第7話 電話
放課後。
護は峻と2人でF組の教室にいた。
残っている生徒は2人のほかには数人ほど。
先ほどまで桜と理緒もいたが、2人は用があるため、先に帰っていた。
「華がなくなった……」
「落ち込んでないで、面白そうな部活を探せよ」
護と峻はそれぞれのMADを使って、学園の部活を見ていた。
どうせなら、高校生らしいことをしたいと、護が部活に興味を示したからだ。
部活の勧誘期間は来週からで、1年生はそこで部活を見て回ることになる。
「そうはいっても、オレは術式研究会に入る予定だしなぁ」
「そういうところは真面目だな」
将来のためにしっかりと部活を選ぶ峻に対して、護は呆れた視線を向けた。
その真面目さを普段に生かしていれば、女性のほうから寄ってきてもおかしくないだろうに。
そう思い、普段から真面目な峻を思い描いて、護は首を左右に振った。
そんな峻は気持ち悪すぎて、友達をやめてしまうかもしれない。
「なぁ、護」
「うん? 別にお前のことを気持ち悪いだなんて思ってないぞ?」
「そんなこと思ってたの!?」
「いや、今のお前じゃなくて、想像の中のお前だから安心しろって。で? なんだ?」
「全然安心できない……。いや、ただMADが」
護は峻の言葉を聞いて、MADを見る。
知らない番号から着信が入っていた。
自分のMADの番号を知っているのは、ごくわずかの人間だけ。
そのごくわずかのうちの1人は目の前にいる。
誰だ、と護は首を傾げながら、とりあえず通話を選択した。
「もしもし?」
『もしもし? 結城君?』
聞き慣れたとはいわないが、知っている少女の声に、護は顔をしかめた。
「九条。誰から俺の番号を聞いた?」
『矢上君』
「オレ」
峻がニヤリと笑い、美咲も楽しそう口調で答えた。
人の個人情報をなんだと思っているのか、と問い詰めたい気分になりつつ、護はなんとかため息をこらえて話を続けた。
「ちなみに俺の番号はどれくらいの値がついたんだ?」
『教えてって言ったら、矢上君が教えてくれたの。その代わりに、名前で呼んでほしいっていわれたわ』
「オレのことを名前で呼んでくれるっていう約束で教えたんだ~」
ほぼ同時に2人に説明された護は頬を引きつらせた。
峻は幸せの絶頂のような表情を浮かべているが、美咲は約束してすぐに名字で呼んでいる。
峻をどんな目で見ればいいのか分からず、護は峻から目を逸らした。
「峻君って呼んでくれるのを今から楽しみなんだよなぁ」
『矢上君を名前で呼ぶことには抵抗はないのだけれど……そもそも男の子を名前で呼ぶことに慣れてないから、多分、ついつい名字で呼んじゃう気がするの』
「そ、そうか……」
護はそう呟きながら、席を立った。
幸せそうな峻がどうしても視界に入ってくるからだ。
初めて、峻に対して可哀想という思いを抱きつつ、護はそそくさと教室から出た。
「ふぅ……おい、峻の奴は楽しみにしてるぞ」
『努力はするけど、10回に1回くらいしか呼べないかな? 呼びたいと思ってるわけじゃないから』
「うん、まぁ、あれだ、精一杯の努力をしてくれ……」
興味が薄いんだろうなぁ、と思いつつ、原因が峻の普段からの言動にあるのは明らかだったので、護はそういうに留めた。
「それで? 何のようだ?」
『ふーん、用がないと私は電話しちゃダメなんだ? 入学式の日は誰かと電話してたのに』
かすかに不機嫌そうな様子を滲ませながら、美咲は護にそう返した。
突如、不機嫌になった美咲の声を聞いて、護はため息を吐いた。
「じゃあ、なんて聞けばいいんだよ? 本当に用がなくて電話してきたなら、正直引くぞ」
『用は確かにあったけど、結城君のその態度だと教えたくないかな』
「教える? なんだよ?」
『私に遠慮がなくて、対等に接してくれる結城君の態度は好きだけど、ぞんざいに扱われるのは嫌。なので、情報と引き換えに態度を改めることを要求します』
前半は拗ねていたのに、後半は楽しげに言うという器用なことをやってのけた美咲に、面倒だなぁ、と思いつつ、護は気のない返事を返した。
「善処しよう。ほら、教えろよ」
『むっ。そんな態度を取る人には教えてあげませーん。結城君が見つかるなら見つかるで、紹介する手間も省けるし、なにより楽しそうだから私はいいの』
