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朝夕疾風記  作者: 桐谷瑞香
第一章 賽ノ地編
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第一話 団子騒動記

「ねえー、玖音(くのん)。団子食べようよー。食べようよー」

「はいはい、わかったわよ! そんなに言うのなら、付き合って上げるわ! 買い物に付き合ってくれたお礼もあるしね」

 茶屋『風月庵』の店内に近い腰掛けで夕凪がほうじ茶をすすっていると、少年少女の元気な声が聞こえてきた。視線を上げると、向日葵柄の羽織を着た少年とやや緑がかかった淡い藍色の服を着ている、茶色で短めの髪の少女の姿があった。少女の頬は若干赤らんでいるようにも見える。

「ありがとう、玖音! おっじさーん! お団子二人分ちょうだい!」

「はいよ。適当に座って待ってな」

 でこぱちことハチ及び耶八(やはち)は、空いていた腰掛けに座ると足をぶらぶらと動かす。彼からほんの少し離れた場所に腰を掛けた玖音は、でこぱちの様子をちらりと見ていた。視線が合うと、でこぱちは歯を出しながら笑うが、玖音は口をとがらせて視線を逸らす。

 微笑ましい関係の二人を眺めつつ、夕凪も思わず笑みをこぼしていた。少なくとも少女は少年のことを意識している。上手くいけばいいなと思っていると、突如威勢のいい声が耳の中に飛び込んできた。

「おう、耶八じゃねえか!」

 着流しの裾を腰帯の裏に挟み込んだ岡っ引きの衣装、そして腰には十手が見える少年は、お盆を持ちながらにかっと笑ってでこぱちに近づいた。玖音の眉間にややしわが寄る。

「あれ、(らい)、どうしたの?」

「今日は親父の手伝い。小遣いくれるっていうからよ。ほら、注文した茶と団子だ。二人分……だよな?」

 雷の視線がでこぱちから玖音へと移動する。彼女は雷のことをちらっと見ていたが、視線に気づくと正面へと顔が向かれていた。

 でこぱちが首を傾げている様子も見て、雷はにやりと笑みを浮かべた。そしてお盆を腰掛けの上に乗せると、でこぱちの背中をどんどんと叩いたのだ。

「まったくお前は油断も隙もねえな!」

「い、痛いよ、雷!」

「団子なんてしけたもんじゃなくて、もっといいもん奢ってやれよ。……これ、新商品の白玉あんみつ。超うめえぞ」

 指で示された先にあったのは、半紙に達筆に描かれた“期間限定 白玉あんみつ”の文字。それが入り口付近にある垂れ幕に張られており、風が吹く度にはためいていた。

「あんみつ……?」

「おうよ! 冷やした寒天と、もっちもちの白玉の上に果物とあんこを乗せてよ、その上にあまーい蜜をかけるんだ。本当にうめえぞ、食べなきゃ後悔するぜ!」

「甘い……蜜……」

 でこぱちは団子を食べながら、お品書きを見つめる。口からだらりと涎が垂れるが、ぽたりと落ちる前に彼はすすり上げて飲み込んだ。

 夕凪も聞きながらごくりと唾を飲み込んでいた。限定のお品書きに惹かれつつも、甘いタレがかかった団子を引き続き食す。

 このお団子も充分美味しいが、それを上回る食べ物があるとは――。

 妹ほどではないが、美味しいものには興味があった。美味しいものを食べれば、人々の感性は豊かになり、幸せになる。さらには、その食べ物をきっかけとして話は広がりもするだろう。どのような面から見ても利点しかないのだ。

 よりよい記事の題材を仕入れたときは、ご褒美として白玉あんみつを食べようと、夕凪は自身の心の中でこっそりと決めた。



 じっと我慢していたでこぱちだったが、やがて持っていた団子を皿に戻して腰掛の上に置くと、意を決して立ち上がり雷のことを見据えた。

「雷、白玉あん――」

「お、美味しそうなもの食べているじゃねえか」

 声と共に颯爽と現れたのは、ふさふさとした尻尾を持つ小さな狐。人語を喋る狐を初めて見て夕凪は目を丸くした。

 いったいなにもの――!?

