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第9話 模擬戦・下



 護はレオナを真っ直ぐと見据えた。


 レオナの立ち方は右足を前にして、左足を下げている。


 ギアのついた右手は護に真っ直ぐと向けられているが、新たな魔術を行使する気配はない。


「今から攻撃するけど、死角には回り込まないから安心しろ」

「馬鹿にしてっ! 格下は貴方でしてよ!? 相手と相対した以上、どうやって勝つかを考える。そう言ったのは貴方だったはず!」

「ああ。だから勝つ方法を考えて、死角に回り込む必要はないって結論にたどり着いた」


 護の言葉を聞いて、レオナが整った眉を跳ね上げた。


 眼光だけで人を殺せるのではないかと、錯覚させるほど、レオナは護を強く睨む。


 護は今、レオナに向かって、隙をつくまでもない、と言い放ったのだ。

 先ほどまで自分の魔術から逃げ回っていた護に、侮られたことは、レオナには耐え難い屈辱だった。


 レオナはすでにいくつかの戦法を考えていた。

 その中には、一歩も動けないレオナの背後に回りこむ護を撃退するための戦法もあった。


 それら全てを白紙に戻し、レオナは激高と共に叫んだ。


「ならばやってもみなさい!!」


≪フォース・スティンガー≫


 新たに5つのスティンガーを生成し、残してあったスティンガーと合わせて、6本のスティンガーが護に狙いを定めた。


 護は構えを取ることもせず、ゆっくりとレオナに向かって歩き始めた。

 その歩みには、警戒も恐れもなかった。あるのは自信。

 自信があるゆえに護の歩みは速くなることも、遅くなることもなかった。


「怪我をしても知りませんわよ!」


 レオナは護に怪我をさせまいとしていた配慮を捨てた。


 理由は2つ。

 1つは護の挑発的な言動に怒っていたから。

 もう1つは、護の歩みに不気味さを感じたからだった。


 恐れを知らず、ただ真っ直ぐ前に進んでくる。

 まるで英雄のような歩みに、レオナは微かに悪寒を感じていた。


 そしてそんな悪寒を、同世代の少年に与えられたことに更に怒りを露にした。


 ミルフォード侯爵家の当主である祖父。

 その祖父と結婚した日本人の祖母

 その祖父と祖母の息子である父。

 父と結婚したアストリア人の母。


 尊敬すべき家族が守り続けてきた誇りが、レオナの中にもあった。


 たかが学生相手に侮られ、気圧されるなどあってはならないことなのだ。


 ゆえにレオナは一気に決めに掛かった。

 腕輪型のギアで生成できる限界の数で、護を一斉に攻撃したのだ。


 右側から2本、中央から2本、左から2本。

 計6本のスティンガーが護へと向かった。


 先ほどと同じようにスピード差がついており、1本目を避けたところで2本目が来る。

 それも様々な方向から。


 受け止めるにしても、1枚の防壁では防ぐことが出来る量ではない。


 1本か2本は当たるはず。

 そうレオナは思っていた。

 だが。


≪プロテクション≫


 護の右側に1枚の防壁が浮かび上がった。

 それと同時に、左側にも同じ防壁が浮かび上がる。

 そして、最後に中央に防壁が浮かび上がった。


 計3枚の魔力の防壁が出現し、高速で迫るスティンガーを事も無げに受け止めた。

 その間にも、護は歩みを止めない。


 レオナは自分のスティンガーには自信を持っていた。

 先ほどの3本と、新たに作り出した5本は、込めた魔力量が違う。

 それは威力が違うということだ。


 防壁を突き破る気で作り出したスティンガーを、全て受け止められた。

 それも複数展開という難易度の高い方法で。


 屈辱だと感じる一方、レオナは次の手を考えていた。

 防壁を複数展開できる以上、数を撃っても止められるだけ。


 それならば。


「威力の高い一撃を繰り出すまで!」


 レオナはそういって、もう5メートルほどまで近づいた護に対して、威力重視の魔術を使用することを決意した。


 使う魔術の名はフォース・レーザー。

 魔力を収束して打ち出す、一点集中型の高威力魔術。


 誘導はできないが、この距離なら外さない。

 そうレオナは判断し、すぐにその魔術名を呟いた。

 しかし、それと同時に護も魔術を呟いていた。


≪フォース・レーザー≫