会話が繋がらない、というよりは繋げる気がないといったほうがいいかもしれない。
わざと護が混乱するようなことをいう美咲は、小悪魔的な笑みを浮かべていた。
十三名家筆頭の九条家に生まれた美咲は、生まれたときから自然と強い立場にいた。
だから周りが美咲に対して強く出るということはほとんどなかった。
護のように対等に話ができる同年代などごく少数。十三名家や有力者の跡取りを除けば、護は唯一の例外だといえた。
だから、美咲は護をからかうことができた。
九条という家を強く意識する者に対して、拗ねた態度を見せれば慌てさせるだけであり、怒った風を装えば、すぐに本気の謝罪が返ってくる。
悪戯などすれば、それだけでイジメに発展しかねない。
周りの者たちに軽い冗談すらいえなかった美咲にとって、慌てもせず、平然と冗談だと受け止める護との会話は心地よいものだったのだ。
「まぁ、お前がいいならそれはそれでいいや。どうせ大したことじゃないんだろう?」
『ええ、大したことじゃないわ。ただ、私の友人が結城君のクラスに向かっただけだから』
護は勢いよく階段を駆け上がってくる足音を聞いて、階段のほうを見た。
なんとなく、護には駆け上がってきている人物が想像がついた。
おそらく猛り狂った獅子のような少女だ。長い金髪を揺らして、獰猛な肉食動物に似たオーラを発しているに違いない。
『レオナ・エイミス・ミルフォードさん。私と仲のいいA組の女の子よ。結城君と同じような特徴の男の子を探してたから、結城君のことを教えたら、走って教室から出ていってしまったの。あら、どうしたの? 慌ててるようだけど?』
まるで護がいる場所を直接見えているかのような言い方に、護は眉をひそめた。
知覚系の魔術を使えば、遠くの場所を見ることは難しくはない。
鮮明に見たり、継続するのには実力が必要ではあるが、九条の跡取り娘ならできてもなんら不思議ではないと思い、半ば確信を持って護は美咲に聞いた。
「……見えてるな?」
『ちょっと練習中なの。けど、やっぱりレオナと揉めたのは結城君だったんだ。レオナと揉め事を起こす度胸があるのは矢上君か結城君くらいだと思ってたの』
「楽しそうだな……?」
『楽しい……かな? うん、たぶん、楽しんでると思う。人に迷惑をかけることって私はめったにできないから』
「できればこれっきりにしてくれるか……? 人を困らせて楽しむっていうのは、人としてどこか欠落している人間のすることだぞ?」
『善処するわ。じゃあ、保健室に行かないように気を付けてね。レオナはすごく強いから』
そういって美咲が通話を切ったと同時に、階段方向からレオナが飛び出してきた。
「見つけましたわ!」
「しつけぇよ! 失礼な発言をしたことは謝るからどっか行け!」
「その態度が失礼ですわ! 礼儀というものをその体に刻んであげますわ!」
「ひゅー、過激な発言。Mな護としてはたまらないな?」
レオナの大声に釣られるようにして、峻が教室から出てきた。
その顔はニヤニヤとした笑みが浮かんでおり、この状況を楽しんでいることは誰の目にも明らかだった。
「だれがMだっ! 引っ込んでろ!」
「いやいや、九条さんと双璧を成す美少女であるミルフォードさんを前にして、引っ込むわけにはいかないでしょう。ちなみにどんなお知り合いですかな?」
「知り合い? 私とその男が? 冗談にしては笑えませんわ。私とその男は敵同士ですわ!」
「敵同士? それは凄い関係だね。じゃあ、決闘でもするのかな?」
「当然ですわ! 私はその男に決闘を挑みますわ! 今度は逃がしませんわよ!」
レオナは誇らしげにそう宣言したあと、護を勢いよく指さした。
「だってさ」
「煽るなよ……」
「ちょっと決闘に興味が出たからさ。どうせ逃げるのも面倒だろう? 戦っちゃえよ」
峻の言葉に対して、それもそうかと納得した峻は、肩をグルグルと回してレオナを見た。
「わかった。決闘を受けてやる。負けても泣くなよ?」
「泣くのはそちらの方ですわ!」
「はい、じゃあ演習場に移動しようぜ。使用許可ならすぐ下りるだろうし」
そう峻がまとめて、護たちは演習場へと移動した。