 速くなる鼓動を抑えながら、脳内の中の情報を必死にかき集め始めた。知識量は一般の人よりも多い。普段からたくさんの書物を読みふけったり、たくさんの話を聞いているからだ。

 やがてある書物で得た、一つの考えが導かれた。

 おそらく――あれはあやかし。

 人間に化けられるあやかしだろう。

 茶屋にいた他の人たちの視線を一斉に受けながらも、狐は気にも留めずに腰掛の上に飛び乗った。

「団子いただきー!」

 そしてでこぱちが一粒だけ残していた団子を口にくわえた。団子のみを歯で挟み、串を手で持って器用に抜き取り、ごくんと飲み込んだ。

 でこぱちは一瞬呆然としていたが、すぐにはっとして立ち上がった。

「おい、俺の団子返せ! 緋狐(ひこ)!」

 でこぱちが緋狐と呼ばれた狐姿のあやかしを見下ろす。緋狐は半歩下がりつつ、後から来ていた小さな狸と合流した。その狸の尻尾もふわふわしており、握ったら気持ちよさそうである。

 それにしても狐と狸が共に行動しているとは、非常に珍しい組み合わせだ。『狐と狸の化かし合い』という言葉もあることから、一般的にはあまりその二匹は仲が良くない印象を受けるが、現実は違うのかもしれない。

 緋狐は軽やかに飛び跳ねながら、後ろへと下がっていた。

「ぼーっとしているからいけないんだよ。あー、美味かった。また食わせてな!」

「緋狐、俺の団子はないんや?」

 狸が恨めしそうな声を漏らす。

「一粒しか残っていなかったんだよ。……とりあえず今は……」

「俺の団子返せ!」

「逃げるぞ!」

「ちょっと待てー!」

 緋狐のかけ声と共に、狐と狸は一斉に走りだした。玖音の制止の言葉にも構わず、でこぱちは頬を膨らませながら、それらの後を追いかけ始める。

 当初は風月庵の前を行ったり来たりしていたが、なかなかでこぱちは狐と狸を捕まえることができなかった。二匹は捕まえられそうになると、軽やかに飛んだり、左右に移動したりして、見事に逃げ切っているのだ。傍から見るとまるで遊ばれているようにも見られる。

 でこぱちの連れであった玖音と店の手伝いをしている雷を始めとして、風月庵や周囲にいる人間は唖然として眺めていた。

「耶八のやつ、遊ばれているな」

「そうね。狐と狸に遊ばれているなんて……」

 二人で深々と息を吐いた。もはや呆れるしかない。

 夕凪はその様子をしばし眺めていたが、途中ではっとして紙と筆を取りだし、今、目の前で起こっていることを慌てて綴り始めた。

 狐と狸のあやかし。

 あやかしに遊ばれる少年。

 それを日常茶飯事だというかのように眺めている人たち。

 賽ノ地では当たり前でも、夕凪にとっては新鮮な光景だった。

 時折緊迫した空気も漂っている賽ノ地だが、ここには一時の平和な光景が映し出されていたのだ。



 必死に書き記している間も、人と人あらざる者との追いかけっこは続く。

「緋狐と狸休(りきゅう)、俺の団子返せー!」

 狐と狸は軽々とでこぱちの股をくぐり抜けて、近くにあった橋の上を通過していく。でこぱちも軽やかに足を踏み分けながら、その後を追う。

 ふと、その橋の欄干に誰かが立っているのが垣間見えた。

「ふふふ、ようやくこっちに来たか! いつかは来ると思ったぞ!」

 欄干の上にいるひげ面の男はにやりと笑みをこぼしている。小刀と大刀を持っている強面の男だ。ぼさぼさの髪を乱雑に後ろで縛っただけの男、初見からすれば若い女からはあまりお近づきにはなれない人である。

「極悪非道な盗賊め、成敗してくれるわ!」

 なにやらどこかで聞きそうな決まり文句を叫んでいる彼は何者なのだろうか。

 そしてどうしてでこぱちたちを待ち構えているのか。

 しかも欄干の上で。

 多数の疑問が夕凪の脳内を埋め尽くす中、でこぱちはひげ面男をつまらなそうに横目で流し見る。そして軽々と飛び上がり、何の前触れもなく彼の腹に蹴りつけた。

「ぐほ……!」

 間の抜けた声を漏らしながら、ひげ面男は欄干の上から川へと真っ逆様に落ちていった。激しい音と共に一本の大きな水しぶきが吹き出る。

 突然の乱入者のあっけない終わりに、夕凪や玖音、雷たちはぽかんとして眺めていた。

 同時に一部始終を見ていた人は誰でも思っただろう。


 ――何がしたかったんだ、あの男は。


 雷は頭をぼりぼりかいて、「仕方ねえな……」とぶつぶつ呟きながら、店の奥へと行ってしまった。

 玖音は辛うじて喋っていた相手がいなくなると、さらにおどおどし始める。

「ああ、もうどうやって止めよう。あいつなら力でねじ伏せるんだろうけど、さすがにあたしだと無理だしな……」

 夕凪が横目で玖音の様子を伺っていると、視線に気づいた彼女が振り向いた。逸らす前に振り向かれたため、必然的に視線が合う形になる。

 玖音は救いを求めるかのように、夕凪の近くまで駆け寄ってきた。

「ねえ、あなたさっきからここにいるわよね」

「え、ええ……」

 玖音はぎゅっと夕凪の左手を握りしめた。そして縋るような表情で見つめる。

「どうやって円満に終われるか、一緒に考えてほしいの!」

「止める……?」

「そうよ。下手にあの二匹を傷つけたら、また面倒なことになりそうな気がするから。それにあいつら、たぶん本気で追いかけっこしていない」

 たしかに……と思いながら、夕凪は追いかけっこを続けるでこぱちとあやかしたちを見つめた。

 狐と狸は明らかに遊んでいる。逃げようと思えば適当に人混みの中にでも紛れてまけばいい。もしかしたらそこまで頭が回らない可能性があるかもしれないが、そうだとしても同じようなところをぐるぐる回る利点はほぼ無い。

