狂言恋慕
男は意気揚々と家に帰る。
余程機嫌が良いのか、鼻歌を歌っている。
「あースッキリしたー」
男がこれほどまでに機嫌がいいのは、今日が日曜日だということに起因する。
男は週に一度の休みを前に、一晩中趣味に興じてきたのだ。
仕事の鬱憤やストレスを吐き出し、爽快感が残っている。
帰る家は、小さなボロアパート。
六畳で風呂なしトイレ共有の家賃が安いというのが取り柄だ。
部屋に帰ろうとアパートの階段を登る。
廊下に入るとそこに男の上機嫌を打ち壊しかねない事があった。
少女がいた。
少女は学生服を着ている。
綺麗にアイロンがけされた制服は遠目からでは皺一つ見当たらない。
優等生みたいな子だなというのが第一印象だった。
その優等生が自分の部屋の前に座っていた。
足を曲げ、お尻は地面につけずドアに寄りかかっていた。
いわゆる、うんこ座りといえばいいのだろうか。
「誰だよあの子。人の家の前で」
悪態はつきつつも少女の事は可愛らしいと思った。
綺麗な黒髪や色白できめ細かな肌は、美しいと言っても憚られない。
とはいえ、可愛いからといってこのままでは困る。
そっと声を掛けてみる。
「すみません。その家に入りたいのですが・・・」
少女は声を掛けられて驚いたのか、勢いよくこちらを振り向いた。
「あ!待ってました。おはようございます」
少女の高くて明るい声で挨拶された。
男は困惑した。
自分はいつこの少女と出会ったのだろうと。
「申し訳ないですが、どこかで会いましたか?おかしいな・・・」
「いえ、初対面です」
少女が幼さを残す顔でにっこりと笑って言った。
本当に可愛いなと思いつつ、次は不審に思った。
はじめましての相手を待ってました・・・?
「えっと、さっき待ってましたと言いましたよね?」
自分の聞き間違いであるかを確認する。
「はい!言いました。待ってました。あなたを」
さっぱり分からないので悩んでいると少女が言葉を続けた。
「待ってました。お姉ちゃんを殺した貴方を」
男は驚いた。
「やっぱり人違いではないですか?」
思い込みが激しい子なのだろうか。
「いえ、間違いではないです。私は貴方の顔を見てました。二週間前のあの日あの山小屋の出来事を」
男は慌てて、女の口を塞いだ。
「むぐっ!」
片手で鍵と扉を開け、口を塞いでいた手を少女の襟でつかみなおし部屋に引っ張り込んだ。
そして、敷きっぱなしの布団の上に投げ飛ばし、乗っかった。
そしてお互い見つめ合う。
まず少女が口を開く。
「殺しますか?私を」
男はその言葉を聞いてはいない。
代わりにというように男は質問する。
「え?お姉ちゃんが俺の殺した子の中にいたの?ククッ・・・ハハハッ。本当に?マジかよ?姉ちゃん殺されて悲しかった?俺が憎い?もしかして俺を殺しにきた?殺したいほど憎い?」
男は先ほどの態度とは一変して楽しそうだ。
「ハハハっ!最高だ。さっき一晩中やって来て朝からこれかよ!今日は最良の一日だ!俺を!憎んで殺しにきたなんて!!」
対して少女は顔色一つ変えずに言い放つ。
「別に・・・あんな姉を殺されたからってなんとも思いません。どうでも良いですよ」
男の笑い顔が止む。
そして少女に覆いかぶさっていた体を退けた。
「なんだ・・・。早とちりしちゃった。でも、君。ちょっとは悲しんだほうがいいよ。どんな人だったかは知らないしもうわかんないけど、一応姉なんだからさぁ」
少女は体を起こしそのまま布団の上で座る。
「悲しむ振りはしましたけど、でも悲しくないものはしょうがないですよ」
男は頭を掻く。
「まぁそれなら仕方ないかもね。でも、なんでここに来て俺を待ってたの?」
「ちょっと気になったからです。どんな人かなぁって」
「あのね君。もし俺が君を襲ってたらどうするの?危ないよ」
「痴漢撃退スプレー持って来てます。抜かりはありません」
もしかしたら、さっきの時点でそれを掛けられていたかもしれない。
いくらなんでもそれはひどいことになりかねない。
家で待たれて痴漢だと叫ばれたって、こっちからすれば迷惑な話だ。
まぁ、さっきは覆いかぶさったけど・・・。
「はぁ~」
男はため息をつく。
「どんな人かもう分かっただろ。普通だよ。だから早く警察にでも学校にでも行ってくれ」
少女は不思議な顔を浮かべた。
「ちょっとオシャレしてきたのに、やっぱり駄目なのかなぁ?」
「あのね~。君は俺に殺されたいの?殺されたくないの?」
「殺されたくない」
「じゃあ、さっさと出て行ってくれ。俺の残り少ない平穏を乱さないでくれ」
「んーでも卑怯じゃないですか?貴方は私の姉を殺してうちの平穏を壊しておいて、あなただけ壊されないなんて」
そう言われると説得力があるかもしれないが、人殺しと女学生じゃあ話なんて通じないもんだと思う。
