毒
毒
よしき
惑星開発の為のドームの中で僕は育った。
この星が人間の住める環境になるにはあと150年はかかるという。
壮大なテラフォーミング計画。
両親はその計画の為にこの星に来て結婚した。
僕はこのドームで生まれた2世代目だ。
そして世代交代を繰り返しながら、この星が生まれ変わるのを待っている。
それが僕の生まれた、生きている場所だ。
ドーム内の人口増加を防ぐために出産規制がかけられ、近所には僕と年が近い子供がいなかった。
だから僕はいつも一人で遊んでいた。
ドームのあちこちに使われていない施設が無数に残っていたので、そこを隠れ家にして一日中遊びまわっていた。
そしてあの日、立ち入り禁止地区の奥で彼女と出会った。
狭い壁の間を抜けると、長い間閉鎖されたかび臭い空間に出た。
走り回れるほどの広さに壊れた機械類が放置されている。
でもそのスクラップよりも僕の目を奪ったのは小さな窓だった。
僕はその窓に近づき覗き込むと、向こう側で何か動くのが見えた。
突然の僕の来訪に驚いていたのは、一人の少女だった。
「こんにちは。」
僕がそう声をかけても彼女は身動きしない。
試しに手を振ると手に持っていた本を置き、こちらへ歩いてきた。
「こんにちは。何やってたの?」
そう話し掛けても何も聞こえない素振りを見せる。
暫らくすると彼女が口をパクパクさせ何か言っているみたいだった。
音が通じてないのだ。
そう気が付き、背中バックから手帳を出す。
-こんにちは。僕はウィル。君は?-
そう書いて彼女に見せる。
しかし彼女は困ったような顔をして後ろを向いて走っていってしまう。
警戒されたかな…?
彼女は本を拾い上げまたこちらに戻ってきた。
そして本を広げると文字を指で指していく。
-わ、た、し、ゆ、り-
僕が「ユリ」と口で形を作ると、彼女は微笑んでくれた。
-う、い、る、は、ひ、と、り、?-
僕が一人で来たのかって聞きたいのかな?
-近くに友達がいないから、探検してた-
それを見るとユリは「わたしも」と文字を指す。
僕は思いつき周りを見渡す。
向こう側への扉がどこかにないか探す気になったのだ。
さび付いた古い扉が部屋の隅に見える。
そこに駆け寄り調べてみると、溶接で封印された跡があった。
がっかりして戻ると、ユリが「どうしたの」と聞いてくる。
僕はノートに「そっちに行きたかったけど、扉がなかった。」と書いてみせる。
うーんと考えたあと、ユリが本を出す。
-あ、え、な、く、て、も、と、も、だ、ち、に、な、れ、る、よ-
会えなくても友達になれる。
そう言われて嬉しくなった僕は大きく頷く。
それを見てユリは笑った。
こうして僕に窓の向こうの歳の近い友達が出来た。
会話はノートと本を使って行われたので時間がかかった。
でも僕たちは始めての友達に興奮して色々な事を話した。
隣に別のドームがあることなんて知らなかったから、お互いの生活の事を質問しあう。
家の端末で勉強し、年の近い子供が少ないところ等は同じみたいだった。
それからお互いの事にも興味があった。
ユリは本が好きで、自分で書いたりもするらしい。
「読ませて」とお願いすると、「いつか」と恥ずかしそうに笑う。
僕は体を動かすのが好きだったし、憧れもあったので警備隊に入りたい、なんて夢を話してみせた。
いつかシャトルに乗り危険な任務に就いて皆の安全の為に働きたい。
そう言うとユリは驚いたあと「すごいね。がんばってね。」って笑った。
本当は漠然とした夢だったけど、ユリに褒められて真剣に考えるようになった。
いつしか時間が過ぎ、ユリは「かえらなくちゃ」と言い出した。
-今度、いつ会える?-
そう聞くと、この曜日にしか外出出来ないと言う。
一週間なんて長いな。
落ち込む僕にユリは文字を見せる。
-や、く、そ、く-
僕もノートに「約束する」と書いてみせる。
僕たちは笑いあう。
また、会う約束をして。
それから毎週会って話しをするようになった。
その頃僕はサッカーの練習をしていたのでボールを持っていったりした。
