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Mousse Chocolat Framboise  作者: カフェと吟遊詩人
3/25

モンテ

今の職場に入って2年、勇輝は退屈していた。

決して器用な人間では無い。しかし勇輝は志は大きくプライドは変に高い。実力はそれに伴っては勿論いない。


友人に他の職場の話を聞いては落ち込み、他人の素晴らしい仕事を見ては劣等感で潰れそうになる。


沙羅は綿密さは無いが、器用さ恐れない行動力で勇輝が時間をかけて付けたスキルを簡単に身に付けて行く。


勿論、沙羅は沙羅で頑張っているはずだ。

だが勇輝はそこには気付かない。


手先の器用な人間は小さな頃からそういう事を積み重ねて器用になっている筈だし、それを活かす為に更に現在も努力しているのだ。


「何で俺は人並みに才能が無いんだ」


勇輝は今の職場に退屈しながらも同世代の沙羅や遥香・絵里にも嫉妬している。




大きな苦痛こそ


精神最後の解放者である。


この苦痛のみが、


我々を最後の深みに至らせる。


ニーチェ



「このままではダメだ、もっと厳しい環境に自分を置かないと、ここでしか働けない人間になってしまう」


そう考えながらも、なかなか行動に起こさないのが勇輝である。まあ、そんなに簡単に行動出来る人間で有ればいちいち人に嫉妬などしない。


「勇輝、ご飯食べて帰ろうよ」

遥香はタイムカードを押す勇輝に話しかけた。


遥香、顔は決して可愛くも綺麗でも無い。スタイルも上から下まで真っ直ぐ寸胴。


プライドの高い勇輝、勿論メンクイで一緒に歩く彼女は顔の良い子をと思っている。

しかし、友達にまで顔を求めないのは当たり前で


「あんまりお金無いんだぁ。ラーメンとかなら行けるかなぁ、、、あんまりお金無いなぁ」


財布を覗いて答える。

「焼肉行きたいなぁ」

顔の可愛くない遥香は出来る限りの可愛さを全身で表現しながらアピールした。基本、男も女も面食いだ。妥協点を探したり、相手の良いところを見つけれる様になるには人は成長しないと。


この頃、勇輝は特に好きな異性もいなかった。「花屋のあの子が可愛いなぁ」「毎朝、駅で会うあの子が可愛いなぁ」厨二病を発揮しながら、想像の中で恋をしていた。


「うーん、お金が無いからやめておく」

おいおい、少しは女心も考えろよ勇輝。全く悪びれずに勇輝は帰ろうとしていた。


しかし、そこは顔に才能のない遥香は強い。


「ラーメンで良いよ。その後にお茶も付き合って、ケーキ奢ってあげるから」


勇輝は甘い物に弱い。遥香は当然そんな事は知っている。

「え、どこのケーキ?」

ケーキに関してはグルメな勇輝。

「新丸ビルのイグレックプリュスでいい?」

勿論、遥香もリサーチ済み。地下のお店で無く、上の階のお洒落なカフェを狙っている。

「行く、メープルのムースが食べたい」

甘い物に陥落した勇輝であった。



正直なところ勇輝は既に味噌ラーメンならどこのお店でもよくなっていた。その後のケーキが楽しみなのである。いかに新丸ビルに行きやすいかでお店を決めたかった。


「鬼ラーメンでいい」


遥香はレバ刺しを食べたかった。

ここのレバ刺しは沙羅・絵里も大好きだ。そして、次の日は皆んなでお腹を壊す。


もっと駅の近くにしようよ。「鬼ラーメンに行ったらケーキ売り切れちゃうかも知れないじゃないか」心は既にケーキ。

「じゃあケーキ食べてから、じゃんがらラーメンに行く」

「そうしよう!」心の中は「まあ、ケーキ2個食べてラーメン食べれなくなってもいいや」


実は遥香は最初からラーメンもケーキもどうでも良い。もう既に気付いていると思うが、遥香は勇輝を狙っている。恋愛経験のあまり無い勇輝はそんな事に勿論気付いて無い。「あわよくば勇輝の家の近くのラーメン屋に行こう」女子の計算が働いている。



