エミュルスィヨネ
遥香は幸せを感じていた。手の届く所に好きな人がいる。
<自分を好きになってくれる人を好きになるなんて恋じゃ無い>
昔、友達が言っていた言葉だ。「そんなのはモテる人のエゴだ」遥香はその時そう思って聞いていた。
自分の好きになった人と付き合おうと思ったら「私みたいに顔も体型にも恵まれ無かった人はどうやって幸せを掴むの」
幸せはひとそれぞれだ、お互いに対して好きでも無いのに相手が欲しいというだけで付き合おう2人もいる。
そして相手がコロコロと代わる。
あまり好きでも無くても、取り敢えずは付き合っているのでキスもエッチもする。そして相手はコロコロ代わる。
他人より心の距離は近く、肌の距離はもっと近くなる。これを繰り返していくうちに、付き合う事やエッチする事の壁が低くなっていく。そして相手はコロコロ代わる。
こうした悪循環を繰り返す人も多いだろう。「私は違う、誠に恋して楽しく過ごすの」
皆んなそう思ってるよ表面上はね。
だけどね、諦めただけなんだ。イケメンでお金持ちで私だけに優しい人を。
この妥協点を探すのも女の人生なのかも知れないね。
妥協点をなかなか見つけられない人は婚期が遅れていくのかな。
皆がそうでは無いね。
大好きな人に別の大好きな人が出来てしまって若い時間を失ってしまう人もいる。
でもね、どっちが良いのか解らないよ。
20歳前に先輩と話してた「好きじゃ無い人と付き合うなら、大好きな人に振られたい」これは立派だけど、その時は幸せだけど、将来は幸せになれるの?
誠からメールが来た
[今日は仕事がなかなか終わらなそう、会えないや。サミシイよぉ]
付き合いだしてから2人はほぼ毎日会っていた。「お金も使い過ぎて無いし、今日は仕方ないか」遥香はそう思いながら寂しさを感じていた。そして心の声とは違う内容のメールを送った
[ご飯作って家で待ってるから、逢いたいよぉ]
このやり取りを誠側から勇輝が見ていたら「キモ」と余計な事を言ってしまいそうだ。
でも、そんな勇輝も彼女が出来たら同じ事をしてしまう性格なんだが。むしろ遥香側の性格に近い。
[遅くなるよ、なんなら先に食べてて]
遥香は誰が見てもわかるほど表情が明るく変わり
[わかったぁ。嬉しい]
返事を20秒以内に返していた。
アパートで1人晩御飯を食べる勇輝。いつもの事だ。サミシイとは特に感じない。2人でいる事の喜びを知らないから。
いつもと違うのは沙羅の事を考えてしまう事。「どこにも行って欲しくない」まだ、何も聞いていないのに無駄な事を考える。
[ねえ、大阪行くの?]
取り敢えずメールを送ってしまう。勿論、すぐに返事が有るわけない。ポテチをつまみながらテレビを見る。「シャワーでも浴びるかな」今日もこのまま歯を磨き、布団に入りいつもと変わらない1日が終わろうとしている。「誰かに電話でもするかな」何かをしようとしているが、実際には何もしない。
1時間位ウダウダしていただろうか、携帯がバイブで動いている。
[まだわからないよ。誘われてすら無いし。何?気になるの?サミシイぃ?]
勇輝はすぐに返信
〔そっかぁ。大阪に行ったらUSJ行きまくりやね]
くだらない、、、サミシイ位言え!
返信は特に無かった。勇輝はシャワーを浴びて布団に入った。
「隆史さんは私を必要じゃ無いの」
「そんな事は言ってないだろ」
「だったらなんで何の相談もなく大阪行きを決めたの」
「環境を変えたかったんだよ」
「彼女も変えたくなったって事」
「そういう事を言ってるんじゃないだろ」
こんな会話をどれ位しているのだろう。しかし、隆史さんは未だに「付いて来い」とも「別れる」とも言わない。沙羅はイライラが膨れていく。
「どうしたいのよ」
「解らない。。。。。」
ここ数日、こんな会話ばかりだ。1カ月後には大阪だというのに。
夜は深まり、窓の外は静寂に包まれている。何かが心の中で蠢いている。感情が代わる代わる巡る。
「私は、、、覚悟もしてるのに、、、ズルイよ」
沙羅が珍しく涙を流した。
こんな日に限って勇輝は外出が無い。イライラが止められない。
誰が悪いかって?勇輝以外悪くない。沙羅が遠くに言ってしまうと考えるだけで落ち着かない。落ち着かないだけならいいが、人の事が一々気になる。そして、一々気に入らない。
「久々に勇輝が不機嫌モードに入ってるね」
絵里が沙羅に話しかける
「本当にああいう所がお子ちゃまなのよね。世話をする方の気にもなって欲しいわ」
絵里と沙羅の研究結果によると、勇輝が不機嫌な時は何をしても無駄な位当たられるが、話しかけ続けるとそのうちに機嫌が直ってくる。
ずっと話しかけないと1日中イライラし続け、酷い場合は次の日に引きずるのだ。
「勇輝、ポッキー有るんだけど食べる?」
沙羅が果敢に攻める
「んぁ、要らない」
関西弁が出ない所をみると怒りは中くらいだ。沙羅は席に戻り絵里にメールをする。
[怒りがMAXではない模様、しかしポッキーでは陥落しませんでした]
[今日はお金が掛かる子なのね、ペニンシュラのマンゴープリンを用意するか]
絵里は直ぐに返事を返す。
[それは隊長が食べたいだけではないでしょうか]
沙羅がニヤニヤしながら絵里に返信
[失敬な!食べたいのはそなたであろう]
送信を押してすぐに沙羅を見る。沙羅と目が合う。
[今日は外出する良い言い訳が思い付かないよ。しょうがない、坊ちゃんの為にお昼休み出かけますか]
[ちょっと遠くない?]