「じゃあ君は俺に何をして欲しいの?」
その質問をすると、少女は天井を見上げて黙った。
少女は沈黙はしばらく続いた。
そして何か思い立ったように口を開いた。
「私は、まじめとか優等生とかずっと言われ続けてきたの。勉強で好成績をして運動も悪くないって。でも私はそんな人間じゃない。まじめとか優等生とか、そんな十人並みのほめ言葉で勝手に期待しないでって思ってる。私は人よりずっと劣ってる。これといった特技があるわけじゃないし、何が好きって訳じゃない。友達とだってついていくのがやっとなのにどこが優等生なの?そんな自分勝手な望みで私を決めないでって思ってる。だからここにきたの」
少女は早口で一気に話した。
上を向いたのは涙を流さないためだとなんとなく思った。
「よく分からないけど、いい子なのは分かった。だから家に帰ったほうがいい」
「だからいい子じゃない!」
少女は語尾を強める。
「期待されるのが嫌だって事は、期待を裏切りたくなくて頑張る子だからそう思うんだよ。特技だって誰にでもあるものじゃない。というかある方が稀だよ」
「でも・・・」
男の言葉に少女は唇を噛んだ。
「まじめや優等生だって立派な特技だ。だが困ったことに言っている本人達がその凄さが分かってないだけだよ。君は君のまま頑張ればいい」
少女は泣き出した。
「君はこんなところにいちゃいけないよ。寂れた男の部屋にとまったとあれば、また君にとって面倒なことになるよ。されたくもない心配を山ほどされるよ」
少女は涙を拭った。
「それって、帰らせたいだけで言ってる?」
半分は図星だったため、ギクリと体を動かす。
「グスッ、やっぱりそうなんだ・・・」
慌てて否定する。
「半分くらいはその気持ちはあるよ!しょうがないじゃん!ハタチ過ぎた男の部屋に制服の学生がいたらそりゃあ立場悪いよ!」
「人殺しでも体面は気にするんだ・・・」
少女は少し笑って言った。
「だから普通の人なんだって。ちょっと趣味が変わってるだけだよ」
「女を一晩中痛めつけてその泣き叫ぶ声を聴いて楽しんでる趣味が"ちょっと"?」
男は驚いた。
自分の趣味の核心をこの子は掴んでいたからだ。
普通は強姦魔とか言われるよなぁ。
そのボキャブラリーがないだけかもしれないけど。
「まぁちょっととは言わないけど、それ以外は普通だよ」
「ふーん。ねぇその"ちょっと"の趣味について教えてよ」
男は渋い顔をする。
「女の子が聞くような話じゃない」
「いいじゃない。どうせまともに聞いてもらえなくなるんだから。今しかできない数少ない自由の一つだと思って」
少女はノリノリになっていく。
もうさっきの泣いていた顔ではない。
少女が泣き止んでくれてちょっとうれしかった。
その為か、少し話そうという気持ちが湧いてきたのは・・・。
「じゃあ、少しだけね。話したら帰ってくれよ?」
「分かってるって!今日だって無断欠席なんだから長居は無用!」
「はぁ~」
男は呆れてため息をついた。
自分の話でまた泣かなければいいが・・・。
「全員分は話せないけど・・・・」
男自身あまり覚えてないからだ。
手順を初めから話そうと思った。
そういう話し方しかできない。
もともと誰かに話せるとは思っていなかったため、話の準備をしていなかった。
「まず、攫ってくるんだけど、これも結構選んでるんだよ」
少女は首を傾げる。
「誰でもじゃあ・・・駄目なの?」
男は頷く。
「そうだよ。趣味なんだから一番楽しいような相手。俺の場合は20過ぎたあたりの女。化粧が濃くて気の強そうなの。まぁ見た目判断だから当てにならないけど」
「へー私ももっと大人っぽくて、化粧が濃ければいいのかな。制服は着替えればよかった」
「冗談でもそんなこと言うなよ・・・。んで気絶させて小屋に運ぶんだけど方法は様々。殴ったり薬を使ったり。殴ると形が悪くなったり、薬だと分量分からなかったりとかいろいろ気を使ったなぁ。殺したら萎えちゃうし」
「そこからいろいろ考えなきゃいけないの?」
「そうだよ。なんだって準備は大切なんだよ。んで車は持ってないから背負って運ぶんだよ。こっちの方が車に積み込むより怪しまれなかった。警察が横を通ったときはどうしようかと思ったけど、薬で眠らせてたほうだから助かった」
「うわぁ。結構大変なんだね」
本当に大変なのは俺の性癖と対象の女性なのだが自分視点で話しているとこっちの苦労のほうが強調されていて可笑しかった。
「そんで、小屋まで運んだら椅子にロープで縛り付けて準備完了。あとは趣味の時間ってわけ。もういいだろ?」
「これからが重要な所じゃない!ここまで来てそれは話さなかったらここで服を脱いで貴方に抱きつく!」
それもそれで・・・。
じゃない!