「やった、メープルのケーキが有る、知ってる?フランス語でメープルはエラブルって言うからこのケーキの名前はエラブルなんだよ」

遥香にとってどうでも良い話をしながら2個目のケーキを選ぶ。


勇輝を狙う遥香は心の中はどうか解ら無いが、表面上は笑顔でそれに答える。

そして勇輝は白々しく


「2個食べたいのが有る、選べないなぁ」

と、つぶやく。

「じゃあ、2人で4個ね」


そう、遥香は食べれる女の子で有る。



2人の会話は仕事の話。上司の話。そしてケーキの話。意外と話が途切れずに続く。どうした勇輝、女子と会話できてるじゃ無いか。


勇輝は遥香に全く女子を意識していなかった。純粋にケーキを楽しんでいた。


「ラーメン、どこのお店にする?」


先払いのこのお店で遥香に払ってもらった勇輝は多少は言いにくそうにしたが空気を読まずに


「少しお腹いっぱい、食べれるかなぁ」


実はここにも遥香の計算があった。


「じゃあ、お腹が空くまで散歩しよう。勇輝の家方面で良いから」


さあ、勇気を出して遥香が勝負に出た。

「丸の内散歩でもいいよ」


さすが女心が解ら無い勇輝、何も気付かない。負けるな遥香。


「じゃあ、私も通り道だから日暮里辺りでどう?」


負けじと攻める遥香。でも、日暮里散歩には無理が無いか?どこを散歩するんだ。


しかし、糖分で脳みそが少しズレている勇輝は「日暮里ならイナムラショウゾウが有るし、エキュートでもケーキが有るなぁ」と、お腹いっぱいと、言っているのにまたケーキを食べようかと考えていた。



取り敢えず山手線に乗り日暮里に向かった。その時、誠からメールが来た。


<今どこ?飯食べようよ>


誠は年上の同期生。実家暮らしで家も裕福だ。実家は駒込に大きな一軒家。勇輝はたまに泊まる事もある。要するに誠に甘えているのである。


「誠が一緒にご飯食べようだって」

タダ飯の香りに揺らぐ勇輝。


「え、、そうなんだ」

何とか2人きりで過ごしたい遥香は戸惑った。

「遥香も一緒ってメールするね」

やはり女心は解ろうとしない。

「う、うん」

遥香は断ると自分が置いて行かれそうな空気に諦めモード。「誠、、、余計な事を」



「いつもの大塚のお寿司屋さんがいいなぁ」


誠の行きつけのお寿司屋。決して高くなく人の良い大将夫婦が営むお寿司屋。


このお店が勇輝の寿司カウンターデビューだ。勇輝にとっては少し思い入れがある。お金を自分で全額払った事はないが、、、。


勇輝は遥香の表情などに全く気付かずメールを続けている。その顔は凄く嬉しそうだ。お腹いっぱいでもお寿司は特別らしい。その顔を見ていると遥香もお寿司が少し楽しみになって来た。


「いつも話してるお寿司屋さん?」

「うん、アピールしてみてる」


誠からのメールが来る。

<自分の分を半額出すならいいよ>


半額とはいえ、お金が無いと言っていた勇輝は大丈夫なのか?