近所の人に教えてもらったけれど、プレーする仲間のいない僕は一人で練習していた。
自分ではボールの扱いが上手いと思っていたので自慢したかったのだ。
時々壁に飛ばしながらボールをリフティングする。
間違えてユリの覗く窓に当ててしまった時は、丸い目をして驚いていたけど、すぐにすごいすごいと僕を褒めてくれた。
本当は大人たちがやっているチームに入ってプレーしたかったけど、僕はユリに喜んで貰ったほうが何倍も楽しいと思った。
ユリは体があまり丈夫じゃなかったから、僕のように体を動かしたいと言う。
でも彼女は僕に負けないくらいの趣味と知識を持っていた。
本と絵が好きでその話しを僕に分かりやすいように説明してくれた。
そこには僕の知らなかった世界が広がっていて、いつしか僕も本を読むようになった。
特に彼女の書いた本は面白く、何度も続きをせがんだほどだった。
そんなふうに、毎週会える事をお互い楽しみにしていた。
でも、僕はその時まで知らなかった。
ドームのことを調べている時、隔離された地区の話が出てきた。
2つの病原体が合併すると人間を死に至らしめる猛毒が発生する事。
それを恐れドームの一部が隔離されている事。
そして、それを治す薬がない事を…。
僕たちが会う事は死を意味している。
何よりも、ユリと僕は直接会うことが出来ないのがショックだった。
僕は怖くなって、端末にしがみついて泣いてしまった。
約束の日に僕はいつもの場所へ向かった。
何て言えばいい?
何を話したらいいんだろう?
僕の頭の中はそれでいっぱいだった。
ど、う、し、た、の、?
心配そうなユリの顔。
それすらまともに見れず、プリントアウトした紙をユリに見せる。
暫らく文字を追っていたユリが驚き口を押さえる。
僕は涙をこぼしてしまう。
そしてユリも同じだった。
僕たちはガラス越しに互いの手を掴もうとする。
薄くて、こんなに、こんなにも遠いガラスの距離。
僕たちは永遠に触れ合う事が出来ない。
そこにいるのに。
目の前にユリがいるのに。
こんなに遠くて…。
その時背後の物音に振り返る。
父さんと町の人たちがいた。
「ウィル!立ち入り禁止が読めなかったとは言わせんぞ。」
そう言うや否や父さんは僕の頬を叩いた。
町の人が僕の腕をひっぱる。
「さぁウィル、ここは封印しなければならないんだ。父さんと家にお帰り。」
僕はその手を払う。
「父さん、聞いてよ。僕はあの子と…。」
「ウィル!」
父さんは問答無用でまた僕を叩く。
「もうあの子とは会うな!帰るぞ。」
僕の手を掴み、ぐいぐいと引っ張って行く。
「離してよ、父さん!ユリと話をさせてよ!」
父さんの強い力は僕の手を離さない。
「ユリ!」
僕は窓を見る。
ユリは心配そうに僕を見て何かを言っている。
でも、僕にはその声は聞こえない。
僕はユリに叫ぶ。
「ユリ!いつか君に会いに行く!君のところへ行くから!」
聞こえるはずもないのは分かっている。
でも。
ユリは頷いた。
何度も、何度も頷いた。
その刹那。
「ウィル…私…。」
ユリの声が聞こえたような気がした。
真っ直ぐに僕を見る瞳。
それがユリを見た最後だった。
あれから何年もして父さんは僕に謝る。
お前の為だと思った。
お前が死んでしまうんじゃないかと思って怖かった、と。
いいんだ、父さん。
もう分かっているよ。
ユリとあんな分かれ方をしたのは心残りだけど、もういいんだ。
子供の頃は警備隊の危ない仕事が良いなんて言って、本当に子供じみていたよ。
本当に大事な事をユリに教えてもらったから。
今僕はドーム内の研究機関に勤めている。
人々を治す薬を求めてここに来た。
そして僕達の間にある毒を消してしまう薬を求めて。
だから、どうか待っていて欲しい。
僕が行くから。
君の所に行くから。
皆を。
何よりも君を助けたいから。
だから待っていて欲しい。
ユリ。
僕は君に会いに行くんだ。
-や、く、そ、く-
僕の心にはユリの声が聞こえてる。
<終>