 一方、でこぱちの様子を見ていると、必死に走っているようにも見えるが、口元はうっすらと笑みを浮かべている。おおかた運動ができて楽しいようにも見えた。おそらく全速力で走っているのではなく、適度に運動量は落としているようだ。

 つまりお互いが妥協してやめない限り、永遠と続く可能性があった。

 それを止める手だての一つとしては、今回の追いかけっこの発端となったものを――。

「ほらよ、しょうがないからこれやるよ」

 悶々と思考を繰り広げている夕凪の隣で、玖音に向けて雷がお盆を差し出した。

 その上には甘い蜜がたっぷりかかった、白玉あんみつが置かれている。そしてその隣には串に刺さった団子が三本。

「え、これは……?」

 玖音が困惑した表情をしていると、雷はお盆を押し出してさらに近づける。

「親父にこの状況を言ったら、これでどうにかしろとよ」

「で、でもお金が……」

 消えゆくような声を漏らす。雷は目をぱちくりした。

「金ならいいってよ。どうやらこの状況を野次馬に来た人たちがついでに団子を食べて行っているらしいから」

 その言葉を聞いて夕凪は周囲を見渡した。当初よりも客の数が多くなっており、手には団子の串を握っている者が多い。店の前を通り過ぎようとしていた人が不思議に思って話しかけると、ぼそりと返されたのだ。


「あやかしも食べた、美味しい団子」――と。


 でこぱち、そして狐と狸はどうやら(てい)のいい宣伝となったようだ。

 実は夕凪は懐から財布を取り出そうとしたが、それも杞憂に終わりそうである。

「ハチー! お団子もらったから、もうやめなー!」

 玖音が大声で呼びかけると、でこぱちが反応する前に狐と狸が動き、急に反転して一目散に彼女のもとに駆け寄ってきた。

「ちょっと待て、それは俺のだって!」

 すぐにでこぱちも反転した二匹のあやかしを追う。

 やがて先に二匹が玖音の前に辿り付いた。だが彼女はお盆を頭の上まで持ち上げていたため、団子をかすめ取ることはできなかった。狐と狸がぴょんぴょん跳ねている。

「おい、くれよ、それ!」

「わてらにくれや!」

「ちょっと待っていなさい。大人しくしていたら、あげるから!」

 玖音は肩をすくめていると、呼吸を整えながら濃い飴色の髪の少年が近づいてきた。派手な向日葵色の上着が目に付く。

 彼と視線が合うと、玖音の頬が赤くなりつつも、団子を一本差し出した。でこぱちの表情が爛々と輝く。

 そして彼女はしゃがみ込み、一本ずつ渡したのだ。

「それ、風月庵の親父さんからの奢り。これで追いかけっこは終わりにしなさい」

「はーい!」

 一人と二匹は元気良く返事をする。そしてにこにこしながら団子を食べ始めた。

 玖音はその様子を見ながらくすりと笑う。やがて腰掛けに腰を下ろすと、満面の笑みで自分は白玉あんみつに手を付けようとした。

「では私もいただき――」

「ちょ、玖音だけ何美味しそうなの食べているんだよ!」

「そうだそうだ!」

「嬢ちゃん、抜け駆けは良くないんちゃうか!?」

 一人で限定品を食そうとした玖音に対し、団子を頬張っている一人と二匹は怒濤の勢いで言葉を並べ始めた。玖音はぎょっとして、その様子を見る。

 すかさず狸が膝に飛び乗り、お盆に触れようとした。お盆に下から上に力が加えられ、玖音の手から離れる。

 そして夕凪や雷もあっと声を漏らす中、白玉あんみつは中身を地面の上にぶちまけられてしまったのだ。


 その後辺りに悲鳴が響きわたったのは言うまでもない……。

この小説は「コラボ侍」という参加者が考案した登場人物を、多数お借りしています。

 初めて登場した人物に対しては、あとがきにてご紹介させて頂きます。

 以下、今回の話で出た、登場人物の設定考案者です。


 *風月庵の店主 (べあねこさん)

 *耶八(でこぱち、ハチ) (猫乃鈴さん)

 *玖音 ((仮)さん)

 *雷 (タチバナナツメさん)

 *緋狐と狸休 (Mickさん)

 *欄干から落ちた男《虎ひげ》 (卯堂成隆さん)


 皆さま、どうもありがとうございます!

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