おおごとになる!!
「分かったよ。続きを話すけど血なまぐさいよ?」
「覚悟の上よ」
案外潔い性格をしていた。
少しそそったが、学生は手を出さないように決めているのでそれは通す。
もうちょっと年が上のほうタイプだ。
「じゃあ話すけど、まずどうしようって考えてとりあえず、女が起きたらナイフを刺そうと思った。ていうかそれ以外思いつかなかったからね」
「ん?殺しちゃうの?死んでからが本番?」
首を傾げる姿が可愛らしかった。
案外俺はそっちもいけるらしい。
「さすがに、死んだ相手は興味がないよ。だからお腹の内臓が傷がつかないようにゆっくりと刺そうと思ったんだ。だけど女も暴れるし、意外と皮膚が硬くてあんまり上手く刺せなかったから勢いをつけてズバッと」
「人間って丈夫にできてるって本当だったんだ」
「なにに感心してんだか・・・。でも刺して悲鳴を聞こうと思ったけど思いのほかうるさかったから口をガムテープで閉じた」
「それじゃあ、貴方の欲求は満たされないんじゃない?」
「いや、口を閉じてても荒い息遣いは分かるから、それはそれで興奮した。で、抜いたら出血で死んじゃうかもしれないからそのままにして次はどうしようって考えた」
「考えた結果は?」
「思いつかなかったから殴ってみようと思って、思い切り殴った。殴るたびにお腹の傷が痛むのか喘いでいたから結構乗っちゃってさ。殴って殴って殴って顔の形が変わるくらいになってそこであんまり叫ばなくなったから口のガムテープを取った」
「それっていつもガムテープしてたの?やっぱり金切り声は嫌だった?」
少女は意外と聞き上手だった。
こちらの話したいことを上手に汲み取って、聞いてくれているという安心感を与えてくれた。
さっきはあんなに話したくなかったのに、今は聞いてくれることがすこし嬉しい。
本当に頭が良いんだなと感じた。
「ガムテープはいつもやってたな。あんまり高くてうるさい声って趣味じゃなかった」
「私のときはガムテープしないでね」
少女はイタズラっぽく言った。
「誘ってるのか?じゃあもうちょっと大人になってきなさい。今は趣味じゃない」
「女の子にその言い方は失礼だよ」
「いや、そんなこと言われても・・・」
というか俺がその気になったらこの子はどうするつもりなんだ?
とても正気の沙汰とは思えないことを言うなぁ。
「で、あとはあとは!」
楽しそうに聞いてくる。
「あとは、その場合によって好き好き。手を縛って鬱血させたりとか。昔の拷問方法であったからやってみた。したら女のほうが腐った自分の手を見て狂ったように泣き出すからさ。結構昂ぶっちゃって。別バージョンだと手首から切って止血して切った手を目の前に置くとか、更に別バージョンだと切った手を綺麗に洗って爪を剥いで、調理して目の前で食べるの。貴女の手ですよーって言いながら」
「うわぁ。残酷!」
「だから血なまぐさいって言ったじゃん。元々肉はあんまり好きじゃないってのと、一回で飽きちゃったからそれ以外やってないけど。切るときは俺だって眼を背けたかったぐらいだけど、切った後は楽しかったな」
そういえば、どの子の妹なんだろ?
