序 とある茶屋にて
このお話は早村友裕さん発案でみてみんから始まった【コラボ侍】のキャラクター達にスポットを当てた、基本一話完結型の短編集です。
この話だけでもお読みいただけるよう執筆していますが、【コラボ侍】の世界についてさらに知りたい方は、みてみんにて【コラボ侍】と検索をかけるか、目次の下部にあるまとめ記事へリンク先をご覧ください。
「おじさん、お団子ください!」
「はいはい。腰でもかけて待っていな」
そう言われた少女は茶屋の椅子に腰をかけて、人々が行き交う風景を眺めていた。少女の真っ黒で長い髪は、表面を淡い青色のりぼんで結い、残りは紺桔梗色の羽織の上に流れている。その落ち着いた色の羽織は勿忘草色の着物を浮立たせてくれた。
一息吐くと、少女は比較的大きな巾着から紙の束を取り出して、おもむろに中を捲り始めた。書き飛ばしている部分がいくつもあり、その場所については後ほど長屋に戻ってからゆっくり書き足すつもりである。
一通り捲り終えると、茶屋の主人が温かなお茶とお団子を盆の上に乗せて中から出てきた。
「おまちどうさん、夕凪ちゃん。ゆっくりしていきなよ」
「ありがとうございます!」
夕凪は笑顔でお礼を言うと、主人は微笑みながら再び中へと戻って行った。
緑茶を一口すすってから、お団子に手を付けた。
そのお団子を見て、夕凪は離れた場所に住んでいる妹のことを思い出した。黒髪を高い位置から結んで、元気良く髪を揺らしている妹のことを。
「元気にしているかな、朝陽。無茶していなければいいけれど……」
はあっと溜息を吐きながらお団子を一粒口の中に入れる。途端に頬は緩んだ。食感が柔らかでとても美味しい。取材が一段落したときはご褒美として、ついつい茶屋『風月庵』に立ち寄ってしまうのだ。一時の極楽を楽しみながら、二粒目を口に運んだ。
夕凪の出身は大陸の北に位置する北倶廬州の果て、通称『賽ノ地』ではなく、さらに北にある中央都の江戸だ。そこに父と妹が住んでおり、今、夕凪は取材の出張という理由を付けて、賽ノ地まで足を運んでいる。
もともと瓦版屋を営んでいる父の手伝いで江戸の中を取材して歩き回っていたが、その中で賽ノ地の話題が何度も出て、気になった末に長期の出張を父に願い出た。当初はあまりいい顔はされなかったが、危険なことには決して首を突っ込まないことを条件に承諾を得ることができたのだ。
危険なこととはいったい何だろうか――不思議に思い、事前に調べたり、賽ノ地に出向いて聞き回った結果、その理由がおおよそ察することができた。
ヒトよりも遙かに腕力や体力に優れている羅刹族の本拠地が近いということだ。
ただ基本的に町の中にいて、余計なことをしなければ被害はないと言われている。
夕凪はそのことを頭の中に叩きつけて、町の中のみで瓦版の記事になりそうな話題を探し回っていた。
羅刹族に興味がないと言えば嘘になる。
母は羅刹族に殺されたらしく、それを思い出すと怒りが溢れ出そうになった。だが力の差は分かり切っている。下手にたてつくものなら、命はない。
幼い頃に母が亡くなり、朝陽にとっては頼れる姉として、そして母親代わりとして生きている夕凪にとっては、十代後半であってもしっかりとした考えの持ち主だった。決してその場の感情だけでは動かないと決めている。
だが妹は非常に直情的だ。
父や周囲の人々が彼女の性格をわかりきっており、何かあったら止めてくれるため、離れていてもそこまで心配はない。しかし万が一彼女の心の琴線に触れるようなことがあったら、止める前に後先考えずに走って行ってしまう恐れがある。それは危惧すべきことだ。
賽ノ地でも不穏な空気が漂っている――。
状況を見て早めに切り上げるべきかもしれない。
とはいっても、この地は面白い話題がたくさんあり、なかなか去りにくくもあった。
江戸よりも小さく雑多な感じを受けるが、様々な人種が混在しており、奉行所が仕切っていたりと統治の仕方も違う。
だからせっかく来たのだから、もう少しゆっくりと実地で色々と知りたいと思うのだ。
そんな夕凪が息抜きで茶屋にいる時に、面白そうな人たちが度々訪れている。
男女や同姓の組、仲が良かったり、一見して仲が悪そうだったり。
その人たちの様子を、夕凪はこっそりと楽しみながら茶屋『風月庵』の端で眺めていた。
美味しいお団子を食べ、お茶をゆっくりとすすりながら――。