きっと給料日までは苦しむだろう。

満面の笑みを輝かせて日暮里で降りずに大塚駅に向かう。



大塚駅、JR系のホテル・ビジネスホテル・ラブホテルなど宿泊施設がたくさんある。

2人でプラプラしながら誠を待っているが、さすがに少し恥ずかしい。


「駅前で待ってようか」

「そうだね」


遥香は答えながら誠が来ない事を祈った。「出来ればこのまま、、、」


駅に戻るとすぐにその想いは崩れた。


「着いたよ、どこにいる」

誠からの電話だ。

「改札に向かうよ」勇輝が足早に改札に向かう。その後ろを優しく睨みながら遥香も着いて行く。


「沙羅」

勇輝が驚く。


「寿司屋に勇輝と遥香と行くって行ったら付いて来た。後で絵里も来るって」


勇輝以外の4人がホロ酔い気分になった頃、絵里が店に着いた。

「お待たせぇ〜。あっ、待って無いか」

「熱燗お願いします」

絵里は矢継ぎ早に話す。


「勇輝、ちょっと詰めてよ」


4人用のお座敷に5人で座る。

絵里は本人は望んでいないがリーダー的な存在だ。会社では他部署の人間とも交流が多く、同じ部署でも上司に意見も出来る。そして、仕事も出来る。


絵里が加わると沙羅は心からリラックスする。いつもより更に自由人になる。


勇輝は、、、絵里がいると心が楽になる。会話は絵里が皆んなに巧みに振り分け、うまく笑いも誘う。勇輝が1人の世界に入ろうとしても、さりげなく声を掛けてくる。



お寿司を、食べ終わりダラダラとお酒を飲み続けていた。沙羅は良い感じで酔っている。笑い声もいつもより大きい。


「沙羅、今日は勇輝の家に泊まろう」

「うん。勇輝パンツ貸してね」


「えっ?」


「だって私達パンツ無いもん」


こういう2人だ。2人揃うと強さ倍増だ。

お店を出ると、本日のチャンスを逃した遥香が


「私、まだ電車あるから帰るね」


沙羅は家が遠く終電も怪しい。きっと勇輝の家に泊まるというのも、沙羅の為を考えての絵里の行動だろう。


酔っ払った沙羅が、大きな声で歌っている。

家の近い誠


「じゃあ気を付けて帰れよ」


3人の為にタクシーを止める。


「じゃあね、また明日ね」


沙羅、勇輝、絵里の順にタクシーに乗った。



勇輝は道をドライバーと話している。さっきまでうるさかった沙羅は寝ている。絵里は押し黙っている。



タクシーが勇輝のアパートに着き、絵里はお金を払い先にタクシーを降りた。


「沙羅、着いたよ。起きろぉ」


肩を揺する。


「解ったぁ〜、コンビニで歯ブラシ買いた」

「後で買って来るから降りて」


沙羅をタクシーから降ろすと、今度は絵里がうずくまっている。


「絵里、どうした?」


勇輝が側によると手でそれを制する。どうやら吐いたらしい。絵里には珍しい事だ。


「勇輝、シャワー貸してね」

「どうぞ」


勇輝はアパートと階段を駆け上がり慌てて部屋を片付ける。絵里と沙羅がゆっくりと階段を上がって来て扉を開ける。


「どうやらまだ彼女はいないな」

沙羅が意地悪そうな顔で言う。


「うるさいなぁ〜、歯ブラシ買って来るけど他に何かいる?」


「水と朝食べるパン」


「勝手にシャワー浴びてて」

勇輝は扉を出て階段を駆け下りて、コンビニに向かった。


「今日、遥香は勇輝狙ってたよね」

沙羅が服を脱ぎ始めた絵里に言った。


「そう思ったぁ!私もそう思った。スカート短いし肌寒いのにちょっと薄着だし」


「遥香って勇輝の事好きって事かなぁ?」沙羅は家を物色しながら絵里に話す。洗面所の周りや布団周り。女っ気が無いかチェック。


「でも、遥香って彼氏が欲しいだけじゃ無いの?」下着姿のまま絵里はタオルを引き出しから出している。勝手知ったる人の家だ。


「なんか、そんな気がするよね。2ヶ月前は友達に男紹介してもらってたよね」


「まあ、モテる方じゃ無いだろうし必死だよね」悪気なく絵里がゲロだけで無く毒を吐く。


「絵里は人気者だからね」


「おじさん人気には自信あるよ。勇輝にはいい彼女が出来て欲しいね。なんか、私達3人で姉妹みたいだしね」おい、絵里さん。ここは勇輝をたてて兄弟と言ってくれ。




絵里と沙羅が男物のパンツとシャツを着て歯磨きをしながら勇輝に話す。

「今日は遥香になんか言われた?」


「んっ?俺なんか怒られる様な事やった。遥香怒ってるの?」

お馬鹿な返答は本気なのか、気付かないふりなのか。


絵里が話題をズラそうとうがいをしながら

「誠は誰か好きな人いるの?」


沙羅と勇輝は目を合わせる。

言った絵里もハッと思った。

「あの2人は真っ直ぐ帰ったのだろうか」


彼氏が欲しい女と彼女が欲しい男。


恋がしたい2人が終電の無くなった街に残されていた。







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