聞いてなかったな。
まさかどの子の妹でも無いってオチじゃないだろうな。
"憎まれる"という俺のドキドキ返せと言いたくなるぞ。
「あとはナイフ刺しまくってサボテンにしたりとか、首を絞めて苦しそうになったら離すとか。あんまりグロいのは好きじゃないから切除とかはしなかった」
「私からすればどう違うのって感じなんだけど。要は苦しんでるところだけ見たかったのね?」
「正解八割。性格には苦しみながらも必死で生きようとする姿が見たかったんだよ。だから狂う前のとか諦める前は相手に恋してたかもしれない」
「うわぁー変態だ。ロクな相手と出会いませんよ?」
もうそういうレベルの話じゃないと思うが、少女は自分のスタンスを崩さなかった。
「まぁこれで大体終わりかな。後はテキトーだったんで覚えてない」
「ふーん」
そう言って少女は考え込んでいた。
しばらく考え込んで少女に男は言った。
「ほら、もう十分だろ?早く帰りなさい」
そう言われても更に少女は考え込む。
「どうしたの?というか考え込むところがあるか?」
「うん。ちょっとね。ねぇ提案なんだけど。」
少女は思い切ったように言った。
「誘拐とかやってみない?」
男は唖然とした。
この流れでどうしてそうなるのか。
普通、そうはならないだろう。
「どうして?」
「私は言ってみたいの!ここではないどこかへ!貴方に連れて行って欲しい!」
まるで目が輝いているようだ。
希望に満ち溢れている。
ただその要求が通ることは無い。
この少女は、つまらない日常から非日常への憧れを抱いているだけだ。
かつての男がそうだったように。
いや、だれでもそれは多かれ少なかれあるのではないかと思う。
やってる事、話してる事は普通ではないけれど、結局少女と男は普通の人間なのだ。
「無理だって分かってるだろ」
「でも!」
「君なら大丈夫だ。頭もいい。ちょっと変わった事に首さえ突っ込まなければ幸せになれるよ」
「でも・・・私はこれから独りで生きる自信なんて・・・」
「自信は自分はできると思い込むことだ。自分を信じるなら多少強引なほうが良いよ。これだけが年上としてできるアドバイスだよ」
少女は黙った。
そして少女は思い立って服を脱ぎだした。
「じゃあ、私が貴方を捕まえる!これで貴方は被害者よ!!」
服を脱いで捕まえるってそれって一つしか思いつかない。
愛の結晶でも作り気か?
でも分からないわけじゃないんだよなー。
それだけに頭ごなしに怒れない。
だからといって口で勝てるような気もしない。
頭いいやつめんどくせー。
まぁ取り乱しても話を聞いてるから、それがせめてもの救いか。
「ふぅー」
ため息をつき、服を脱ぎだした少女を止める意味を含めて、抱き寄せた。
「泣きたいときは会いにおいでよ。話ぐらい聞いてあげる。君はもう独りじゃない」
少女はピタリと止まった。
少女のすすり泣く声が聞こえる。
「よく頑張ったね」
そういって頭を撫でる。
「まったく悲しくないなんて嘘だろう?すこしは悲しくて、もっと悲しみたいからここに来たんだと思ってるけど。まぁそれはいい。大事なことは君は前を向かなきゃいけない。生きている人間なら誰だってしなければならないことだ。そうやって"人"になっていくんだよ」
「じゃあ、貴方も?」
「そりゃそうさ。俺はバカみたいに明るく生きてる。人の道を外れた俺でも明るく生きなきゃ人じゃなくなる」
「世間では人殺しは人じゃないって言うよ・・・?」
「俺が人であることを一番知ってるのは俺だ。そして君が知ってるじゃないか。それだけで十分。自分ともう一人に生きてていいって認められて初めて人になる。俺は君が人であることを知ってるから大丈夫。きっと大丈夫」
「だから、帰れと・・・?」
「あー強調して言えば」
「ひどい!!結局そう言いたかっただけなのね!!」
「いや・・・それは」
どうしようかと思った。
次の瞬間、少女が男から体を引き離す。
男が見た少女の顔は笑顔だった。
「冗談だよ。ありがとう。じゃあこれ以上お邪魔になっちゃあ殺されるかもしれないからかえるね」
「散々居座ってそれかよ」
悪態をつかれても男は悪い気はしていない。
正直、少女を気に入りだしているからだ。
「気をつけて帰れよ」
「うん!もし捕まってたら、あいつは酷いやつだった言いふらしてあげるから安心して」
「あんまり救いがねーぞ」
「貴方が人であることを知ってるのは貴方自身と私で十分でしょ。じゃあね」
そういって少女は元気に玄関から飛び出していった。
足音は確かに遠ざかっている。
足を音を聞いて男は安心する。
一息ついた男は疑問が浮かぶ。
「結局あの子の姉は誰だったんだろ?」
◆
しばらくたって、テレビを賑わせた犯罪者がいる。
その犯罪者は六人の女性を無残に殺していたことが放送された。
犯罪者は逮捕されるとき一切暴れず、分かってたかのように連行されていった。
その態度が、逆に市民の怒りを逆撫でしたが、男には関係の無いことだった。
「まっ、上出来だな」
テレビに映っていた男の唇はそう動いた。
これがグロかどうかは作者自身はわかりません。
もし、気分を害する方がおられましたら、そのときは申し訳ありません。
あと、この話はフィクションです。