≪ピンポイント・プロテクション≫


 護のギアにセットされているラピスは3つ。

 その内の1つは汎用性の高いプロテクション。

 そして2つ目が、そのプロテクションを高圧縮して硬度を上げるピンポイント・プロテクションである。


 通常のプロテクションで、圧縮して面積を小さくするのは手間が掛かるため、術式を変化させて、最初から別の魔術として分類しているのだ。


 その最大面積は手の平程度で、最小は指一本程度。


 使いどころは難しいが、その防御力はプロテクションを遥かに上回る。


 そのピンポイント・プロテクションが、レオナの右手の前に出現した。

 レオナが気付いたときには、レオナの右手からはフォース・レーザーが放たれていた。


 ピンポイント・プロテクションとフォース・レーザーが衝突する。

 直視できないほどの光が発生し、衝撃波が近くにいるレオナと護を襲う。


 レオナは咄嗟に目を伏せながら、後ろへと下がってしまった。

 決闘のルールよりも、この緊急事態に対処することを選んだのだ。


 閃光と衝撃波が止み、レオナは先ほどまで自分がいた付近を見た。


 さすがは彩雲学園の演習場。

 衝撃波程度では床にはヒビも入っていない。


 しかし、レオナが驚いたのはその点ではなかった。


 先ほどと同じ場所に護が平然と立っていたのだ。

 ピンポイント・プロテクションで防いでいたとはいえ、それで防げたのはフォース・レーザーのみ。

 2つの衝突で発生した衝撃波は護にも影響を及ぼした。


 自分が下がったのに、相手は下がらなかった。

 あらかじめ決めていたルールの上でも負けではあったが、そういったルールを抜きにしても、レオナは敗北感に襲われた。


 呆然とするレオナの耳に、審判である峻の声が届いた。


「いやぁ~眼福眼福。まだ続けて欲しいけど、ミルフォードさんの負けってことでよろしいかな?」

「お前……こういうハプニングを狙って、決闘をしろっていったな?」

「もちろん! 激しく動いて、“揺れる”ことを期待してたけど、これはこれでグッド! よくやった! 護!」


 レオナを凝視しながら、峻はそういって護を褒めた。

 護のほうはため息を吐いて、上に着てたブレザーを脱ぐ。


 そして脱いだブレザーをレオナに投げ渡した。


「なんですの……?」

「自分の服を見ろ。隠したほうがいいぞ」


 ばつが悪そうに視線を逸らす護と、投げ渡されたブレザーを見て、訝しげな表情を浮かべていたレオナは、自分の服に視線をやった。


 衝撃波の影響だろうか。

 ブレザーのボタンははじけ飛び、中に着ていたシャツの胸部分のボタンもどこかにいってしまっていた。

 そのせいでレースのついた赤い色のブラジャーが姿を見せていて。


 状況を理解したレオナはすぐに護のブレザーで自分の胸元を隠した。


 そして、真っ赤な顔で峻と護を交互ににらみつけた。


「あ~……なんてことするんだよ、護」

「死にたくないなら、口を閉じとくことをオススメするぞ。今なら人を殺しかねないぞ。そいつ」


 名残惜しそうにレオナの胸元を見た峻は、レオナから向けられた殺気に満ちた視線に震え上がった。


「そ、そうするよ……」

「そうしろ」

「……これが最初から目的でしたの……!」


 レオナの小さな呟きに、護は固まった。

 とんでもない誤解だったからだ。


「ち、違うぞ? 俺は普通に」

「許せませんわ! 女の敵! 下衆! レムリアにも劣る畜生ですわ!」

「いやいや、狙ってやったわけじゃないから」

「でも私の下着を見ましたわ! 服をはだけさせたのも事実! 侮辱だけでは飽き足らず、辱めるなんて、最低にもほどがありますわよ!?」


 恥ずかしさと怒りでレオナは混乱していた。

 そんなレオナを前にして、護も困惑していた。


 だから演習場に入ってきた人物に気付くことができなかった。


「まだ模擬戦をやってるだなんて、いくらなんでも……やり……すぎじゃ……」


 演習場に入ってきた美咲は、目の前の光景に愕然とした。


 勝者がどちらであれ、お互いが力を認め合って、仲良くなっているだろうと、思い込んでいた美咲には衝撃的すぎた。


 護のブレザーで体を隠すレオナと、その前に立っている護。

 ブレザーの間からはレオナの素肌が微かに見えており、レオナの服がはだけていることが美咲にはわかった。


 どういう状況なのか?