[課長に相談する?坊ちゃんの機嫌取る為って(笑)]
[許可出ちゃったら面白いね。課長もあの不機嫌さんには手を焼いてる様だし]
[上司にまで、気を使わせるな坊ちゃん]
「何をさっきからメールばっかりしてるんだ。しかもニヤニヤしやがって」
突然、背後に課長がいた。
「え、あ、スミマセン」
噂をすれば何とやらなのか。
「ちょっと、あっち良いか」
課長が廊下の方を指差す。
「あっ、はい」
あたふたしたまま沙羅は立ち上がった。
「えーと、何だな、、、」
顔色を窺いながら沙羅は
「どうされましたか」
「ん、、、今日は何で勇輝は機嫌が悪いんだ?あいつがあのモードに入ると部屋全体がピリピリするから迷惑なんだ」
「解らないです。絵里とも話してたんですが」
「さっきのメールはそういう事か?」
「はい、スミマセン。甘い物を与えれば機嫌が直るかと2人で相談してました」
「ブラックサンダーでも買ってくるか?」
「ポッキーで敗北しました」
課長は財布から一万円札を出した
「これで勇輝が納得しそうなお店のケーキを買って来い」
「やったぁ〜」
「お前の為じゃ無いだろ」
沙羅を見ながら思わず笑ってしまう
「あいつは酒を飲まないから呑みにも連れて行けない。ケーキで済むなら安いもんだ」
「焼肉とかビストロとか喜びますよ」
「なっ、ケーキの方が安くつくだろ」
課長は笑いながら席に戻って行った。沙羅は絵里の席に行く。
「怒られたの?」
「怒られてないよ、ケーキ買う許可が出ました」
「嘘ぉー、凄いね」
「しかも軍資金一万円を頂きました」
「やったぁー、何買いに行く?」
少し大きな声に課長がこちらを睨む。勇輝はさらに強めに睨んでくる。沙羅は2人と目が合わない様に
「マンゴープリンじゃ無いの?」
頬が緩みながら絵里を見る
「マンゴープリン食べたいけど予算が有るからねぇ。ウチの部署の分だから15個位買えばいいんでしょ。ここはイデミスギノじゃない」
「まじでぇー、高級〜。お金足りるかなぁ。課長に足りないって言ってくる?」
「怒られるよぉ」
2人は堪えられず笑い出す。
勇輝は再び2人を睨んでいる。課長は2人の悪巧みに何となく気付きながら、お釣りを諦めていた。
「皆さん、課長の計らいでケーキが有ります」
沙羅と絵里が戻って来た。
「おおおおおお」
女性陣が喜んでいる。勇輝は機嫌悪そうに絵里と沙羅を見るが紙袋に気付く。
「イデミスギノだとぉ」
思わず立ち上がりケーキに近づく。
「皆さん、こんな時は解ってますね。恒例の全員ジャンケンです」
誰が何を食べるか全員参加でジャンケン。
なかなか決まらない。部屋の前を通る他部署の人間は何をしているのかと見ている。
勇輝は、、、目を輝かせていた。必死でジャンケンをしている。絵里と沙羅の作戦は成功したようだ。
「よおおおおおし」
一抜けの勝者が決まった様だ。両手を挙げでガッツポーズをしている課長の姿があった。どれを食べるか必死になって選んでいる。
その後ろでジャンケンは続いている。次々と勝者が抜けて行く。残念ながら勇輝の姿はまだそこにある。
沙羅、そして絵里も抜ける。「ヤバイ、勇輝が最下位になんかなってまた機嫌が悪くなったら面倒臭い」絵里がすかさず沙羅に話しかける
「沙羅、私と勇輝とでそれぞれシェアするからね」
さすがボスである。勇輝の扱いが解っている。
そして、ちゃんと、、、ちゃんと最下位になっている勇輝が肩を落としていた。