メットル オン フー
勇輝は電車に揺られながら窓に映る自分を見ていた。
正直なところ、遥香の幸せにはあまり興味はない。
いや、幸せになって欲しいとは思っている。
誠には幸せになって欲しい。
上京してからずっと助けて貰っている。憎まれ口ばかりだが感謝もしている。
だから、だから遥香の行動の意味が理解出来ずにいる。
そして、誠もだ。
確か少し前までは沙羅の事が好きだったはずだ。「人の心は簡単に変わるのか」勇輝は好きになったら簡単に変わらない人間だ。2人の行動が余り理解出来ない。
少しだけだが心の中に引っかかる物が残った。
人には何種類かの生き方が有ると思う。ひたすら最高を求めて上を目指し努力し続ける生き方。
自分に見合ったと思い込み、自分はここまでだとそこにある幸せを掴む生き方。
多分、後者の方が幸せになれる。だって前者にはゴールが無いから。辿り着いた場所にはまだ先が有るだろうから。
窓の自分のもっと奥に東京タワーが見えた。
携帯を取り出し、沙羅と絵里に報告メールを打ち始めた。
誠は足早に、いやむしろ小走りで待ち合わせの場所に向かっていた。
「ごめん、待たせたね」
遥香が精一杯の可愛い笑顔で答える
「大丈夫、今来たところ」
2人が一瞬止まり、そして笑い出す
「ドラマや小説の定型文のような会話だね」
2人は焼肉を焼きながら勇輝の事を話し始めた
「勇輝は純粋でいい奴なんだけど心が幼いよな」
「そうだね、だからスグに拗ねたり怒ったり。周りは常に気を使ってあげなきゃだね」
「でも、皆んなには嫌われてないよな。沙羅や絵里、遥香も仲良いよな」
多分、誠は勇輝への遥香の気持ちを聞きたいのだろう。その事に遥香も気付いたが、
「そうだね、沙羅や絵里は勇輝を兄弟の様に思ってるんだと思う。同い年なのにね」
「そうなんだ、遥香もそう思ってるの?」
心の中でビクビクしながら聞いている
「そう思いたいけど、沙羅や絵里程に勇輝は心を開いてくれて無いと感じる。幼馴染的なポジションかな」
誠は望んだ答えが得られなかったが、これ以上は今日は聞けなかった。
「デザートは何食べる?アイス?杏仁豆腐も有るね。勇輝なら、、、」
遥香がクスクスと笑う
「私達、勇輝の話題多いね」
「そうだな、ご飯を食べる時は勇輝と一緒が多いからなぁ」
「アイスクリームにする」
「じゃあ、アイス2つで、、、。今日は、、泊まって行ける?」
「一緒にいたいけど、着替えなくちゃだから」
「そうか、、、残念だなぁ。。。遥香の家に行っちゃダメかなぁ」
「えっ⁈散らかってる。えっと、来て欲しいけど、えっと。汚いから」
「俺、家に寄って着替え取ってくるから。その間に片付けて俺を迎えてくれるっていうのは?」
「えっと、大丈夫かなぁ。片付くかな。えっとぉ、うん。片付ける」
テーブルにアイスが来たが、2人共が早く2人きりになりたかった。
絵里はミステリアスだ。
いや、よく解らないのだ。
家庭環境はどうやら複雑そうだ。
一戸建てにお兄さんと2人で住んでいるっぽい。
沙羅は色々知っているようだが勇輝までは話は来ない。
彼氏はいるのか?会社の飲み会は色々な部署の会に参加しているが、誰のことが好きなのか全く解らない。
「絵里、この仕事終わらないよぉ。手伝って」
「え〜嫌だなぁ、社食でラーメン奢ってくれたらいいよ」
勇輝の懐具合を解ったチョイスが出来るのが絵里である。
仕事が終わると絵里と沙羅は2人一緒に会社を出た。家が同じ方向で同じ沿線なのだ。
「お腹空いた」
「沙羅はいつもお腹空いてるじゃん」
それでも沙羅はスタイルが良い。
顔も愛らしく、人懐っこい性格で男性人気は高い。だからなのか、よく男の人を勘違いさせて惚れられる。そこを絵里に怒られる事も多い。
駅の売店でお摘みのチクワを買う沙羅。
「ちょっとオッさんみたい」
そう言いながらも絵里もチクワを買う。流石に2人共ビールまでは買わない。
「誠と遥香が付き合うなんて意外だったね」
チクワの開封に手間取りながら沙羅が言った
「でも、遥香はずっと彼氏欲しがってたし。誠も、、、ねぇ」
誠は色々と沙羅にアプローチしていた。食事に誘ったり、コンサートに誘ったり。告白まではしていないが、周りは沙羅に惚れている事を気付いていた。
このまま時間が過ぎても誠と沙羅が付き合う事は無かっただろうと絵里は考えていた。
チクワを食べ終わった絵里は
「あの2人はお似合いじゃない」
と、沙羅に問いかけた
「そうだね、合ってるかもね」
誠に興味が無い沙羅は迷い無くそう言う。いや、ただ単にチクワを食べて満足しているだけかも知れない。何の他意も無いのだろう。
「勇輝はまだ彼女いないのかなぁ」
「絵里が勇輝と付き合ったら」
「私はあの我儘な弟君を一生面倒みたくないよ」
「それは私もだなぁ〜」
2人でケタケタ笑っている。
「勇輝は絵里を好きなのかなぁと思う時も有るよ」
「私も勇輝は沙羅の事が好きなのかなと思う時有るよ」
2人共、恋では無いが勇輝の事が好きなのである。
良い彼女が出来て欲しいと思っている。
それが、遥香では無かったから2人は遥香の勇輝へのアピールを助け無かったのだ。
遥香は彼氏が欲しいだけだと感じていたから。
2人にとって勇輝は大切な友達なのである。この事に勇輝はまだ気付けて無かったが。。。
「このままじゃ、本当に俺はそこそこの人間で終わってしまう」
自分は特別な人間だなんて欠片も思っていない。自分はやれば出来る人間だなんて絶対に思っていない。
これが最近の若者世代とは全く違う感覚だと思う。
だけど勇輝は特別な人間になりたかった。人よりも出来る人間になりたいのだ。そうならなければプライドが保てなくて苦しくて辛いのだ。
「もっと力を付けなければ、今のままじゃ成長が遅すぎる」
勇輝は会社を辞めて新しい世界に飛び込むかを決断し兼ねている。
会社を辞めるのが怖く無いと言えば嘘になる。だが、それが原因で動け無いのではない。では何が。。。
初めて声に出して友達と言える仲間が出来た。
初めて自分に真剣に関わってくれる友達が出来た。これを失う危険がある事は何よりも勇輝に前に進む力を失わせる。
恋もそうだ。2人のどちらかに恋をしたら、その先はどうなるんだろう。2人に全く関係ない人と恋に落ちた時に2人と遊ぶ事は出来るのだろうか。
やはり勇輝にとって2人は別格なのだ。恋を恐れさせる程に。
しかし、何時までもこのままではダメな事も解っている。
「仕事か恋か、どちらかにでも本気にならなければ」
心に火を灯す決意をジワジワとだが初めた勇輝だった。