 混乱しつつ、とりあえず美咲は護に訊ねることにした。


「何をしていたの……?」

「九条.お前まで勘違いするな。俺は」

「模擬戦の最中に護がミルフォードさんの服を破いちゃったんだよ~」


 護が説明しようとしたら、峻が色々と問題のある説明をした。


 護は馬鹿野郎と、視線で峻を非難した。

 そんな護に対して、峻はニヤニヤとした笑みを浮かべた。


 場をかき回しやがって。

 護は峻を心の中で毒づきつつ、美咲への対応に迫られた。


「破いた。ふ~ん、破いたんだ? 女の子の服を」

「おい!? 峻の言葉を信じるのかよ!? 俺はやってない!」

「それは嘘ですわ! 私を辱めたのは事実でしょう!?」

「お前!? 余計なんだよ! 黙ってろ!」

「余計ねぇ……。なんだか結城君が必死すぎて怪しいなぁ」


 美咲は笑顔を浮かべて、護に一歩近づいた。

 しかし、その目が笑っていないことに気付いた護は、頬を引きつらせた。


 自分には非がないはず。

 護自身はそう確信しているのに、美咲とレオナに女の敵のように扱われるとなぜだか自分が悪いような気がしていた。


「じゃあ、オレはこれで失礼するわ。護。頑張れよ」

「おい!? 俺に押し付けるのはやめろ!」

「いやぁ、オレって結構多忙だしさ。それにお嬢様方はお前に用があるみたいだし、ここはオレが身を引いてやるよ! 美少女2人と話せるなんて、中々ないぞ! 羨ましいなぁ」


 峻がわざわざ美咲に問題のある説明をした理由を、護は今察した。


 場を混乱させて、自分は逃げるつもりだったのだ。

 あのまま行けば、峻もレオナから仕置きをされていただろうが、すでにレオナの視線は護にだけ向けられていた。

 それは美咲も同様で、峻にはほとんど興味を示していないようだった。


 あの野郎、明日ボコボコにしてやる。


 峻の笑顔に殺意を抱きながら、護はそう決意して、美咲に対しての弁明と、誤解を招くようなことをいうレオナへの対応を始めるのだった。






◆◇◆






 アストリア王国・王都レガリア。




 王都にある城で、リリーシャは侍女長から報告を受けていた。


「日本政府は彩雲市への騎士の派遣は拒否しました。その代わり、東京湾の海上警備に2名の騎士を配備することは認めました」

「やはり拒否しましたか……」


 リリーシャは椅子に座ったまま憂いに満ちた表情を浮かべた。


 アストリアと日本は同盟国とはいえ、首都である東京にアストリアの最高戦力を招くほど気安い関係ではない。

 やろうと思えば、騎士1人でも東京を半壊にすることくらいはできる。


 防衛戦力として頼ってきたからこそ、日本は騎士の力をよくわかっているのだ。


 しかし、アストリアとしては、日本の国土よりも彩雲市にあるホールが大切だった。

 奪われれば、即座に首都に攻め込まれる日本ホールは絶対死守。これがアストリアの上層部の総意なのだ。


 だからこそ騎士を派遣したりするのだが、その騎士に本当に守らせたいのはホールなのだ。

 ゆえにアストリアは再三に渡って、騎士による日本ホール防衛を提案してきた。

 しかし、日本は認めない。


 苦肉の策で、アストリアは彩雲学園を作り、戦闘可能な魔法師を教師として彩雲市に派遣しているが、それでも防衛体制は完璧とはいいがたかった。


 最近、レムリアの動きがきな臭いという情報を掴んでいたリリーシャは、日本政府に騎士の派遣と、海上警備の強化を打診したが、結果はベストとは言い難いものになった。


「“また”サー・ドレッドノートに頼ることになりますね」


 幼い頃から自分の身の回りの世話し、政務を補佐してくれる眼鏡をかけた侍女長の言葉に、リリーシャはため息を吐いた。


 レムリア連邦のように地球の土地を支配しているわけではないアストリアは、どうしても地球の国家との交渉で動きが遅れてしまう。

 そういった隙をついて、レムリアは様々な手を打って来る。


 その対応に騎士たちを向かわせると、どうしても人手不足な場面に直面することになる。

 護に与えられる任務は、大抵このしわ寄せの解決だった。


 彩雲市に騎士を派遣できない状況で、騎士とバレていない護は、アストリアとしては非常に使いやすい駒であった。

 実際のところ、護を彩雲学園に送り込むのはリリーシャの父である国王の決定だった。他の高校に入れないというのは、あくまで建前であったのだ。

 できれば護に平穏な学校生活を送らせたかったリリーシャでも、父の意向には逆らえなかった。


 せめて彩雲学園では穏やかな生活を思っていたのに、もうしわ寄せの解決を頼むことになるとは。


 リリーシャは無力感に苛まれながら、机の上に置いてある黒い腕輪型のギアを手に取った。


「イージスを護に届けてください。日本政府はレムリアの潜入を許すことはないと思っているようですが、もう潜入している可能性があります。できるだけ早くお願いします」

「かしこまりました。サー・ドレッドノートには何というおつもりですか?」

「……後で考えます」

「嫌われるのがお嫌でしたら、私が代わりにアストリア王国からの命令として伝えますが?」

「……いいえ。護を騎士にしたのは私です。どのような命令だろうと、私が伝えます」


 そういいながら、ここ最近は感じたことのない気の重さを、リリーシャは実感していた。


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