨まれてんだよ……」
「ミルフォードさんが不器用だからじゃね?」
「矢上峻! 今の言葉はどういう意味ですの!?」
「そのままかな。ところでお嬢様方。お昼は? オレらは終わったけど」
峻の言葉にレオナと美咲は顔を見合わせたあと、時計を見て、同時に肩を落とした。
この時間からではどう足掻いても間に合わないからだ。
こいつ、わざとギリギリに言いやがったな、とにこやかに笑う峻を見つつ、護は空いた食器が載っているトレーを片付けに向かった。




